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2008年11月26日 (水)

仏谷寺伝虚空蔵菩薩立像

Photo 荒神谷博物館で催された『ふるさとの御仏』展はわずか11体の仏像の展示でしたが、いかにも出雲地方の仏像という特色をだした展覧会だったと思います。というのは、この荒神谷遺跡のある斐川町は、島根県で初めて、しかも唯一の仏像悉皆調査の行われた地域だからです。以前から、仏像の調査報告書を採集していて、この『斐川の仏像』という斐川町教育委員会が1985年にだした報告書が目にとまりました。その当時、島根県の仏像はごく限られた寺院の仏像しか注目されていませんでした。島根県の仏像の分布状況、およびどういう地域性があるかなどは、まったくの未知でした。ただ、万福寺、仏谷寺等平安前期とおもわれる仏像が注目されていただけでした。しかも、これらの仏像は中央とはちがって、非常に地域性のある仏像でしたので、もっと特徴ある仏像の出現が期待されていたのでした。

この悉皆調査をされたのが、県立博物館の的野克之氏でした。結局、その後の地方自治体の悉皆調査は島根県では行われなかったようです。こんな早い時期に斐川町で行っていながら、その後が続かなかったのは、実に不完全燃焼になってしまっているようでなりません。

その意味で、『秘仏への旅』展はいくらかでも、石見地方の仏像が展示されていることをみて、多少でも、調査はすすんでいるのかな、と推測するだけです。

もっと、お金と人材を駆使して、未調査地域の悉皆調査を行ってほしいと願うのみです。

Photo_2 さて、荒神谷博物館に展示されていた仏像で、仏谷寺聖観音立像(伝虚空蔵菩薩)が目にとまりました。この仏像は目が彫ってありません。いままで、このブログで紹介してきた仏像は神像であったり、いわゆる鉈彫像であったりしましたが、この仏像は、目以外はちゃんと完成している仏像です。目だけが完成していません。

ここで、もういちど、“目が彫っていない” とはどういうことなのか、説明しておきます。

普通、立体造形の仏像では、目を表現するとき、すくなくともマブタを彫り、眼球の部分はマブタより掘り下げて、表現するのが本来の彫法です。眼球がふくらんだ状態の彫法は、別に問題ではありませんが、上下あるいは、上のみでもマブタを彫っていなければ、目を表現しているとは言えないのはあきらかです。あるいは、ある程度彫った後、筆で目を描くという方法も考えられなくはないのですが、ただ、膨らんだ眼球をのみ彫って、その上に目を描くことは、うまく目を表現できないのは明らかです。すくなくても、目は立体的に表現しなければ、目とは見えません。

鉈彫像は、その表現形式から、未完成という説もありました。その説からいけば、目を彫っていないことは、説明がつきます。

また、神像に目が彫っていないのは、木に対する信仰として、木そのものに対する霊力を表現するという説明もできるでしょう。

しかし、この仏谷寺像は目以外は、完成されています。彫り残しはどこにもありません。いったいどういう解釈をしたらいいのでしょう。

 

 

Photo_3 井上正氏によると、この仏谷寺像はこれから、目が現れ始めている仏像だというのです。いはば、霊木が化現している途中の像だというのです。実際に見てみると、眼球の部分にうっすらとマブタが彫ってあるように見えます。しかし、これは後補で彫った可能性もありますし、一概にそうだとはいいきれません。

このような仏像はもっとあるはずですが、いままでの調査では、調査項目に入っていないために見逃されてきたきらいがあります。これからの仏像の調査にはこの点もしっかりと報告をしていただきたいと願うばかりです。

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コメント

仏谷寺の他の仏像の目はどうなのか気になる処です。
今年の8月終りに大津市の博物館の「石山寺と湖南の仏像展」を
見に行きましたが、その時「比叡山麓の仏像」改定版平成20年7月13日発行という図禄を購入してまいりました。春秋さんもお持ち
かと思います。
その図録の(3木造不動明王坐像 山内寺院蔵)にも目の表現が
ありません。
探せば他にもそのような仏像はあるでしょうね。
目ばかりではなく、別の部分の彫残し、未完成部分はいろいろ
あるでしょう。
飯能の奥の高山不動尊の軍茶利明王は、足の指の表現が省略
されています。
佛教では人間は勿論、何にでも仏性があり、修行や契機によって
本当の仏になるわけですが、それが仏像の表現の完成にどう係わり合いが出て来るのか、事例をできるだけ集めてみる必要がありますね。

仏谷寺の仏像は5体ありますが、目のないのはこの仏像だけです。
「山内寺院蔵 不動明王坐像」を見てみました。ついでに、「調査目録」『大津市歴史博物館研究紀要』10 も調べてみましたら、形状の解説では“両目を大きく見開く”とあります。この調査目録の中にも他に不動明王像はありますが、マブタを彫って目としての輪郭をちゃんと表しています。それなのに何でマブタも彫っていないのに、両目を見開いているのがわかるのでしょう。不思議ですねえ。

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