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2008年11月

2008年11月29日 (土)

『運慶流』展

PhotoPhoto_2 山口県立美術館の『運慶流』展は、カタログに載っている仏像が33件です。実際は、佐賀県立美術館でのみ出品するものもあるので、30件ほどだったでしょうか。ほとんどが、ガラスケースに入っていない生で見られるようにしてありました。おまけに、目の高さに展示してあり、およそ30㎝ほどの距離で生で見られるというのは、観覧者にとって非常にありがたいのですが、逆にあまりに顔を近づけることができるので、セキュリティは大丈夫なのか心配になるほどでした。

展示はいわゆる慶派の流れの中で、特に康慶からの系譜をたどった展覧会です。鎌倉時代以降の仏像の展覧会は2・3年前の『宿院仏師』展以来でしたが、特に南北朝時代を取り上げたのは初めてではないかとおもいます。

これで、鎌倉時代以降の仏像史をある程度整理できるようになったとおもいます。しかも、仏像は九州の作品を主とし、関西の仏像も含めて、広い範囲からの出品で、一地方の美術館としては、実に意欲的な作品の展示だったとおもいます。しかし、おしむらくは、もっと作品を出してもらいたかったというところですが、これが、地方美術館の限界か、あるいは、このようなテーマの展覧会は国立博物館のやるべき展覧会かとも思います。それにしても、よく企画した展覧会だとおもいます。

その中で、注目は二人の康俊です。展覧会では、「南都大仏師」と「東寺大仏師」とに分けていますが、今まで、康俊は二人いるとはわからなかった仏師です。

そのうちの康俊(東寺大仏師)の作品が数点ありましたが、よく見ると、これが南北朝の仏像かと思われるほど、実にできのいい作品です。技術のよさがきわだっています。時代が下がるといわゆるプロポーションがくずれて、形式化がはじまるのですが、形の破綻が見られません。相当の技量を持った仏師と見ました。

それにしても、山口県所在の仏像が一体もありません。それなのに、何故、山口県立美術館なのかわかりません。地元の見学者はそれに違和感をおぼえていないところを見ると、山口県人はじつに、グローバルな感覚の持ち主なのかなあ、とおもいます。

2008年11月26日 (水)

仏谷寺伝虚空蔵菩薩立像

Photo 荒神谷博物館で催された『ふるさとの御仏』展はわずか11体の仏像の展示でしたが、いかにも出雲地方の仏像という特色をだした展覧会だったと思います。というのは、この荒神谷遺跡のある斐川町は、島根県で初めて、しかも唯一の仏像悉皆調査の行われた地域だからです。以前から、仏像の調査報告書を採集していて、この『斐川の仏像』という斐川町教育委員会が1985年にだした報告書が目にとまりました。その当時、島根県の仏像はごく限られた寺院の仏像しか注目されていませんでした。島根県の仏像の分布状況、およびどういう地域性があるかなどは、まったくの未知でした。ただ、万福寺、仏谷寺等平安前期とおもわれる仏像が注目されていただけでした。しかも、これらの仏像は中央とはちがって、非常に地域性のある仏像でしたので、もっと特徴ある仏像の出現が期待されていたのでした。

この悉皆調査をされたのが、県立博物館の的野克之氏でした。結局、その後の地方自治体の悉皆調査は島根県では行われなかったようです。こんな早い時期に斐川町で行っていながら、その後が続かなかったのは、実に不完全燃焼になってしまっているようでなりません。

その意味で、『秘仏への旅』展はいくらかでも、石見地方の仏像が展示されていることをみて、多少でも、調査はすすんでいるのかな、と推測するだけです。

もっと、お金と人材を駆使して、未調査地域の悉皆調査を行ってほしいと願うのみです。

Photo_2 さて、荒神谷博物館に展示されていた仏像で、仏谷寺聖観音立像(伝虚空蔵菩薩)が目にとまりました。この仏像は目が彫ってありません。いままで、このブログで紹介してきた仏像は神像であったり、いわゆる鉈彫像であったりしましたが、この仏像は、目以外はちゃんと完成している仏像です。目だけが完成していません。

