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2010年7月

2010年7月29日 (木)

五龍閣

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 清水坂を半分ほど登って、路地にはいると、洋館が目の前に現れます。

入口は、高級な感じを受け、入りずらい外観です。

以前は、順正という豆腐料理の店でしたので、そんな外観になっています。

去年、改装をして、五龍閣カフェとして、喫茶の店としてオープンしました。おかげで、気楽にこの建物に中に入ることができました。

 

 

 

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建物は3階建で、1階にサンルームがあり、そこにステンドグラスが嵌っていました。

この建物は、清水焼の窯元で、磁製義歯や高圧碍子の製造で財をなした、松風嘉定の住宅として建てられました。大正3年に木造の2階建和館が造られ、大正10年に3階建の洋館が竣工したようです。和館は、すでになく、洋館のみ残っています。

洋館の設計は、京都大学の建築科を創設した武田五一です。

 

 

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玄関を入ると、靴をぬぎ、部屋に入ると、そこは大広間になっていて、その奥にサンルームがあります。今は喫煙室になっていますが、3方の窓のランマに飛んでいる鳩の図柄のステンドグラスが嵌っています。デザインはいたってシンプルです。

 

 

 

 

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今まで、武田五一設計で、ステンドグラスの嵌っていた建物を見たのは、求道会館旧西尾家住宅と、ここで3軒目ですが、3軒とも、図柄をわざと単純化したような感じがします。この図柄が武田のデザインだったのかどうかは不明ですが、どうも、武田はステンドグラスでどの程度複雑に技術的に表現できるのかを理解していなかったのではとおもわせます。

 

 

 

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それにしても、このステンドグラスのよごれはどういうことでしょうか。改装してから、まだ1年も経っていないのに、このガラスのよごれはいただけません。

たしかにステンドグラスの清掃は神経をつかいますが、ここを喫煙室にしてしまったのも、ステンドグラスのメンテナンスにはよくありません。せめて、こまめに清掃をお願いしたいとおもいます。

 

 

 

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広間とサンルームの間仕切りのランマには3個所アーチ状の窓があります。建具・硝子とも当初のようです。

 

 

 

 

 

 

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喫茶店は1階部分しか使っていませんが、店の人に頼んで、2階も見せていただきました。

2階は大部屋と小部屋があり、豆腐料理屋の時に使っていたままで、座敷になっていました。しかし、大理石の暖炉がそれぞれの部屋にあって、もともとは洋室だったのがわかります。しかし、天井は和風の格天井です。この辺が武田のコンセプトなのでしょう。

 

 

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2階の小部屋の窓2個所にステンドグラスがありました、しかし、これは建具が新しいものですので、新たに作ったものかもしれません。デザインも1階のサンルームと手法が違います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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もうひとつ、2階の女子便所の引き違い窓にステンドグラスがありました。チューリップの柄です。これは、建具も古いままなので、当初のものかもしれません。

 

 

 

 

 

 

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この建物は玄関脇に吹き抜け階段が3階まで続いています。中の意匠も和洋折衷の様式をかもしだしています。そこに武田の設計の意図が出ているような気がします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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まして、外観をもう一度見てみると、塔屋の屋根には風見鶏がありながら、屋根の棟には鴟尾がついているのです。

実に不思議な建物です。武田は和と洋を非常に意識していた時期だったのではとおもいます。

2010年7月26日 (月)

酷暑の奈良京都旅行

このクソ暑い時に、奈良・京都へ1泊旅行をしてきました。まずはその旅程から。

  • 1日目
  • 名古屋から近鉄で→室生口大野→室生寺→龍穴神社→大野寺磨崖仏
  • 近鉄で奈良→奈良国立博物館→東大寺大仏殿→アカダマ→宿舎
  • ライトアップで浮見堂→東大寺南大門→大仏殿→奈良県公会堂→
  • 奈良国立博物館→興福寺五重塔
  • 2日目
  • JRで木津下車→タクシーで山城郷土資料館→歩いて高麗寺址
  • JR上狛より→宇治→平等院→京阪で中書島→神宮丸太町→新島襄旧居
  • 京都市歴史資料館→清水寺→清水坂の五龍閣カフェ→京都国立博物館
  • 京都駅→帰宅

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こんな山の中でも、クソ暑い。金堂は外陣から見ることができ、彩色のすばらしさに感動。おまけに奥の院まで、このクソ暑い時に服をびしょぬれにしながら登ってきました。 

 

 

 

 

 

 

 

 

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大野寺は、是非とも対岸に渡って、この磨崖仏を見上げてみたいとおもっていました。靴をぬいで、浅いところを選んで渡川を試みましたが、川の中の石がことのほかぬるぬるしており、足場が悪くて途中で断念しました。次はかならず挑戦するぞ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

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奈良博の特別展『仏像修理』は、図面を多用して、それなりにわかりやすく展示してありました。これだけの資料があるのに、それが公刊されているのはほんの一部です。展覧会で図面をみても、詳細にはわかりません。むしろ、本として、公開してくれないでしょうか。

