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2010年7月18日 (日)

旧観心寺蔵光背

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根津美術館の新創記念特別展 第7部 『いのりのかたち』にいってきました。今回は仏教美術を中心とした展覧会で、仏画が主ですが、日本の彫刻も8点ほどでていました。常設展では、中国石仏以外の彫刻がなかなか出品されない中で、初公開の不動明王立像や、定慶作の帝釈天立像など、収穫がありました。

 

 

 

 

 

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 特に、展示室に入ったところに、銅造光背がありました。ここで見るのは初めてかもしれません。いつもなかなか出品されていない光背です。裏には戊午年(658)の銘が刻まれており、非常に重要な作品なのですが、なぜか、注目されていません。まして、これは無指定です。

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 この光背の模造品が観心寺に所蔵されていることがネックになっているのかと想像してしまいます。

ちょっと今、この光背が観心寺から離れたいきさつについて、どこかで書かれていた記憶はあるのですが、思い出せません。かすかな記憶をたどると、観心寺からこの光背を離れる時、かわりに模造品を作ったと書かれていたようです。

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 その後、大正15年10月24,25日、東京美術学校講堂で、第4回推古会の展覧会の折り、出品されています。(『推古会圖録 第四回』 大正15年11月18日)

その時の所蔵者は、玉井久次郎氏になっています。奈良の古美術商で玉井大閑堂の経営者です。おそらく、根津嘉一郎は、この玉井大閑堂から購入したのかもしれません。

玉井久次郎氏が観心寺から直接これを購入したのかは、わかりません。

実は、昔、観心寺の調査の時、この観心寺蔵の光背を手にとったことがあります。全体が鋳物のようで、非常にずっしりとした重さがあったと記憶しています。ところが、今回、根津美術館蔵の光背を見てみると、銅板に彫刻をしている板の厚さが非常に薄く、あのときの重量感とは何かちがう感じをうけました。まして、こんなに小さかったのか、と昔の記憶のあやふやさを思い知らされました。

それにしても、この光背は何故無指定なのでしょう。今以ってその理由がわかりません。

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根津美術館は、場所がらか、ちょっとなじめません。中のレストランにもひとりでは入りづらい雰囲気です。この建物は実に、安上がりにつくっているのですが、まわりの奇抜なビルのある中で存在感をだしています。

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