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2008年12月 8日 (月)

長谷寺式十一面観音立像

Photo 伊東史朗著『調査報告長快作長谷寺式十一面観音像』を通販で手にいれました。最近、パラミタミュージアムが購入した仏像です。この報告書の写真を見て、おや!とおもいました。台座が方形の箱状になっているのです。そう、先日、長谷寺の本尊の足元の台座が方形の板状になっているのを、お話しましたが、この十一面観音像はそれよりも、背の高い箱のような台座です。『豊山長谷寺拾遺』第三輯 彫刻という長谷寺の彫刻悉皆調査報告書によると、10数体ある長谷寺式十一面観音立像のうちほとんどが、方形の台座になっています。

これは、錫杖と同じくいわゆる長谷寺式の特徴として表現しているものとおもわれます。

長谷寺縁起によると、長谷寺十一面観音がはじめて造像されたときの伝承として、徳道に対する夢告で、地中にある金剛宝盤石を掘り当てその上に仏像を置くよう告げられたとあり、だから長谷寺の本尊は、この大盤石の上に宝座蓋という方形の台座の上に立っているというのです。

 

 

 

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このパラミタミュージアムの十一面観音立像も、長谷寺本尊の形を模して造られたことがわかります。もっとも、長快は快慶の弟子であり、快慶は建保7年に長谷寺本尊を再興していますので、その快慶像の忠実な摸刻像といえなくもありませんが、伊東氏によると、この像は快慶像とちがって頭上面が11面だったり、装飾が金属製と、違いをみせており、伊東氏は“近代的な意味でいう「模す」とは別次元の行為であったと考えられる。”として、模像についての厳密さを求めないのが長快の態度だったようだとしています。

模造については善光寺式阿弥陀如来や清凉寺式釈迦如来、清水寺式千手観音についても同様に検討していかなければならないと伊東氏は言っていますが、そこが一番重要な問題だろうとおもいます。

この仏像が長快作と判明したことで、快慶及その弟子行快、栄快、長快の師弟たちのすべてに仏・菩薩形像の遺品がそろったことになり、師弟関係の作風を捉えやすくなったのは事実です。

しかし、快慶の弟子たちは、たしかに快慶の作風を受け継いではいますが、それぞれに個性をだしているようにおもえます。単なる様式の継承だけではないようです。それだけ快慶は師匠として弟子の養成に長けていたことも、快慶の快慶たる所以なのでしょうか。

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