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2008年11月13日 (木)

燈明寺の仏像

燈明寺の仏像の5体について、若干の考察をしてみようとおもいます。

Photo_2  まずは、中央に安置されている千手観音立像です。燈明寺の旧本尊といわれている仏像です。十一面、四十二臂で、漆箔、彫眼、像高は172㎝です。面相、衣文ほか彫法などから、鎌倉時代後期としてもいい仏像です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 左は観音菩薩立像(伝如意輪観音)といわれている仏像です。右は十一面観音立像です。両像ともほぼ同じ像高で、作風も近似しています。伝如意輪観音立像は三眼八臂の形状から、不空羂索観音像とおもわれます。修理時に、合体天部形立像と観音像造立奉加結縁交名が納入されており、結縁交名には徳治3年(1308)の年記があり、造立年もその頃と思われます。先ほどのブログで宿院仏師のようだと書いてしまいましたが、宿院仏師は室町時代を嚆矢とする仏師集団で、時代と合わないので、取り消しますが、それと見まがうほどの様式の共通性が見られるのです。まずしっかりと見開いた眼、膝下の彫りに細いノミ跡をのこしていること、素木造であることなどです。しかし、宿院仏師の作と改めて見比べてみると、燈明寺像のほうが、全体的なプロポーション、彫り方など、鎌倉時代の様式を残しており、他の南北朝の仏像と較べても様式は古さをみせています。

 

 

 

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馬頭観音立像と聖観音立像は像高はおよそ110㎝と、他の3体と較べて小さい仏像です。両像とも素木像で、様式も同じようですが、伝如意輪観音、十一面観音にあった、膝下の彫りに細かいノミ跡がありませんでした。時代はほぼ同時代頃と思われますが、作者の系統がちがうのかもしれません。

しかし、鎌倉時代にこのような素木像があるのは、善派の仏像くらいでしょうか。それにしても善派の様式とは、ほど遠いし、この系統の仏像は鎌倉時代のどの系譜につながるのでしょうか。これから宿院仏師につながるとしたら、その間の仏像の系譜をたどれなければなりません。

鎌倉時代から室町時代につながる系譜をたどるには、もうすこし作例と史料がでてこないと整理できないのかもしれません。

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