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2009年5月

2009年5月31日 (日)

田尻歴史館

田尻歴史館はもと谷口房蔵が大正11年別邸として建てた建物で、洋館と和館、茶室があります。洋館のほうは、とにかく窓という窓にはステンドグラスが嵌っています。それぞれにデザインを変えており、すべて写真でお見せいたします。

Photo_21玄関のランマです。いわゆるベベリング(面取加工)のステンドグラスです。

 

 

 

 

 

 

 

Photo 玄関をはいってすぐ横の応接室です。出窓になっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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客室とテラスの入口のランマにあるステンドグラスです。食堂との間のランマはブドウのデザインです。

 

 

 

 

 

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テラスのランマです。模様は同じで色違いの模様のステンドグラスが交互にはまっています。

 

 

 

 

 

Photo_8 階段室の窓です。この建物で一番大きなステンドグラスです。上部に三菱のマークがありますが、よくわかりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Photo_10Photo_162階洗面脱衣室の窓です。

 

 

 

 

 

 

Photo_11浴室の窓です。この窓のデザインが一番印象に残りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Photo_22 2階洋室の窓です。各部屋ごとにデザインを変えています。

 

 

 

Photo_15 1階食堂のサイドボードにもステンドグラスが嵌っていました。これは中からの照明はないとのことでした。

2009年5月29日 (金)

奈良博より

 奈良博へは、『鑑真和上展』を最終日の前日にすべりこみました。鑑真像は数年前、唐招提寺御影堂で、東山魁夷の襖絵を背景に厨子の中にはいっているのを見ました。今回はガラスケースの中に入っている像です。どちらがいいかというと、遠くからでも、御影堂の中に安座している像のほうが威厳があって、ありがたさが違います。博物館では、確かに四方からみることができましたが、それがどうした?という気がします。鑑真の像としての威厳の感じ方は細部を観察することではないとおもいます。細かいことをいうときりがないので、鑑真像については論評しないこととします。

Photo さて、この展覧会で、はた、と足がとまった仏像があります。木心乾漆造の菩薩頭です。乾漆部分はほとんど剥落していますが、目をみると、右目は完全に乾漆層が剥落して、木部が現れています。その彫りは、まさしく大法寺の観音菩薩像のように、眼球のふくらみをあらわしていました。そのうえに乾漆層があって、そこから眼の表現をしたのでしょうが、それにしても、眼球がふくらみすぎています。これから、数ミリでも乾漆層を重ねると、眼がとびでるようになってしまうのでは、と危惧するほどです。

最近、仏像の眼の彫り方が気になり、注意して見ているのですが、普通の仏像(如来、菩薩像)では、あまり眼球にふくらみをつけることがないのですが、その中でも眼球のふくらみをつけて、そこにマブタを彫るという仏像があるのが、見受けられます。

 

 

 

 

 

Photo_2 その一例が、奈良博の常設展にありました。セゾン美術館の聖観音菩薩立像です。この仏像は元奈良市・瑞景寺の所蔵で一木造です。この仏像の眼は、眼球にふくらみをつけて、それに上下のマブタを彫っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Photo_3 今回は出品されていませんでしたが、唐招提寺の木心乾漆造の仏頭もまさしく同様の彫り方をしています。この像は右眼はマブタが残っていますが、左眼は乾漆が剥落しているため、大法寺のように眼球の下に線が見えるような彫りをしています。

如来、菩薩像で、このように眼球にふくらみをつけ、それからマブタを彫るという表現方法は、何かとってつけたというか、元から、眼の表現を計画して彫っているようには、どうも見えないのです。現に、大半の如来、菩薩像はそんなに眼球がふくらんではいませんし、ちゃんと眼の表現を計画した上で彫り進んでいます。