ここで、もういちど、“目が彫っていない” とはどういうことなのか、説明しておきます。

普通、立体造形の仏像では、目を表現するとき、すくなくともマブタを彫り、眼球の部分はマブタより掘り下げて、表現するのが本来の彫法です。眼球がふくらんだ状態の彫法は、別に問題ではありませんが、上下あるいは、上のみでもマブタを彫っていなければ、目を表現しているとは言えないのはあきらかです。あるいは、ある程度彫った後、筆で目を描くという方法も考えられなくはないのですが、ただ、膨らんだ眼球をのみ彫って、その上に目を描くことは、うまく目を表現できないのは明らかです。すくなくても、目は立体的に表現しなければ、目とは見えません。

鉈彫像は、その表現形式から、未完成という説もありました。その説からいけば、目を彫っていないことは、説明がつきます。

また、神像に目が彫っていないのは、木に対する信仰として、木そのものに対する霊力を表現するという説明もできるでしょう。

しかし、この仏谷寺像は目以外は、完成されています。彫り残しはどこにもありません。いったいどういう解釈をしたらいいのでしょう。

 

 

Photo_3 井上正氏によると、この仏谷寺像はこれから、目が現れ始めている仏像だというのです。いはば、霊木が化現している途中の像だというのです。実際に見てみると、眼球の部分にうっすらとマブタが彫ってあるように見えます。しかし、これは後補で彫った可能性もありますし、一概にそうだとはいいきれません。

このような仏像はもっとあるはずですが、いままでの調査では、調査項目に入っていないために見逃されてきたきらいがあります。これからの仏像の調査にはこの点もしっかりと報告をしていただきたいと願うばかりです。

2008年11月24日 (月)

出雲、松江、山口旅行

11月22日23日と出雲、松江、山口旅行に行ってきました。旅程は以下の通りです。

  • 22日
  • 出雲空港→荒神谷博物館・・・仏像11体拝観
  • →JR大社駅・・・駅前のそば屋で割子そばを食す。
  • →島根県立古代出雲歴史博物館・・・『秘仏の旅』展
  • →出雲大社・・・仮殿が本殿の前に建っていました。建て替えはまだのようです。
  • →松江→松江城→松江郷土館→小泉八雲記念館→武家屋敷→明々庵
  • 島根県立美術館の前で宍道湖の夕日を見る。
  • 23日
  • 堀川めぐり・・・お堀を約50分かけて船で遊覧
  • 特急おきで、松江→山口
  • 山口県立美術館・・・『運慶流』展
  • 山口県立山口博物館→山口県政資料館・・・なぜか休館
  • 瑠璃光寺
  • 山口→新山口

Photo 荒神谷遺跡の銅剣出土状況の復原

 

 

 

 

 

 

 

Photo_2 島根県立古代歴史博物館の正面。できたばかりの博物館。ちょっと凝っているわりには、安く造っているようです。

 

 

 

 

 

 

Photo_3 最近復原した松江城櫓

 

 

 

 

 

 

 

Photo_4 宍道湖の夕日。残念ながら、水面に雲がかかって、ちょうど夕日が沈むところが隠れてしまいました。ここは、松江市民のデートスポットみたいです。

 

 

 

 

 

 

Photo_7堀川めぐり、松江市内のお堀をゆっくりとめぐるなかなかいい観光です。

 

 

 

 

 

 

 

 Photo_5

松江から乗った特急スーパーおき3号は気動車の2両編成で、指定席の番号が1号車1番A席、つまり一番前の海側の座席でした。

 

 

 

 

 

 

Photo_6  山口県政資料館と旧議事堂の建物を見るつもりが、なんと休館。しかたなく瑠璃光寺へ。

2008年11月22日 (土)

称名寺庭園

Photo 金沢文庫へ行ってきました。いつものように山門をはいると、桜並木の葉が半分ほど紅葉していました。正面の橋が架け替え中で、橋の朱が景色に映えるということがありませんでした。周囲の山の紅葉もいま一息というところでした。

