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2010年11月28日 (日)

仏像の名称(その2)

Photo

 今月発行の『日本の美術』NO.535は伊東史朗著「京都の鎌倉時代彫刻」という題でした。
今回は、鎌倉時代の彫刻を地域別に分類してシリーズ化したはじめの本のようです。

次回は奈良の鎌倉時代彫刻、そして、東国の鎌倉時代彫刻とつづくようです。
いわゆる、メジャーな仏像のみをとりあげるのではなく、きめ細かく仏像をとりあげるこのシリーズは期待がもてる企画だとおもいます。

さて、ざっと読んでいて、アレ!と思うことがありました。
写真のキャプションに、「坐像」、「立像」が書かれていないのです。例えば、「地蔵菩薩像」「阿弥陀如来像」のように、仏像の種類のみの名称の付け方を採用しているのです。

これは、以前にも書きましたが、『基礎資料集成』方式とよばれる記述方法で、仏像の「種類」のみ記述する方法で、「材質」+「種類」+「形状」という『指定名称』方式とは違う記述方法です。
この記述方法は、一般の論文等では、『指定名称』を採用しており、この『基礎資料集成』方式は、ほとんど使われていません。何故、伊東史朗氏は、この雑誌でこの名称の記述をしたのでしょうか。
伊東氏は今まで、この『日本の美術』シリーズでは、7冊執筆しています。以下掲げておきます。

 「薬師如来像」 NO.242 1986.7.15
 「狛犬」 NO.279 1989.8.15
 「弥勒像」 NO.316 1992.9.15
 「八部衆・二十八部衆」 NO.379 1997.12.15
 「平安時代後期の彫刻」 NO.458 2004.7.15
----------------------------------------
 「十世紀の彫刻」 NO.479 2006.4.15
 「京都の鎌倉時代彫刻」 NO.535 2010.12.10

最初の「薬師如来像」から「平安時代後期の彫刻」までは、材質を除いた『指定名称』方式を採用していましたが、「十世紀の彫刻」になると、とたんに、『基礎資料集成』方式を採用したのです。しかし、この号では、「表紙解説」P86の三軀のみ、「千手観音立像」「地蔵菩薩立像」「普賢菩薩騎象像」と形状(坐勢)も記述しているのです。おそらく、校正ミスか、そこまで、目が行き届かなかったからでしょうか。

そして、「京都の鎌倉時代彫刻」では、表紙解説からすべて形状(坐勢)の記述はなくなって、完全に『基礎資料集成』方式になっています。
名称の記述方法の変更に関して伊東氏は、「十世紀の彫刻」でも、そのことを説明していません。まして近刊の「京都の鎌倉時代彫刻」でもふれることはありませんでした。

伊東氏がこのような名称記述の変更を行った背景は、以前にも書きましたように、「踏下像」の跋扈と遠からず関係があろうかとおもいます。ここでまた繰り返すことは差し控えますが、すくなくとも、仏像の名称の記述方法を変えるのなら、その説明をするのが基本でしょう。それがくりかえされると、さまざまな名称の記述が作り出されてますます混乱することは必至です。

いわゆる、“モノ”の名称を記述する方法は、複数あっていいものではありません。別称というのは、また別の次元の問題であって、公式な名称はその記述方法を決めておかなければなりません。
たとえば、美術品の他の分野でいえば、工芸では「色絵花鳥文八角有蓋壺」というように「絵付方法」+「文様」+「形状」+「種類」という記述方法で記述しています。絵画でも、「風神雷神図屏風」のように「主題」+「形状」といった既定の記述方法で、その分野ではおおむね合意がなされているようです。

ふりかえって、このように、モノの名称の記述がバラバラなのは、美術作品の中で、彫刻だけなのではないでしょうか。
そのことの解決策として、「種類」だけの記述という『基礎資料集成』方式を採用して論文の記述をするのは、ただ問題を先送りにしただけの話で、何の解決にもなっていません。他の美術作品の記述方法とは、明らかに後退した不親切な記述方法です。モノの名称にはどういう役割を持つものなのかの思慮が欠如しています。また、他の美術分野と同じ記述方法を採用するためには、「半跏像」の定義も定かでなかったり、「踏下像」なる用語を何の定義もなく使ったりと、まるで統一がとれていない状況では、仏像の形状の記述も不統一にならざるをえません。

論文の執筆者は、自らがその表現に責任を負うものであるから、表現方法が違っても当然であるという理屈や、いずれ時が過ぎればある一定の表現方法に収斂していくだろう、という気の長い議論は、学界という団体がいかに機能していないかの証拠でしょう。
“モノ”の名称がバラバラなことの弊害が、端的に現れているのは、データベースの分野です。ここでひとつその例をインターネットであげておきましょう。

まず、「文化庁ホームページ」を開きます。
その中に「国指定文化財等データベース」をクリックしてください。
「条件を指定して検索する」の欄の「名称」の項目のところへ、“観音菩薩”と入力して、検索ボタンをクリックしてください。
“観音菩薩”像のリスト57件がでてきました。この中に“観世音菩薩”像はありましたでしょうか。“観世音菩薩” の名称の仏像19件と典籍1件が抽出モレをしているのです。

これは、仏像の名称を統一して入力していなかったために起こった問題です。グーグルや、ヤフーは強力なシソーラスが組み込まれており、“観音菩薩”でも“観世音菩薩”でも同義語と認識できるようになっています。しかし、文化庁の造ったこの程度のデータベースでは、新旧漢字のシソーラスもないために、旧漢字で入力してもヒットしません。まして“観音菩薩”と“観世音菩薩”なんて及びもつきません。
つまり、これは、シズテムソフト上の問題以前に、仏像の名称の統一基準をつくらなかったことが、第一義の欠陥なのです。

データベースシステムの抽出作業において、データの重複あるいはゴミはある程度受認されますが、抽出モレは致命的欠陥です。
このように、仏像の名称の不統一は、学問の発展に重大な障害を引き起こすのです。いや、もう引き起こしているのかもしれません。そのことを研究者は真摯に受け止めなければいけません。

文化庁の『国指定文化財等データベース』については、他にいろいろ言いたいことがありますが、まずは、読者の皆様、文化庁にアクセスしてぜひその使い心地を試してください。役所が税金に見合ったサービスをしているのかどうか、しっかりと検証してみてください。

参照ブログ

 ・仏像の記述 (2008.07.06)
 ・仏像の名称 (2008.07.09)
 ・『踏下像』考 (2008.08.07)
 ・『遊戯坐像』考 (2008.08.09)
 ・『半跏像』考 (2008.08.13)
 ・『坐勢』考 (2008.12.24)
 ・シソーラス (2008.12.31)
 ・検索キーワード (2009.01.06)
 ・霞ヶ関界隈 (2009.05.19)
 ・『坐像と半跏像』考(2009.08.23)
 ・半跏趺坐考 (2009.12.23)

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