このような、眼球にふくらみをつけて、それから上下のマブタを彫るという表現が、いわゆる「目のない仏像」とどういうかかわりがあるのかは、いまのところわかりません。関係ないのかもしれません。しかし、眼球のふくらみをつける顔の表現方法とは、どういうことなのかは、もうすこし作例をピックアップしてみないと、何ともいえません。いまのところ、どうも眼の表現も多様な方法があるということを認識しておくべきかなとおもいます。

2009年5月27日 (水)

国立国会図書館関西館

今回、国立国会図書館関西館へ行くことになったのは、科研費成果報告書を見たいためでした。正確にいうと、その本のコピーをとるためでした。いわゆる科研費報告書は現在、国会図書館でも、関西館で所蔵することになってしまったために、東京館では見られなくなったのです。国会図書館のシステムについて、以前お話したことがありましたが、その後、改善されたことがありました。それは、科研費報告書に限って、論文の全部を複写可能としたことです。以前では、論文集は、その著者の論文の部分は半分までしかコピーできませんでしたが、最近の改革では、科研費報告書にかぎって、論文のすべてをコピー可としました。しかし、普通の論文集は以前と同じで、論文1編についてその半分しかコピーできませんので、あとは、せっせと書き写すしかありません。

まあ、以前から、国会図書館では、コピーの申し込みの時にかならずトラブルになったことですが、科研費報告書にかぎっていえば、そのトラブルがなくなったということでしょう。

しかし、結局のところ、関西館へ行かなければ、コピーはできないのです。というのも、登録利用者カードがあれば、インターネットでコピーの申し込みができるようになっているのですが、肝心の検索ででる書誌情報には、論文の題名はおろかページもないので、申し込みのしようがありません。せいぜい論文の執筆者がわかる程度です。これから、順次、内容細目を書き加えていくのでしょうが、いつになるのやら、しかもページが書いていないので、どういう指定をしたらいいのか、じつにあやふやです。

科学研究費補助金データベースというサイトがあります。しかし、これも検索してでてくるデータには、報告書の概要しか書かれていません。論文の内容細目がないので、調べようがありません。

関西館は、新しいだけあって、東京館よりは改善した点がいくらかあります。まず、セルフコピーができるようになったことです。これで、時間もお金も節約できます。閲覧室は大きな部屋ひとつになりました。そこに、パソコン端末や、閲覧机が左右の衝立つきであるので、まわりに気をつかわなくてよくなりました。

そして、一番の改善点は天井が高くなったことです。これによって、私語などの雑音が拡散されて、気にならなくなったことです。東京館では、大きな机で閲覧していると、必ずカップルで私語をしている人がいて、非常に不愉快な思いをしました。いつまでもやめないときは、敢えて嫌われおじさんになって、叱ったこともあります。

もうひとつ、この大閲覧室には、開架の本があったことです。私の興味ある分野では、市町村史が開架であったことです。いまのところすべてではなさそうですが、大変便利でした。

Photo まあ、これだけの設備を持った箱モノを作ったのですから、有効活用をしてほしいものです。となりにある、「わたしの仕事館」よりも、建物は小さいですが、国会図書館はそんなに交通の便利なところでないほうが立地としてはよかったのかもしれません。気軽に来てもらっても、東京館のように、コピーの申し込みの大半がマンガと地図では、何のための国会図書館かわからなくなりますので、どうしても必要な人が利用すればいいのかもしれません。

2009年5月24日 (日)

奈良大阪旅行

23日24日と関西に旅行しました。もちろん、移動中はマスク着用で、ところが、店の人はすべてマスクを着用していましたが、奈良でも大阪でもマスクをしている人は2割もいないようで、まあ冷静に対処しているようです。今回の旅程は以下の通りです。今回はそれほどハードではなかったし、また、全体的に混んではいなかったのが幸いでした。

