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2008年10月23日 (木)

桃華楽堂の歌碑

先日、皇居東御苑に久しぶりに行ってきました。源護謨長さんのブログを見て、三の丸尚蔵館へ、行ってみたくなったのと、どうしても気になることがあって、足を運びました。大手門から入って、三の丸尚蔵館から、本丸へ、一応、天守閣のあった石垣にのぼって、桃華楽堂を見渡しました。

Photo そう、今回の目的は、今井兼次の設計した桃華楽堂を見ることでした。しかも、その建物のまわりに五基の歌碑が建っているのです。それをなんとか見たかったのです。

建物は八角形で、西面しており、この西の壁面から日月星辰、松竹梅、楽、雪月花、鶴亀、春夏秋冬、風水火、居食住のテーマを主題とするモザイクタイルを貼っています。

そして、壁面の継目にスリットがあり、その1階部分に歌碑が配置されています。

 

 

Photo 建物の向かって左は宮内庁楽部の建物があり、桃華楽堂の裏側は書陵部の建物があって、この建物の壁面すべてを見ることができません。歌碑は平面図で見ると、イボのようにでっぱったところに配置されており、敷地内に入らないかぎり、歌碑すべてを見ることができませんでした。

せめて、正面右にある歌碑は望遠でやっと、歌の文字を撮すことはできましたが、正面左の歌碑は、斜めの位置にあり、非常に読みにくかったのですが、わずかに判読することばから、歌がわかりました。

 

 

 

 

Photo_2 これは、向かって右の歌碑です。

遠くなり近くなるみのはまちとり なくねにしほのみちひきそ知る

この歌は、太田道灌が上総出陣の折り、夜の偵察をするのに、浜千鳥の鳴き声を聞いて、潮がどこまで引いていたかを知った、という故事に、太田道灌が引用したといういわれのある歌なのですが、誰が詠ったのかは、まだ調べがついていないのでよくわかりません。

 

 

 

 

 

Photo_3 向って左の歌碑は

みわたせばやなぎさくらをこき まぜてみやこぞ春のにしきなりける

のようです。古今和歌集に載っている、素性法師の歌です。

残りの歌は、わかりませんが、『新建築』1966年4月号で、今井兼次「回想寸描 皇后陛下御還暦記念楽部音楽堂について」で、この歌碑は今井兼次の発案で5首を選んだ、といっています。そのうちの一首は、大伴家持の歌で、

はるのそのくれなゐにはふもゝの花 したてるみちにいてたつをとめ

だと言っています。あと2首がわかりません。

さて、何故、この歌碑が気になるのかというと、この歌碑を揮毫したのは、私の大学院時代のゼミの先生、加藤諄先生だからです。今回、カメラの望遠を使って撮影した歌碑を見てみると、確かに先生の書体です。しかし、学生の時、先輩からそのことを聞かされましたが、そもそも、この東御苑に入ることさえできなかった時代で、その当時は見るすべもありませんでした。

まして、先生からは、この歌碑について、直接一度も聞いたことがありませんでした。いったいどういう経緯で書かれたのでしょうか。5首の選も先生はタッチしなくて、今井兼次が自身で選んだのでしょうか。とうとう、生前に聞くことがありませんでした。

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