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2011年2月 9日 (水)

『仏教伝来の道 平山郁夫と文化財保護』展から

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 例によって、病院の帰りに、東博の『仏教伝来の道 平山郁夫と文化財保護』展に行ってきました。彫刻に関しては、あまり期待していませんでした。今月で切れるパスポートがあと2回残っているので、その消化のためと、東博も1、2ヶ月ご無沙汰だったというタイミングでした。

たしかに、最初は平山郁夫の絵の小品がズラーッ とならんでいましたが、その後、インドの石仏や、バーミヤンの壁画、中国石窟の石仏など、予想外の彫刻のオンパレードでした。

また最後の薬師寺の大壁画は圧巻でした。薬師寺でみるよりも、ずっと見せる環境をつくっていました。じっくり見られるように、ベンチもおかれていました。さすが東博の展示は洗練されています。

 

 

 

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そこで、気になる仏像が一体ありました。キャプションには「弥勒菩薩遊戯坐像」と書いてあるのです。でも像容は片足垂下像です。その前にある仏像は「弥勒半跏思惟坐像」と書かれており、右足を左太股の上にせ、左足を垂下させる、「半跏像」です。

なんで、これが遊戯坐像なのかとおもいながら、本館の彫刻室に足を運ぶと、「西大寺蔵 如意輪観音坐像」と書いてある仏像がありました。

この仏像は、先の「弥勒菩薩遊戯坐像」と同じ像容の片足垂下像です。まあ、これもいつものことか、と思って地下のミュージアムショップへ足を運びました。

 

 

 

 

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すると、最近発行したばかりで、『もっと知りたい禅の美術』という本が目に止まりました。中をパラパラとめくってみると、多少彫刻のことが書いてあるようでした。

すると、薄井和男氏の執筆で「自由な姿態の観音たち」という題で、いわゆる“遊戯坐像”について述べているページがありました。(P64~P66)それによると、

「これらの像の呼び名を従来、半跏像ないし半跏踏下げ像と呼んできたが、近年、こうした形勢は厳密には遊戯坐像と呼ぶべきとの提示がなされている。現存像はもっとも古例とみられる神奈川・禅居院像や、静岡・北条寺像をはじめ、まとまった数の作例が遺る。このなかでもっとも「遊戯坐」形らしいくつろぎの姿勢を表現したのが神奈川・東慶寺水月観音像で、仏像らしからぬ和んだ像容は、この手の観音像の究極表現といえる。」

以前述べたように、浅見龍介氏の提案に沿った論を展開していますが、浅見氏がいう「遊戯坐像」の定義は

「禅宗寺院の観音像には通常の立像、坐像に加えて、中国で流行したくつろいだ姿の像(遊戯坐像)がみられる。」

ということしか書かれていません。

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ということは、浅見氏は前書で、「遊戯坐像」とは、片足を垂下することが前提ではなく、片足を垂下していなくても遊戯坐像としている像も例としてあげています。

しかし、薄井氏は、片足を垂下することが、「遊戯坐像」の前提のような言い方です。

さらに、もう一方の足は、膝をたてても、前に投げ出してもそれはどうでもよくて、要は、他方の足の太股の上にもう片方の足を置かなければいいということのようです。

しかも、片方の手は必ずしも、地面つかなくてもよく、東慶寺像のように、岩に臂をつけてもいいということらしい。

とすると、宝菩提院の菩薩像は「遊戯坐像」なの?ということになります。

いや、これは、禅宗彫刻に限っての話です。

というのなら、上の写真のガンダーラ仏を何故、「遊戯坐像」というの?

平常展の西大寺如意輪観音像は、どうして坐像というの?

もっとちゃんと「遊戯坐像」の定義をしてからでないと、混乱するばかりです。

【白黒写真は慶珊寺十一面観音片足垂下像】

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