  • 23日朝、京都着→近鉄で、新祝園(しんほうその)駅でバス
  • →国会図書館関西館→奈良着→奈良国立博物館
  • →アカダマ→宿→夕食は近鉄駅前の月日亭で
  • 24日近鉄で難波へ→南海線で吉見の里駅へ→田尻歴史館
  • →南海線蛸薬師駅→諏訪ノ森駅→難波→JR吹田駅
  • →旧西尾家住宅→京都駅→なか卯大宮店(旧富士ラビット)
  • →西本願寺→京都駅→帰京

今回は、奈良博を除いてほとんど、ステンドグラスをみる旅になってしまいました。関西のステンドグラスといっても、住宅に嵌っているステンドグラスはなかなかいいもんでした。もちろん仏像も、奈良博だけでしたが、気がつくことがあり、何回行っても奈良博には発見があります。とりあえず写真のみピックアップしておきます。詳細はまた後ほど。西本願寺では、22日から26日まで、飛雲閣等を公開していました。ところが、午後3時までで、残念ながら、たどり着く時間が遅かった。

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国立国会図書館関西館は学研都市の中にありました。近くに例のわたしの仕事館があり、そのほうがずっと大きかった。何だ。

 

 

 

 

 

Photo_2 ビールをのんでも、2000円程度とは安いのか高いのか。

 

 

 

 

 

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田尻歴史館は入場無料で、窓という窓にステンドグラスが嵌っています。中には喫茶店があってあまり内部を改造しないで、有効利用しているようです。

 

 

 

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左が蛸地蔵駅。右が諏訪ノ森駅の駅舎にあるステンドグラス。

 

 

 

 

 

Photo_7Photo_8 西尾家のはなれは、武田五一の設計の建物です。その洋間にステンドグラスがありました。

 

 

 

 

 

Photo_9 富士ラビットという建物。今は1階が「なか卯」になっています。内部からステンドグラスを見たいのでザルそばを食べてきました。

2009年5月21日 (木)

山本亭

またまた所用で金町に行くことがあり、ついでに、柴又に寄ってみました。柴又は帝釈天ではなく、その裏の江戸川の土手の下にある山本亭を見たいと思ったからでした。

京成電鉄の柴又駅を降りて題経寺の参道を通っていくと、昔の趣はあるのですが、ずいぶんと洗練された参道になったなあ、という感想です。昔、この参道を通った頃は、さびれた田舎のお寺の参道のようでしたが、今では寅さん人気がまだ続いていて、一大観光地になってしまっています。

その山門の手前を右に曲がり、お寺の塀にそって歩いていくと、山本亭があります。この建物は、山本栄之助が震災後、当地に移り住み、大正15年から昭和5年にかけて増改築したたてものです。伝統的な書院造の木造建築と洋風建築を複合した建物です。庭がとてもきれいに手入れされています。

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さて、入口の長屋門には、両側に3畳ほどの袖部屋があり、その窓にステンドグラスが嵌っていました。模様は抽象模様ですが、ところどころに四角垂のガラスを使ってアクセントをつけています。

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 長屋門をくぐると、正面に玄関があり、その右手に応接室として、洋間があります。和風の建物に洋風の建物を付けた感じです。中にはマントルピースがあり、床はモザイク模様の寄木で貼られています。4つの窓は上げ下げ窓になっており、淡いキャセドラルガラスを使ったステンドグラスになっています。色ガラスは上部のみで、中心部は透明ガラス使っているので、外の景色がよく見えるといった、本来の窓としての機能を重視したデザインをしています。

Photo_6 また、部屋の入口のランマにも、ちがったデザインのステンドグラスが嵌っています。色硝子は周囲のみで、透明の型ガラスを使って模様をだしています。

 

 

 

 

 

 

Photo_7 居宅の建物は純和風の長い廊下があり、そこから庭が見渡せるようになっています。廊下のランマには、いわゆる結霜硝子が楕円の枠の外に嵌っていて、スリガラスの間に嵌っています。ちょっとしたアクセントとしての使い方なのでしょう。