金沢文庫の展覧会『釈迦追慕』は、仏像の数はすくないですが、未見の仏像がありました。岐阜の即心院の清凉寺式釈迦如来立像です。これは『佛教藝術』260で清水眞澄氏が論じている仏像ですが、全身金泥塗りで、着衣には截金で文様が精緻に描かれています。清凉寺式といえば、その基本の清凉寺像は素木像です。その摸刻像なのに金泥塗りにしたのは、清水氏によるとこの仏像はもと正暦寺にあり、春日信仰による春日権現の本地仏としてつくられたためとしました。つまり、清凉寺式釈迦如来像は律宗系と春日権現の本地仏の二種類の系統があるということになります。

Photo_2 天気がよかったので、称名寺の裏山にのぼりました。称名寺の地形は三方山に囲まれたところにあります。このような地形は、いわき市の白水阿弥陀堂とそっくりです。三方山に囲まれた場所は、浄土庭園として格好の地形なのでしょう。いはば、娑婆と隔絶された異空間とおもわせる要素があるのでしょうか。

遠くには、八景島が見えます。この地域だけが木々が生い茂り、別世界に見えます。

2008年11月19日 (水)

旧蜂須賀邸

三田の慶應大学の裏にオーストラリア大使館がありますが、そこは、旧蜂須賀邸のあった所で、今はオーストラリア大使館がその敷地を買って大使館としたものです。その敷地にあった蜂須賀邸は、昭和3年、森山松之助の設計で建てられた洋館だったようです。

その建物に嵌っていたステンドグラスがいま、港区郷土資料館にありました。その建物の解体時に外してきたものだそうです。

Photo_2Photo_3 ひとつは、50㎝四方が2枚。これは、天井の明かりとりとして、嵌っていたようです。裏面からみると、鉛線のメッキがはがれ、よごれがかなりひどく残っています。また、天井に平に嵌っていたために、湾曲して、ところどころに、ガラスにひびが入っています。せめてクリーニングすれば、もとのあざやかな色彩が楽しめたのに、また、照明もしっかりと裏面からあてれば、よりあざやかさがでるのに、と残念でなりません。

Photo_4 ガラスはオパールセントグラスと、キャセドラルガラスをうまく使い分け、鉛線も2種類の太さのものを使ってアクセントをつけていますが、残念なことに、ハンダの技術がなっていません。これは、補修でそうなったのか、もともとハンダの技術が未熟だったのかはわかりませんが、鉛線からはみでたり、表面の仕上げがガタガタです。

 

 

 

 

Photo_5 もうひとつ、両開窓に嵌ったステンドグラスがありますが、これは、色ガラスの部分のみ当初で、そのほかは、透明ガラスをいれて、いはば、復原したものです。これも、クリーニングすれば、もっとあざやかになるのに、残念です。

それにしても、建物の取り壊す前によくぞ外して保存してくれました。部分的にでも、残せば、それはそれで、貴重なものとなります。

2008年11月17日 (月)

酉の市

今日(17日)は酉の市です。浅草の鷲神社に行ってきました。三ノ輪から歩いて行くと、普段の日なのに歩道上に店が並んでお祭りのようでした。

Photo まず、鷲神社のとなりの長國寺へ、本堂の中では、僧が数人、手をふりまわしながら、祈祷をしていました。

 

 

 

 

 

 

Photo_2 鷲神社へは、入口から本殿まで、参拝客が並んでいました。

 

 

 

 

 

 

 

Photo_3

参道の熊手の店の中に『熊手ミュージアム』なる一角があって、熊手協会かな? が熊手の種類や、熊手をつくる道具を展示してありました。熊手は、ここに飾ってあるので、9種類もありました。なるほど、毎年買っているのは、どの種類だったのだろう、ともう1度戻って見直してこなきゃいけなかったかな!

