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2009年10月 4日 (日)

『石見の仏像』展から

Photo  今回の『石見の仏像』展はなかなか論評しずらい展覧会です。34体の仏像は、飛鳥から江戸時代まで、すべて網羅していますが、それでは、この展覧会の目玉は? というと、鎌倉・極楽寺が現所在の不動明王坐像というには、ちょっとインパクトがありません。石見国分寺の本尊の焼損仏に至っては、炭化した木材を見せられても、何の想像もできません。

それでは、石見地方らしい仏像とは、何か? と問われてもこれだけでは、何とも論じようがありません。石見地方としての特徴を探そうとしたことが違っているようです。むしろ、それだけ、中央、あるいは半島との交流があったと見るべきなのかもしれません。

 

 

 

 

 

Photo_2 その中で、大喜庵の観音菩薩立像に注目しました。大喜庵はこの展覧会の前に行った、雪舟が没した旧東光寺であり、その敷地に雪舟の郷記念館がある場所です。

この仏像は、“無眼”です。眼球の膨らみの下の線は彫られていますが、瞼の線はありません。彩色が全て剥落しています。こういう仏像を見ると、果たして、伏し目がちの眼の表現と解釈することができるのか、と思うことがあります。伏し目と目をつぶっているとは、全然別の表現方法です。

もし、仏像が眼をつぶっているとすると、教義からも、特殊な事例を別にして、崇拝対象が拝む人に眼をみせないというのは実に変です。目は口ほどにものをいうのであって、目の表現によって、教化するのが宗教だろうと思うのですが。

安立寺の千手観音立像は、地方色の強い、平安時代中期の仏像ですが、両肩部に施転文があり、目の彫法も、上瞼を前に出し、はれぼったく彫っています。

全体的に、それぞれの時代の、一般的にいう地方色がかなり希薄な感じを受けました。鎌倉時代にいたっては、院派の仏像も出現しており、とても辺境な地とは思えない印象でした。

この地では、数年にわたって、仏像の調査をおこなってきたようですが、その成果としての報告書を早急に見てみたいものです。そうでないと、この展覧会出品の仏像だけでは、石見の仏像の特徴が想像できません。

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