考えてみると、こんな和風の建物は、昔はごく一般的な造りだったのでしょう。規模の大小はあるにしても、縁側から、庭をながめる風景はなつかしくもあります。また、いわゆる応接間があるというのも、昔はそれなりの家では一般的だったような気がします。どうして、今の家には応接間がなくなってしまったのでしょう。これは、あきらかに生活のスタイルが変化したためなのでしょう。

この山本亭のステンドグラスは、あきらかに、窓硝子としての機能を優先したデザインをしていることがわかります。窓から入る景色を意識しているのです。不透明な色硝子を多様しないというのは、ステンドグラスのもうひとつの使い方なのでしょう。

2009年5月19日 (火)

霞ヶ関界隈

Photo 所用で、霞ヶ関ビルの最上階35階に行って、窓から外の景色を見ると、真下に首相官邸の建物が見えました。すぐそばには、ホテルの建物があり、まったく無防備のように建っているように見えます。実に、日本の中枢はこんなところにあるのかと、思うと危機管理の本当の意味を問いたくなります。

 

 

 

 

Photo_3 ひととおり仕事が終わって、文部科学省の古い建物の前を通ると、新しい建物と以前の建物の間が通路になっていました。すると、ちいさな看板に「文部科学省 情報ひろば」と書いてあります。古い建物の3階に行くと、文部省の旧大臣室が復原されていました。まあ、文部科学省の言う復原ですから、すべて旧に復したわけではありませんでしたが、入口横の硝子戸と窓の硝子に注目しました。

 

 

 

Photo_2 いわゆる亀甲模様の網がはいった硝子ですが、型模様がいままで見たのとはちがう模様でした。この硝子は大変めずらしい硝子です。この当時の型硝子は、いろいろ多様性があり、製造期間も非常に短くて、すべて把握できていないようです。もっとサンプルを集めれば、解明できるのでしょうが、調べている人はいないようです。

 

 

 

 

Photo_4 この「情報ひろば」とは、文科省のいはば、業務の広報のための展示施設といったらいいのでしょうか。修学旅行の訪問先としての利用を考えているようです。しかし、展示といっても大臣室の復原と、その他はパネル展示で、実物は文科省の購入した絵画・工芸が数点と、旧文部省の看板・ハンコぐらいでしょうか。なぜか東大寺鐘楼の模型がメインの展示のようにありました、それだけで、何をいいたいのでしょうか。

 

 

 

 

Photo_5 文科省は、国立博物館などの独立行政法人を統括する役所です。それが、こんな程度の展示しかできないとは、いったいどういう業務をしている役所なのでしょう。文科省はみずから、歴史的建造物の復原整備を進めてきました。そして、それにともない復原建物の有効活用についての研究や提言を行っています。その本丸である、文科省の建物も、登録有形文化財に指定して、有効活用の手本とすべきなのに、こんな程度の活用しかできないとは、役人の実に想像力のなさを、実感させる建物ではあります。しかも、復原とは名ばかりで、創建当初の材料で残っているのは、躯体と外壁タイルと、大臣室の硝子ぐらいでしょう。

展示室のある3階には、文科省の図書館があります。これは、パンフレントには書かれていなくて、3階の案内板に書かれていました。中に入って見ると、文科省発行の本ばかりではなく、その他の役所の発行本など、かなりの蔵書がありました。しかし、案内板を見ると、どうもこれは、役所の人のための図書館のようです。いはばカッコつきで公開しているように見せているだけのようです。一般人は中に入れますが、役人とちがって貸出はできません。おまけにコピーもできません。これで、公開の図書館?