ここで、熊手の買い方の作法を、知らない人のためにお教えいたします。

まず、お店の前で、店のお兄ちゃん、あるいはお姉ちゃんに、値段を聞きます。そして、値切りにかかります。ある程度、この辺で手を打ったら、ご祝儀を入れていくらと言って決めます。つまり、値切ってもご祝儀を上乗せして、まあ言い値で買うということになります。ご祝儀ものですから、ぐずぐずせずに、きめたら、そこで、手をうちます。そこで、三三七拍子で、決定ということになります。三三七拍子をするのは、決して恥ずかしがらずに派手にやるのが、粋というもんです。

Photo_4 しかし、最近は前もって、熊手屋さんから、葉書が届いていまして、そのお店を探していくのです。そして、そのお店にその葉書を渡すと、木札に名前を書いて、熊手に差してくれます。値段の交渉はなしですみます。あとは三三七拍子で手打ちしておわり、ということになります。

どっちがいいか、は何とも言えませんが、まあ時代の流れでいいのでしょう。今年は三の酉まであって、三の酉まである年は火事が多いといわれています。くれぐれも火の始末に気をつけましょう。

29日の土曜日が三の酉です。今日以上に大混雑になるでしょう。

2008年11月16日 (日)

旧前田侯爵邸

Photo 駒場公園の中に、旧前田侯爵家駒場本邸があります。和館と洋館がありますが、写真はその内の本邸と呼ばれる洋館です。鉄筋コンクリート造、地上3階、地下1階で、イギリス・チューダー式の建物です。外観はスクラッチタイルを貼り、落ち着いた雰囲気を見せています。内部は各室に大理石を用いたマントルピースががあり、柱や、家具など木部にはそれぞれ彫刻をほどこしており、非常に豪華な内装になっています。

 

 

 

 

Photo_2 2階にあがる階段には、背の高い窓が3箇所あり、それぞれにステンドグラスが嵌っていますが、キャセドラルガラスによる、抽象柄の模様になっています。色も濃さのちがう黄色のガラスを使った配色です。階段の下の窓にもステンドグラスがありますが、上の階段室を同じもようです。

 

 

 

 

 

Photo_3 1箇所、ひと部屋のみ、ちがった柄のステンドグラスがありました。これは色ガラスをつかわず、花の模様をデザインしています。しかし、花と花の間のガラスの形は、入り隅の切り方をしているので、技法的にはむずかしい形ですが、しっかりと造られています。

内部はさまざまなところで、彫刻をほどこしており、非常に装飾的なので、窓ガラスのステンドグラスがあまり派手にならないようにこのような落ち着いたデザインにしているのでしょうか。ガラスだけを見ると、何かもの足らない感じがしますが、バランスとしては、その方がよかったのでしょう。

 

 

 

 

 

Photo_6もうひとつ気になったのは、普通の両開きの窓です。ここに嵌っている透明ガラスは二重に入っています。現代ならば、結露防止のために複層ガラスをいれるところですが、その頃にはまだ生産されていなかったようです。しかし、二重にするという発想はもうすでに考えられていたということで、断熱ということも考慮されていたようです。しかし、木製サッシで、このような施行では、結局内部結露をおこしたでしょう。

 

 

 

 

Photo_4 外部の反対側にまわると、外観もかなり装飾的になっています。やはり、昭和4年(1929)年建築の建物としては、非常に豪華な造りです。

2008年11月13日 (木)

燈明寺の仏像

燈明寺の仏像の5体について、若干の考察をしてみようとおもいます。

Photo_2  まずは、中央に安置されている千手観音立像です。燈明寺の旧本尊といわれている仏像です。十一面、四十二臂で、漆箔、彫眼、像高は172㎝です。面相、衣文ほか彫法などから、鎌倉時代後期としてもいい仏像です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Photo_3

