« 根津神社 | トップページ | 仏像入門書 »

2009年5月 3日 (日)

予習と復習

モノ(美術作品)を見るとき、あらかじめその作品の予習をしますか?それとも、何もしないで見に行きますか?

どちらかというと、私は、後者のほうです。目的の場所に、一応何があるかの予習はしますが、それ以上はあまり調べないようにしています。というのは、美術史学徒が一度は聞いたことがある、あのエピソードが頭から離れないからです。

「君たちは、薬師寺の薬師三尊像をまだ見ていないというのは幸せだ。あの感動を味わえるのだから」といった、岡倉天心の言葉です。

いかに、第一印象が大切なことか、ということを言い表しています。何の知識も入れずに美術作品に出会えるというのは、現在では、ほとんどないといってもいいでしょう。少なからず、事前に知識が入ってしまいます。それで、本当の感動がえられるのかという疑問がいつも脳裏から離れないのです。予備知識からはなれて、作品に向き合うのは至難の技というべきでしょう。

私がいつも思うことは、ある作品に出会えたとき、あとで、もう一度見に行きたいという、欲求がでてくるかどうかが、その時の感動を計るバロメーターだと思うことにしています。あとで、調べてみると、肝心なことを見落としていたり、頭の中の記憶があいまいだったりすると、もう一度確認のために見に行きたくなります。その想いが強いほど、その作品に感動していた証拠なのでしょう。

Photo 先日、見に行った、求道会館のステンドグラスを調べてみると、『求道会館修理工事報告書』には、修理前の写真が掲載されていました。ところどころに割れて穴があいています。報告書によると、戦後、この建物が荒れて、近所からはお化け屋敷のようになっていたとき、近所の子供が投石して遊んでいたそうです。そんな歴史を経て、いま補修されたステンドグラスを見ると、その歴史を刻んだ作品の奥深さを見ていなかった気がするのです。何か表面的な鑑賞しかしていなかったのかなと、後悔の念がおきてきました。忘れ物をしてきた感覚です。

 

 

Photo_2 平成17年に文京ふるさと歴史館で武田五一の展覧会を開催していました。求道会館の復原修理完成紀念のような展覧会でした。

また、『求道学舎再生』という単行本がでているのを見つけました。これは、求道学舎を定期借地権によって、求道会館の維持管理しようという、近角よう子氏の奮戦記です。

建物に刻まれた歴史は、復原修理された建物を表面的に見ただけでは、よくわからないものだと思いました。それにもまして、まだまだ見る目がないなと思うことしきりです。

« 根津神社 | トップページ | 仏像入門書 »

建築」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 根津神社 | トップページ | 仏像入門書 »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