Photo_6 この建物の使い方は、役人のやることがこんな程度だと、教えてくれる絶好の見本のような建物でしょう。だいたい、こんな展示でリピーターがいるのでしょうか。その時、見学者はもちろん私だけでした。

パンフレットの中に初代文部大臣森有礼の「自警」という書が解説付でありました。その最後には「其職ニ死スルノ精神覚悟セルヲ要ス」と書いてあります。

2009年5月17日 (日)

日吉館

2003_2 神奈川仏教文化研究所のHPを覗いていたら、日吉館がとうとう取り壊されるという記事が載っていました。いつか来ることだとは、わかっていながら、とうとう来るときが来た、という気持ちです。ここ数年、奈良に行くたびに、日吉館の前を通って、まだ建っていると確認してきました。屋根瓦が一部壊れて、その補修もしないでそのままになっている様子をみると、その時期ももうそろそろか、と覚悟を決めていました。

 

 

 

200811 はじめて日吉館のことを知ったのは、高校3年の時でした。その時、入試を終えたその日の夜行で、奈良旅行をしました。名古屋に朝着いて、まずは近鉄で室生寺にいきました。そして、多武峰ユースホステルに泊まり、次の日は飛鳥を歩き、奈良市内に入って、タマルのユースホステルに3泊しました。その時、日吉館に泊まっている人が、ユースホステルに来て、日吉館の様子を話してくれました。食事はいいが、凄いギュウギュウ詰めで寝させられるなどということを聞いて、ずいぶん変わった旅館だなと思いました。

 

それが、大学に入って、古美研の合宿で、初めて泊まることになりました。最初の印象は、食事にすき焼きが出たことでした。雑魚寝同然で寝ることには、まるで違和感はありませんでしたが、食事のマナーを先輩からやかましく言われるのには、やはり普通の旅館ではないな、と感じました。いままで、キャンプはずいぶんしてましたので、どこで寝ようが別に困りませんでしたが、食事が腹イッパイ食べられるのには、感激しました。

それからは、毎年のように、泊まりに行きました。大学3年のときは、正月に行って、結局1週間くらい泊まったでしょうか。一時、友人が日吉館で手伝いをしたこともあって、奈良では、日吉館以外に泊まったことがありませんでした。

19679 日吉館には、大学時代の思い出がいっぱい詰まっています。ひとつひとつ思い出すと、いくらでもでてきそうです。楽しい思い出、悲しい思い出、さまざまな思いがわき出てきます。

今は、なかなかその時の記憶が甦りませんが、友人と昔話をすれば、すぐに思い出すことでしょう。その時の酒の肴にすべくいろいろ思い出しておいておくことにしましょう。

2009年5月12日 (火)

癌という病気

Photo 平木君は癌と宣告されてから、一年余りの間、どんな気持ちで生活していたのだろう、と思います。つれあいの京子さんは、淡々とその間の経過を述べていました。その語り口から、もうある程度、心の整理がついたのだろうと察しました。いや、そうではなく、この席では、その経過を出席者に知らせなくてはという責任感からだったのかもしれません。

本人は、自分の身体の状態の感覚と医者の理論的な話とのギャップを感じていたのだろうとおもいます。おそらく、最初は何でと思ったことでしょう。というよりも、直近の仕事をどうこなすかが、まず頭に浮かんだことだろうとおもいます。どういう方法ならば、今まで約束した仕事をこなせるかを考えたのです。未来のことは想像などつくはずもありません。まして、医者のいう一見、客観的に見える事実というようなものも、それが確実な予想ではないのですから。

彼は余命を医者から宣告されても、なお仕事に生きました。外からみると、何故そこまでするのか、と思うのでしょう。本人からすれば、それしか当面することが見つからなかったからだったのでしょう。そこに宗教的な思考が入らなかったのは、きっと、そんな余裕もなかったから、というよりも作らなかったのでしょう。

Photo_2 人間、逆境におかれると、長期的な予測などは、思いもつかないものです。当面何をしたらいいのかを考えるのです。あくまでも、今日を真剣に生きようとするのです。彼はそれができた人間だったような気がします。

これが克服できたあと、あるいは孤独になったときに、今までの人生を振り返ることをするようになるのです。その時、はじめて「死」の恐怖と向き合うのです。病気と戦っている最中は、正直そんな余裕はありません。

