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2010年4月17日 (土)

霊木化現という考え方

 まず、井上正氏の唱える「霊木化現」について、その要旨を述べると、神の依り代であった神木が、神に代わって仏が出現する霊木として造形されたのが、一連の未熟で粗雑に見える素木の仏像であり、霊木に宿った仏が徐々にその姿を現し、霊木から仏が姿を見せる途中の各段階と解釈されるのが、立木仏、鉈彫、目や耳、螺髪、宝髻などを彫らないままの像がそれに当たる。というのが論旨の一部です。井上氏は行基との関係、檀像の問題とからめて論じていますが、ここでは、神の宿る霊木を御衣木として仏像を彫るという点についてとりあげてみようとおもいます。

  • 井上正「古仏巡歴 1~36」 『日本美術工芸』 527~562  1982年8月1日~1985年7月1日 日本美術工芸社
  • 井上正「古密教系彫像研究序説 ー檀像を中心にー」 『論叢仏教美術史』 1986年6月10日 吉川弘文館 501p~530p
  • 井上正「古密教彫像序説 」 『古佛ー彫像のイコノロジーー』 1986年10月25日 法蔵館 9p~26p
  • 井上正「古密教彫像巡歴 1~36」 『日本美術工芸』 580~615  1987年1月1日~1989年12月1日 日本美術工芸社
  • 井上正「化現する仏と立木仏 」 『日本の美術』 253 檀像 1987年6月15日 至文堂 76p~80p
  • 井上正「第一章 神仏習合の精神と造形/3,霊木化現の仏と神 」 『図説日本の佛教 第6巻 神仏習合と修験』 1989年12月5日 新潮社 70p~81p
  • 井上正「霊木化現仏への道」『芸術新潮』 42-1(493) 【美術史の革命】 出現!謎の仏像 1991年1月1日 新潮社 79p~94p
  • 井上正「行基仏への旅 」 『芸術新潮』 42-2(494) 【美術史の革命】第二弾! ローカル・ガイド大特集 謎の仏像を訪ねる旅 1991年2月1日 新潮社 103p~108p
  • 井上正「Ⅱ 奈良時代/9 檀像と霊木化現仏 」 『7ー9世紀の美術 伝来と開花』岩波日本美術の流れ 2 1991年12月13日 岩波書店 81p~90p
  • 井上正「古仏への視点 1~24」 『日本美術工芸』 652~675  1993年1月1日~1994年12月1日 日本美術工芸社

 この問題について、初めて反論らしき論考を目にしました。 山本陽子「祟る御衣木と造仏事業ーなぜ霊木が仏像の御衣木に使われたのかー」『明星大学研究紀要[日本文化学部 言語文化学科]』15 2007.3.25 です。
山本陽子氏はまず、“神木に刃物を入れるという行為に、恐怖や抵抗感がなかったのだろうか。”という疑問から論が始まります。史料には神木を切ったために、神が怒り祟りがあったという話が多くあることを指摘しています。その一例が長谷寺十一面観音像の縁起です。それには、観音像の御衣木がその霊木の祟りのためにしばしば中断し、その困難を克服して造仏したという物語になっています。(寺川眞知夫「御衣木の祟ー長谷寺縁起ー」『仏教文学とその周辺』 1998.5.30 和泉書院) 奧健夫氏は、もともとこの木は人々に死をもたらす「疫木」であったと指摘しています。(奧健夫「木彫像の成立」p226~p227『日本美術館』 1997.11.20 小学館)
 つまり、山本陽子氏は、井上正氏の論じるように、神木を用いた未熟あるいは未完成の仏像は、山林修行者が霊木の中から出現した仏の姿を感得し、その過程を霊木に表現した「霊木化現仏」であるという解釈だと、祟る霊木の場合の説明ができなくなる。と反論しています。

Photo_4

Photo_5

【大寺薬師観音菩薩立像(小像)】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでは、なぜ祟る霊木で神仏の像を刻むのか、という疑問がわいてきます。山本陽子氏は“霊木での造仏とは、祟る木を仏となして祀り鎮めてしまうことに他ならない。”と結論づけています。仏像を彫ることは神木の抵抗と祟りに会いながら、仏師は霊木と対決していたという説話の例を紹介しています。
 井上正氏は、目を彫らないなどの未完成の像は、霊木から化現している過程の像である、という推測をしていましたが、山本陽子氏は、“御衣木に尋ねながら彫る。未完成であっても霊木が拒否すれば、それ以上は刃を入れずにそのまま仏として祀る。目的は仏像を仕上げることではなく、霊木の祟りを封じることが目的なので、仏像の完成度は問われない。”としています。
 両者の論考を比べてみると、たしかに、仏像の造像説話には、霊木の抵抗にあって願主・仏師と対決したという話が多くあります。霊木の中に潜んでいる仏像を化現させるという“いい話”ばかりではありません。このことについて井上正氏は、あえて触れてこなかったのではないかとおもわれます。
 山本陽子氏の論では、霊木を使った造像が、祟り封じのためであるのは理解できても、それが未完成でもいいというのは、説得力に欠けるようです。たとえば、太平寺阿弥陀如来像のように、目のみ未完成で他はすべて完成している像は、どこが霊木を封じている像なのでしょうか。現存している像での具体的な説明がほしいところです。

注:山本陽子氏の論文は CiNii - NII論文情報ナビゲータ に掲載されています。フリーワード【仏像】でさがすとヒットします。PDFファイルで論文全文が公開されています。直接論文をリンクしてみましたが、リンクできないようです。

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コメント

地味なところに載せた論文、取り上げてくださって、ありがとうございます。霊木を仏像に彫るのは祟り封じ、というよりさらに祟り鎮めという感じに近いかもしれないと、思っています。形やご利益は二の次で、霊木が、それで充分と言った(と、僧侶や仏師が感じた)ところで鑿を置いたのではないかと思うのです。「たとえば、太平寺阿弥陀如来像のように、目のみ未完成で他はすべて完成している像は、どこが霊木を封じている像なのでしょうか。」については「そこは彫らなくてよい」と霊木が言ったと仏師が感じれば、彫り残すのではないか、と想像します。こういう状況であったとすると、具体的な証拠は挙げようもありませんが、真如堂縁起の仏像の白毫の珠を入れない理由にそのような例が書かれていたのが、まあ、傍証になり得るでしょうか。

 コメントありがとうございます。井上正氏の論が蔓延する中、それに反論する形で、論拠をしめしたこの論文は大変画期的だとおもいます。もうすこし注目されてもいいのかなと感じました。
できれば、『無眼』という形状の概念がもうすこし普及しないものかなと、個人的に期待をしているのですが。

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