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2008年4月 6日 (日)

薬師寺月光菩薩(承前)

  • Photo あまりネタバラシはしたくないのですが、夢翔庵さんのご要望に応えて、お見せいたします。松山鉄夫著『日本古代金銅仏の研究』の写真を掲載します。ちなみに、写真の掲載許可をとっていないので、クレームがあり次第消去します。

この穴は笄がわりに鋳造時に骨としていれた鉄心の痕跡です。一般には、鋳造後に抜くものなのでしょうが、中子土が堅く焼きしまっていたために、そのまま残したようです。当初は、おそらく蓋をしていたのでしょう。

聖観音像の頭部も、穴はありませんが、型持の跡があります。おそらく鉄心が残っているものとおもわれます。

この鉄心は、頭部を切り離すときに切断したと言いましたが、それを、修理時に取り外し、中子土も除去したので、ボルト固定ができたのです。

西村秀雄氏論文によると、接着は順調にいったようで、破断面のひずみもなくもとのように復元できたようです。西村氏は、もし首が前かがみになったら、批判をうけるだろうと言っています。接着剤とボルト固定のむずかしさを考慮しての言動だろうとおもいます。

Photo_2 ついでに、この仏像はどのくらいの重量があると思いますか。

日光菩薩像 2.3屯

同台座 0.995屯

月光菩薩像 1.96屯

同台座 0.865屯

だそうです。

これは、昭和31年に薬師三尊像の修理時に移動したとき計測したらしい。日光菩薩像の方が重いのは、中子土を除去していない分なのかは、わかりません。

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コメント

 月光菩薩の首切り事件は、青山茂さんの著書で知ってましたが、頭にこんな大きな穴があいていたなんて全然知りませんでした。重さも相当なものです。原材料とか、鋳型とかものすごく苦労されたと推察します。表面の美しさから言うと、興福寺の仏頭も蝋型だからやはり蝋型かしら。私の親父も三菱でスクリューなど特殊なものの一級鋳造工だったので、鋳物というとうれしいです。しかし、金銅仏がそれ以降造られなくなったのは、やはり豊富にある木のほうが日本に適していたんでしょうね。

今度行くときはスコープを持参して首とアタマのあたりをじっくりとみてきたいと思います。
月光菩薩の頭飾の正面と左耳の方が欠けているのは、このときより古いことなんでしょうね。

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