すくなくとも、私はそうでした。私には「死後の世界」は見えませんでした。最悪の事態になっても、それですべてパーになると、確信しました。いや納得ができました。

私は「確信犯的無神論者」であることが、自分で確認できました。

私の癌の時は、そう確信できました。それが、今の、あるいはこれからの生き方にどれ程影響を与えたか、というと実は、自信がもてないのです。平木君ほど、情熱が希薄なのかもしれません。修行が足りません。

2009年5月 9日 (土)

清水まで

Photo 初夏の陽気にさそわれて、また、ETC高速道路1000円の恩恵をうけるべく、久し振りにドライブをしてきました。行く先は静岡県清水です。富士川SAでは、初夏の富士山が快晴のもと雪をかぶって、絵はがきのようでした。清水はちょっと気になるところがあり、まずそれをこなしてから、鉄舟寺へ。

鉄舟寺は、清水寺式千手観音立像があるお寺ですが、平成13年に「鉄舟寺展」があり、そのときに開帳されています。お寺に聞くと、これは山の上の観音堂にあり、秘仏で20年に1回の開帳だそうです。しかし、現在は京都国立博物館に寄託されており、観音堂にはないということでした。

 

 

Photo_2 2・3年前清水のフェルケール博物館へ行ったとき、この時の展覧会図録がないか聞いたところ、もうないとのことでした。、もう古本で出るのを待つしかないとおもっていたところ、お寺にあるということなので、やっと手にいれることができました。

実際、この仏像を拝観したことはないのですが、写真で見ると実に不思議な仏像です。衣文の細かな畳みかたや、胴がくびれている形など、ユニークな形をしています。脇手はもちろん後補ですが、これが何時つけられたのかが、知りたいところです。解説によると、像は8~9世紀としていますが、わかりません。

 

 

 

 

Photo_3 山の上の観音堂からの富士山の景色もまた、格別でした。

2009年5月 7日 (木)

仏像入門書

 あっという間に連休が終わってしまいました。例のごとく計画はいっぱいあったのに、その1/10もできませんでした。たまりにたまった、仏像本の入力もまだまだ山積みになっています。『春秋堂文庫』の更新もしなければと思いながら、なかなか進みません。しばらくの猶予をください。

さて、仏像本の入力で、以前からどうしようかと迷っていることがあります。それは、最近とみに出版されている、いわゆる「仏像入門本」です。仏像の基礎的な知識が書かれているので、仏像に興味を持つ導入としては、いいのかもしれませんが、内容がほとんど同じでは、その本にどれだけオリジナリティがあるのかが疑問だからです。その本でしか、知り得ないというのなら、充分にリストアップする価値があるのですが、どうも というのが大半のようです。ちなみに、ここ数年間に発行された本をあげてみます。