旧館の改装後は、それほどレイアウトに変わりはありませんでしたが、仏像専用の建物にしてしまうことがすごいことです。

とにかく、仏像のテンコもりです。とくに平安時代の仏像はもういくら見てもきりがありません。今回は、東大寺法華堂の金剛力士像を、2体間近に見ることができました。その迫力はやはりすごいものがあります。

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夕食もそこそこに、というよりも朝から、水ばかり飲んでいて全然食欲がなくなり、カメラをかついで、夜の奈良の町へ。東大寺の参道に行くと、横の浮雲園地で、「なら燈花会」をやっていました。

それにしても、夜になってもクソ暑かった。

 

 

 

 

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山城郷土資料館は、府立なのに、なんでこんな不便な場所にあるのでしょう。なにか特別な場所ともおもえないし、とりあえず、浄瑠璃寺三重塔の薬師如来坐像を見てきました。

そこから、田んぼの草のにおいをかぎながら、炎天下、大汗をかきながら、高麗寺址へ。土壇のくぼんだところに塔の礎石がありました。南の側面には、舎利穴があいていました。

 

 

 

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平等院は久し振りです。鳳翔館には、はじめて入りました。その建物の設計のすばらしさに感動です。本尊の阿弥陀如来も修理を終えたばかりなので、すばらしかったのは同様です。

相変わらずクソ暑くて、服が汗ですこしも乾かないので、定番の「宇治金時」でひと涼み。

 

 

 

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御所の横の道を歩いていると、同志社大学の交友会館のとなりに新島襄旧居の看板がありました。入場無料なので、入ってみました。外観はコロニアル風の洋館風ですが、和様折衷の家のようです。新島襄みずから設計したとか。

 

 

 

 

 

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清水坂を登っていく途中に、横の細い路地に入ると、突然洋館が出現します。以前は、豆腐料理屋の順正の清水店として営業していました。ここに入るには、豆腐料理を食べにいかなくてはだめか、と思っていましたら、去年、五龍閣カフェとして、軽食をだす喫茶店としてオープンしました。

この建物は大正10年、武田五一の設計で建てられた建物です。旧松風嘉定邸です。

この1階のサンルームにはステンドグラスが嵌っています。また、2階に1室と、女子便所にもステンドグラスがありました。清水坂には、人であふれていましたが、この喫茶店は入りずらいのか、比較的すいていました。写真もとらせていただきましたので、また、まとめて紹介できるとおもいます。

それにしても、クソ暑い中、バスで、京都国立博物館へ、もうあまりにクソ暑いので、京都駅へ行って喫茶店で涼み、地下の伊勢丹で、関西風のうなぎ弁当を買って、新幹線へ。

いったい、「クソ暑い」て、何回言ったのでしょう。

2010年7月18日 (日)

旧観心寺蔵光背

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根津美術館の新創記念特別展 第7部 『いのりのかたち』にいってきました。今回は仏教美術を中心とした展覧会で、仏画が主ですが、日本の彫刻も8点ほどでていました。常設展では、中国石仏以外の彫刻がなかなか出品されない中で、初公開の不動明王立像や、定慶作の帝釈天立像など、収穫がありました。

 

 

 

 

 

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 特に、展示室に入ったところに、銅造光背がありました。ここで見るのは初めてかもしれません。いつもなかなか出品されていない光背です。裏には戊午年(658)の銘が刻まれており、非常に重要な作品なのですが、なぜか、注目されていません。まして、これは無指定です。

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 この光背の模造品が観心寺に所蔵されていることがネックになっているのかと想像してしまいます。

ちょっと今、この光背が観心寺から離れたいきさつについて、どこかで書かれていた記憶はあるのですが、思い出せません。かすかな記憶をたどると、観心寺からこの光背を離れる時、かわりに模造品を作ったと書かれていたようです。

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 その後、大正15年10月24,25日、東京美術学校講堂で、第4回推古会の展覧会の折り、出品されています。(『推古会圖録 第四回』 大正15年11月18日)

その時の所蔵者は、玉井久次郎氏になっています。奈良の古美術商で玉井大閑堂の経営者です。おそらく、根津嘉一郎は、この玉井大閑堂から購入したのかもしれません。

玉井久次郎氏が観心寺から直接これを購入したのかは、わかりません。

実は、昔、観心寺の調査の時、この観心寺蔵の光背を手にとったことがあります。全体が鋳物のようで、非常にずっしりとした重さがあったと記憶しています。ところが、今回、根津美術館蔵の光背を見てみると、銅板に彫刻をしている板の厚さが非常に薄く、あのときの重量感とは何かちがう感じをうけました。まして、こんなに小さかったのか、と昔の記憶のあやふやさを思い知らされました。

それにしても、この光背は何故無指定なのでしょう。今以ってその理由がわかりません。

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根津美術館は、場所がらか、ちょっとなじめません。中のレストランにもひとりでは入りづらい雰囲気です。この建物は実に、安上がりにつくっているのですが、まわりの奇抜なビルのある中で存在感をだしています。

2010年7月14日 (水)