Photo_4

 左は観音菩薩立像(伝如意輪観音)といわれている仏像です。右は十一面観音立像です。両像ともほぼ同じ像高で、作風も近似しています。伝如意輪観音立像は三眼八臂の形状から、不空羂索観音像とおもわれます。修理時に、合体天部形立像と観音像造立奉加結縁交名が納入されており、結縁交名には徳治3年(1308)の年記があり、造立年もその頃と思われます。先ほどのブログで宿院仏師のようだと書いてしまいましたが、宿院仏師は室町時代を嚆矢とする仏師集団で、時代と合わないので、取り消しますが、それと見まがうほどの様式の共通性が見られるのです。まずしっかりと見開いた眼、膝下の彫りに細いノミ跡をのこしていること、素木造であることなどです。しかし、宿院仏師の作と改めて見比べてみると、燈明寺像のほうが、全体的なプロポーション、彫り方など、鎌倉時代の様式を残しており、他の南北朝の仏像と較べても様式は古さをみせています。

 

 

 

Photo_5

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馬頭観音立像と聖観音立像は像高はおよそ110㎝と、他の3体と較べて小さい仏像です。両像とも素木像で、様式も同じようですが、伝如意輪観音、十一面観音にあった、膝下の彫りに細かいノミ跡がありませんでした。時代はほぼ同時代頃と思われますが、作者の系統がちがうのかもしれません。

しかし、鎌倉時代にこのような素木像があるのは、善派の仏像くらいでしょうか。それにしても善派の様式とは、ほど遠いし、この系統の仏像は鎌倉時代のどの系譜につながるのでしょうか。これから宿院仏師につながるとしたら、その間の仏像の系譜をたどれなければなりません。

鎌倉時代から室町時代につながる系譜をたどるには、もうすこし作例と史料がでてこないと整理できないのかもしれません。

2008年11月10日 (月)

奈良女子大学

Photo 奈良女子大学は大学祭 “恋都祭”でした。中庭には舞台がつくられ、さまざまなイベントが行われていました。若い学生さんがいきいきとしている姿はいつみても初々しさが見えていいもんです。実際は違うのでしょうが、オジサンには昔の頃が甦ります。

さて、お目当ての奈良女子大学記念館は、明治42年、奈良女子高等師範学校の本館として建てられた木造2階建ての建物です。建物自体は、あまり改造されずにすんだようで、平成6年に改修工事をして、重要文化財に指定されました。

これだけの建物は、使用用途が変わる度に内部の変更工事をするものですが、そういった改変工事はほとんどされなかったようで、平面も当時そのままです。

Photo_2 とくに2階の講堂は、キリスト教の教会のようで、明治時代の雰囲気を醸し出していました。

外観はいはゆるハーフティンバー様式で、木部を外に表す壁構造のデザインです。塗装の色も、改修時に淡い緑色に復原しています。

残念ながら、窓ガラスはどうも、当初のものではないようです。ところどころにサンドブラストで模様をつけたガラスが入っています。しかし、他でやっているような、窓枠をアルミサッシにいれかえることはしていません。そのために外観は、建築当初の姿を忠実に残しているようです。窓にはいっている格子も細くて、すっきりとしています。

 

Photo_3 重要文化財に指定されたのは、この本館だけではなく、正面入口にある守衛室も同様に指定されました。これは実際に使われている建物で、中に守衛がすわっていました。

大学の構内を散策するなんて、この頃したことがありませんでしたが、大学それぞれの醸し出す雰囲気が、何となく感じられて、ちょっと居場所がなかったり、ちょっと、場違いな感覚にとらわれたりと、妙な気持ちにさせられるのが、何か刺激的でもあります。

なにかゾクゾクするというのでしょうか。俺もまだまだ若いな!