  1. 水野敬三郎編『日本仏像史 カラー版』 2001.5 美術出版社 2500円
  2. 飯島満・岩崎和子『仏像がわかる本』 2001.10 淡交社 1500円
  3. 佐伯快勝『仏像を読む』 2002.2 学習研究社・文庫 580円
  4. 田中日佐夫『日本100の仏像』 2002.3 JTBパブリッシング 1700円
  5. 谷敏明『図解仏像がわかる事典』 2002.4 日本実業出版社 1600円
  6. サライ編集部『仏像の見方 メガネをかけたようにわかる』 2002.4 小学館・双書 1200円
  7. 佐藤昭夫『日本の仏像100選』 2002.5 主婦と生活社 2300円
  8. 河原由雄『仏像の見方見分け方 正しい仏像鑑賞入門』 2002.8 主婦と生活社 2300円
  9. 紀野一義/入江泰吉『仏像を観る』 2002.8 PHP研究所・文庫 857円
  10. 大法輪閣『図解 仏像の見分け方 増補新装版』 2002.11 大法輪閣 1800円
  11. 松涛弘道『日本の仏様がわかる本』 2002.11 日本文芸社・新書 705円
  12. 宮元健次『すぐわかる図説 日本の仏像』 2003.3 東京美術 1800円
  13. 西村公朝/飛鳥園『やさしい仏像の見方 改訂版』 2003.6 新潮社・全書 1300円
  14. 江里康慧『仏像に聞く 鑑賞を深めるための基礎知識』 2003.6 ベストセラーズ・新書 830円
  15. 松涛弘道『仏像の見方がわかる小事典』 2003.12 PHP研究所・新書 840円
  16. 瓜生中『知識ゼロからの仏像鑑賞入門』 2004.1 幻冬舎 1400円
  17. 宮治昭『仏像学入門 ほとけたちのルーツを探る』 2004.2 春秋社 3000円
  18. 真鍋俊照編『日本仏像事典』 2004.12 吉川弘文館 2500円
  19. 宮元健次『仏像は語る 何のために作られたか』 2005.9 光文社・新書 720円
  20. 瓜生中『仏像はここを観る 鑑賞なるほど基礎知識』 2005.11 祥伝社・新書 750円
  21. 美術出版社編集部『新全国寺社・仏像ガイド』 2006.3 美術出版社 3000円
  22. PHP研究所/瓜生中『仏像 仏像鑑賞が10倍楽しくなる』 2006.3 PHP研究所 1200円
  23. 関信子/山崎隆之『仏像』 2006.4 山と渓谷社 6400円
  24. 熊田由美子『仏像の事典』 2006.4 成美堂出版 1200円
  25. 宮澤やすみ『グループ別ですんなりわかるはじめての仏像』 2006.5 河出書房新社 1600円
  26. 山本勉『仏像のひみつ』 2006.6 朝日出版社 1400円
  27. 春秋社『仏像はやわかり小百科 新装版』 2006.8 春秋社 1500円
  28. 瓜生中『知っておきたい仏像の見方』 2007.1 角川学芸出版・文庫 476円
  29. 田中ひろみ『仏像 大好き!仏像に会いに行こう』 2007.4 小学館 1300円
  30. 山崎隆之『仏像の秘密を読む』 2007.4 東方出版 1800円
  31. 向吉悠睦/中村佳睦『やさしくわかる仏像入門』 2007.8 ナツメ社 1400円
  32. ムック『仏像の本 封印の秘仏と奇蹟の霊験譚』 2007.12 学習研究社 1300円
  33. 宇野津善光『よくわかる仏像の見方』 2008.3 JTBパブリッシング 1300円
  34. 北進一『ほとけを知る 仏像めぐりハンドブック』 2008.4 シンコーミュージックエンタテインメント 1000円
  35. 山本勉『仏像のひみつ(続)』 2008.5 朝日出版社 1400円
  36. PHP研究所/花山勝友『図解仏像のすべて 新装版』 2008.9 PHP研究所 1100円
  37. 副島弘道『仏像の楽しみ方完全ガイド』 2008.10 池田書店 1600円
  38. 岩田茂樹/稲本泰生『やさしい仏像』 2008.10 永岡書店 1200円
  39. 副島弘道『仏像の見方がすぐわかる本』 2008.11 主婦と生活社 1381円
  40. 田中義恭『面白いほどよくわかる仏像の世界』 2008.11 日本文芸社 1400円
  41. 仏像ガール/西山厚『仏像の本』 2008.11 山と渓谷社 1600円
  42. 広沢隆之『仏像とお寺のなるほど読本』 2008.11 青春出版社・文庫 648円
  43. 飯泉太子宗『たのしむ仏像』 2008.12 廣済堂出版 1400円
  44. 副島弘道『仏像鑑賞ガイド 英訳付』 2008.12 池田書店 1500円
  45. 瓜生中『お寺と仏像 おもしろ事典』 2009.1 PHP研究所 1500円
  46. 紺野敏文『奈良の仏像』 2009.2 アスキーメディアワークス・新書 762円
  47. 長岡龍作『日本の仏像』 2009.3 中央公論社・新書 980円
  48. 山崎隆之『一度は拝したい奈良の仏像』 2009.3 学習研究社・新書 880円
  49. 一坂太郎『仁王』 2009.4 中央公論社・新書 940円

