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2010年9月25日 (土)

旧中込学校

Photo旧中込学校校舎は、長野県佐久市にあります。明治8年(1875)に竣工しました。

設計施工は地元の大工の市川代治郎でした。

この市川代治郎という棟梁は、一説によると、アメリカで西洋建築を学んだといわれています。しかし、明治の初めにアメリカに渡ったというのは、どうも違うようで、横浜あたりで修行したのではという憶測もあります。

この建物は、1階の出入口のランマ2個所と、2階の廊下突き当たりにある丸窓に色硝子がはまっています。また、その他の窓もこの時代ではめづらしく、硝子の窓にしています。

 

Photo_2

この色硝子は解体復元修理のときに、新しく入れ替えたらしく、キャセドラルガラスのように、多少ゆがみがあるガラスを使用しています。ガラスを通して外の景色が見通すことができる程度の透明なガラスです。

もう一箇所の2階の廊下の突き当たりの丸窓も色を通して外が見えるガラスです。

たしかに、松本の開智学校では、窓すべてにガラス窓をつけていませんし、色硝子1個所だけだったはずです。

こんな田舎にこれだけ先進的な建物を建てた市川代治郎という大工は、やはりただものではないようです。

材料の調達も、ガラスを除いては、ほぼ現地の材料を使っていたようです。

 

 

Photo_3

さて、この建物の前に資料館がありました。

中を覗くと、解体修理の時にはずした、創建当初の色ガラスが展示してありました。

おや!よく見ると、建具に飲み込んでいる部分は全くの透明になっています。

ガラスは清掃していないので、色がくすんだままになっていますが、どうもあやしい感じがします。

ひょっとして、この色硝子は透明ガラスに色を塗ったのではないのでしょうか。

ガラスの表面も、一般にステンドグラスとして用いていたいわゆる鋳造で作られたような凸凹な感じがありません。むしろ手吹円筒法でつくられた平滑な感じの表面です。

 

 

 

Photo_4

その当時、これだけ大きな色ガラスの入手が不可能だったために、透明ガラスに色をぬったのではないのかなとおもいます。

これは、あくまでも、実際に見た印象です。「修理工事報告書」にも、そのことは何も書いてありませんでした。

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