今年は、2校ほど訪れたい大学があります。いまからワクワク、ドキドキしています。別に悪いことをしに行くわけではないのですが。

2008年11月 5日 (水)

長谷寺本尊特別拝観

Photo まず本堂の横で、1000円を払うと、入口で僧がまず五色のミサンガのようなヒモを渡して、これを手首につけてください。といわれました。香の粉を手にすりこんでから、お守りのはいった封筒を手渡されました。中にはいると、ちょうど本尊のまえに高さ150㎝ぐらいの引き戸があり、お坊さんが、頭に気をつけてと注意をうながしていました。その戸をくぐると、目の前には巨大な本尊の足が見えます。見上げるとはるか先に本尊の顔が見えます。何せ、本尊は像高10mになんなんとするのですから、頭の先までよく見えません。

台座は、ただの黒い漆塗りの厚い板でした。いわゆる蓮華座もありません。ちょっと拍子抜けの感がいなめません。その黒い板の上には、足先がありました。お坊さんが“どうぞ足におさわりください”といってうながします。足先は参拝者がなでた為に黒光りしていました。なんで文化財を簡単にさわらせるのだろうか、という疑問も足先が簡単に取り外せるようになっているようなので納得しました。

 

 

Photo_2 しかし、本尊と同じ位置に立って見上げると、その大きさにただただ驚歎します。本尊のまわりは人がひとり通れるくらいのスペースがあります。その壁の上部の板には四天王が描かれていました。下部には、三十三応現身像の板絵が一枚一枚に描かれて、はめ込まれていました。

こんなせまいスペースに収まっている仏像は、おそらくこの中で組み立てるしか方法がないのではと思います。こんな大きな仏像を外から入れる方法がどう考えてもありません。おまけに、この巨大な仏像を納めるために、建物も天井まで、吹抜の空間を造っています。それにしてもすごいの一言です。

この部屋から出るとき、お坊さんの手の上に手をのせて、御祈祷をしていただけます。

 

Photo_3 封筒の中には2つのお札が入っていました。それと”結縁の五色線”というミサンガのようなひもで、1000円です。

2008年11月 3日 (月)

奈良南山城醍醐旅行

11月2日3日と奈良・京都に遊びました。今回の旅程は以下の通りです。

  • 2日
  • 長谷寺→本尊の足をさわる。→宝物館
  • 與喜天満宮→すごい階段をあがる。
  • 奈良女子大学→明治時代の洋館の内部公開。ついでに大学祭見学。
  • 興福寺南円堂→久しぶりの康慶です。
  • 元興寺極楽坊宝物館→『近世律師の肖像』展
  • 大乗院庭園→日本ナショナルトラストの運営
  • 浮見堂・丸窓亭・奈文研→昼間見たことがなかったので。
  • 森奈良漬店→南大門への参道が人でいっぱいでした。正倉院展は行列を見てパス
  • 興福寺五重塔→再度の挑戦、しかしこの行列ではね。ついにパス。
  • 3日
  • 海住山寺→やっと念願かなって、朝一番乗り。本尊がいいですね。
  • 恭仁京跡→礎石よりも、その隣りの恭仁小学校の木造校舎に感動。
  • 御霊神社→この境内に旧燈明寺の収蔵庫あり。昔お嬢さんの抹茶の接待を受ける。
  • 勧修寺→庭園のみ
  • 随心院→快慶作の金剛薩埵は遠くてよく見えない。
  • 醍醐天皇陵→区画整理された住宅街のなかにある円墳。
  • 醍醐寺→霊宝館は相変わらず見応えがあります。ゴマアイスで一服。
  • 法界寺→時間が余ったので、急遽ですが、閑散としています。

今回は、神奈川仏教文化研究所の訪れ帖と、観佛三昧のブログに大変お世話になりました。おかげで、めいっぱい歩き回ることができました。とりあえず主なところの写真をのせます。詳細はのちほど。

Photo 長谷寺遠望

 

 

 

 

 

 

 

Photo_2 奈良女子大学正門

 

 

 

 

 

 

 

Photo_3 興福寺五重塔の行列。これであきらめました。

 

 

 

 

 

 

 

Photo_4 旧燈明寺の仏像。右から2番目の不空羂索観音像と左から2番目の十一面観音像は、高見氏が言っているように、どうも、宿院仏師のようです。

 

 

 

 

 

 

Photo_5もう、駅ビルにはクリスマスツリーが飾られており、一足はやい 展示です。

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