花は散りゆく

YouTubeをさがしていると、西田佐知子「エリカの花散るとき」という歌が目にはいりました。久し振りに歌を聞くと、なつかしくおもいます。

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一 青い海を見つめて
  伊豆の山かげ
  エリカの花は 咲くという
  別れたひと~ ふるさとを
  たずねてひとり 旅をゆく
  エリカ エリカの花の咲く村に
  行けばもいちど 逢えるかと・・・

二 山をいくつ越えても
  うすい紅いろ
  エリカの花は まだ見えぬ
  悲しい恋に 泣きながら
  夕日を 今日も見送った
  エリカ エリカの花はどこに咲く
  径は はるばる つづくのに・・・

三 空の雲に 聞きたい
  海のかもめに
  エリカの花の 咲くところ
  逢えなくなって なおさらに
  烈しく燃える 恋ごころ
  エリカ エリカの花が散るときは
  恋に わたしが 死ぬときよ・・・

この鼻にかかったねばりが何ともいえませんな。これこそが、西田佐知子なのでしょう。

そして、いくつかYouTubeで聞いていると、今までと毛色の変わったメロディーの歌に行き当たりました。

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「花は散りゆく」という歌です。

一 花ちれば 花に愁い
  風ふけば 風に涙
   託したい 女ごころ
  愛しても 遠ざかる 人ゆえ
  哀しみは 胸ふかく・・・

二 一ひらの 花はちって
  またひらく 春もあるの
   夢もない 恋のさだ
  泣きぬれて 一人行く さすらい
  この道は はてもなく・・・

三 花ちれば のこる移り
  恋去れば のこる想い
   抱きしめて たどる旅路
  幸せに そむかれた 女に
  ふる星も 影さむく・・・

歌詞を読んでみると、救いようのない失恋の歌です。しかし、これがたまりません。

そんなわけで、この2つの曲が入っているCDをさがすと、「西田佐知子歌謡大全集」にしか入ってなく、しかたなく、通販で買ってしまいました。

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2010年7月10日 (土)

つりしのぶ

夢さんのブログで、“銀座の風鈴売り”というタイトルで書かれていたのを見て、“風鈴”=“つりしのぶ”=小椋佳“忍ぶ草”と発想がひろがりました。

そういえば、むかしは縁側や窓には、つりしのぶがかけてあって、そこから風鈴の音色が聞こえてきたもんです。もうそんな風景が見られなくなって久しくなったようです。

小椋佳の“忍ぶ草”という唄も、つりしのぶのある風景から恋の唄に結びついています。まさに、今頃の季節感と、情緒を醸し出していて、歌詞・曲ともジンときます。

そんなで、“つりしのぶ”が気になっていたのですが、入谷の朝顔市には売っている店がありませんでした。で、浅草のほおずき市ならば、きっとあるだろうと思って観音様へ行ってきました。

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浅草寺の本堂は今改修中です。覆い屋の建設中です。足場のシートに龍を描くなんていうのは、さすが浅草ですな。

 

 

それで、グルッとまわってみると、5、6軒つりしのぶ専門の店がありました。やはり、いろいろなバリエーションがありました。

 

 

 

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 そんなこんなで、人ごみをかきわけて吾妻橋までくると、スカイツリーとビールジョッキビルとキントンウンが目の前に見えてきました。

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しばらく隅田川の上流に歩いて行くと、アサヒビールビルのガラスカーテンウォールにスカイツリーが映っているのが見える場所がありました。ことほどガラスカーテンウォールの施工に問題があることを示してくれる風景です。

 

 

 

 

 

 

 

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まあ、それは置いといて、よく見ると、ゴンドラで、ビルのアワの部分を清掃しているのが見えました。上部では、安全帯もしないで拭いているのが見えます。大丈夫かな、安全設備が他でされているのならいいのですが。

2010年7月 7日 (水)

下町風景

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7月6日から8日まで、おそれいりやの鬼子母神で、朝顔市が開かれています。朝顔市は朝はやくいかないと、いい鉢にめぐりあいません。ですから、朝7時には、もう人でいっぱいになります。

今年の鉢は2000円均一でした。年々すこしずつ値段が上がっているようですが、去年はいくらだったかな?

 

 

 

 

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ここの市は、道路の一方だけ朝顔だけを売る店がならんでいます。反対側は、たべもの屋がならんで、完全にすみ分けています。

おそらく、朝はやいうちに朝顔だけを買いにくる人がおおいのだろうとおもいます。

夕方に、ゆっくりとみたいという人は反対側を歩いてから、朝顔をみるということなのでしょうか。

 

 

 

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 ちょっとはなれた空き地をみると、宅急便のお兄さんが集結しています。これだけの宅急便のユニフォームを着た人が集まるとは相当なビジネスチャンスなのでしょう。

普段の日なので、朝通勤ラッシュに鉢を持って電車に乗れないので、宅急便が店の前で待ち構えているのです。目のつけどころが違います。これが各社競っています。

 

 

 

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去年このブログにも書きましたが、下町七夕まつりも8日までです。今年は道路の中心にスカイツリーが聳えていました。

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