Photo 私が仏像に興味を持った頃は、佐和隆研『仏像事典』がバイブルでした。今でもちょっとした仏像を知りたいときには、ひもときます。この本はいわゆる入門書ではありませんが、仏像の儀軌についての典拠がしっかりと書かれているのが使える本なのです。仏像の名称を覚えるのは、確かに最初はつらいとおもいます。しかし、基礎知識とはそんなに楽しく覚えるものではないと思うのです。同じ体裁で、真鍋俊照編『日本仏像事典』はさらによく書かれています。石田茂作『仏教美術の基本』は写真も豊富に掲載されていましたが、ちょっと高かったので、買ったのはずっと後になってからでした。

 

 

 

 

 

Photo_3Photo_4  これだけの仏像本が出版されているというのは、やはり仏像ブームなのでしょうか。団塊の世代が暇になったので、仏像鑑賞に走ったという説はほんとなのでしょうか。

私が若い頃、趣味は仏像です。といったら怪訝な顔をされました。それ以来趣味が仏像だとは一言も言いませんでした。今、やっと理解されるようになったのかな、とひそかに感じています。

2009年5月 3日 (日)

予習と復習

モノ(美術作品)を見るとき、あらかじめその作品の予習をしますか?それとも、何もしないで見に行きますか?

どちらかというと、私は、後者のほうです。目的の場所に、一応何があるかの予習はしますが、それ以上はあまり調べないようにしています。というのは、美術史学徒が一度は聞いたことがある、あのエピソードが頭から離れないからです。

「君たちは、薬師寺の薬師三尊像をまだ見ていないというのは幸せだ。あの感動を味わえるのだから」といった、岡倉天心の言葉です。

いかに、第一印象が大切なことか、ということを言い表しています。何の知識も入れずに美術作品に出会えるというのは、現在では、ほとんどないといってもいいでしょう。少なからず、事前に知識が入ってしまいます。それで、本当の感動がえられるのかという疑問がいつも脳裏から離れないのです。予備知識からはなれて、作品に向き合うのは至難の技というべきでしょう。

私がいつも思うことは、ある作品に出会えたとき、あとで、もう一度見に行きたいという、欲求がでてくるかどうかが、その時の感動を計るバロメーターだと思うことにしています。あとで、調べてみると、肝心なことを見落としていたり、頭の中の記憶があいまいだったりすると、もう一度確認のために見に行きたくなります。その想いが強いほど、その作品に感動していた証拠なのでしょう。

Photo 先日、見に行った、求道会館のステンドグラスを調べてみると、『求道会館修理工事報告書』には、修理前の写真が掲載されていました。ところどころに割れて穴があいています。報告書によると、戦後、この建物が荒れて、近所からはお化け屋敷のようになっていたとき、近所の子供が投石して遊んでいたそうです。そんな歴史を経て、いま補修されたステンドグラスを見ると、その歴史を刻んだ作品の奥深さを見ていなかった気がするのです。何か表面的な鑑賞しかしていなかったのかなと、後悔の念がおきてきました。忘れ物をしてきた感覚です。

 

 

Photo_2 平成17年に文京ふるさと歴史館で武田五一の展覧会を開催していました。求道会館の復原修理完成紀念のような展覧会でした。

また、『求道学舎再生』という単行本がでているのを見つけました。これは、求道学舎を定期借地権によって、求道会館の維持管理しようという、近角よう子氏の奮戦記です。

建物に刻まれた歴史は、復原修理された建物を表面的に見ただけでは、よくわからないものだと思いました。それにもまして、まだまだ見る目がないなと思うことしきりです。

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