« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月

2011年5月29日 (日)

小塚原首切地蔵

Photo

 地下鉄日比谷線では三ノ輪から地上にでます。すると南千住駅の手前左下に、石造の地蔵菩薩像が見えてきます。

日比谷線と、常磐線の線路の間にあるこの石仏は、電車でここを通過するたびに、なんとなくながめていました。

ところが、アレ!あの大きな石仏がない!

それで、どうなったのか、先日見にいってきました。石仏は、バラバラにされ、台座の周囲に置かれていました。台座のみ残った石仏の前に、新しく看板がありました。

東日本大震災で、左腕が落下したそうです。そのために、一時バラして、修復ための募金を募るという内容でした。

Photo_2

台座の周囲に仮置された石仏の断片を見てみると、膝部分が数個、それぞれの腕部分、そして上半身と別れていたようです。しかも、単に、石材を乗せただけのようで、何の接着も、枘もありません。これでは、地震で落下するのは必然です。関東大震災でよく倒壊しなかったとおもいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

Photo_3

台座の後には、願主 浄心 と、大坂西横堀住 石工 中村屋半六 とあります。

看板には、中村平八 とありますが、どう見ても 半六 です。

 

 

 

 

 

 

 

Photo_4

その横には、寄進者の名が彫られています。

荒川区の案内書では、寛保元年(1741)に、小塚原刑場の一角に建立されたそうです。明治28年日本鉄道土浦線の敷設にあたって、現在地に移されたようです。

小塚原の刑場は、この常磐線で分断され、回向院と石仏のある延命寺になってしまったようです。延命寺は、昭和57年に回向院から分離した比較的あたらしい寺院です。最近墓地を改装して、大々的に売り出した矢先の出来事でした。

それにしても、何故、大坂の石工に作らせたのでしょう。寄進者は木場の住人です。想像をたくましくすれば、材木商が全国的規模でもっている情報網で、大坂の石工を呼び寄せたのでしょうか。

中村屋半六 という石工の他の作例も探すと、大坂あたりにあるかもしれません。

とおもって、疑問点を所蔵資料で探そうとしたら、未だに、自宅の本棚の修復ができていません。探すようにもできないのです。

それで、こんな中途半端な話になってしまいました。

早く、本棚を直そう。しかし、まだ余震があるとどうもやる気がおこりません。

困ったもんだ。

2011年5月18日 (水)

2つの訃報

Photo

 昨日、さる有名な葬儀所で、同業者の社葬に行ってきました。かなりの人が参列していました。その業界ではそれなりの実績を作った人ですので、かなり盛大な式典でした。

葬儀の進行は実にスムースに執り行われていました。故人は、大震災の2日前に突然倒れ、帰らぬ人となりました。その後の会社の立て直しや、大震災もあって、やっとくぎりをつけたということでしょうか。

会社のトップが突然こういうことになると、おそらくさまざまな問題がおきたのだろうとおもいます。残された人の負担と、ご苦労が察せられます。

もうひとつ、先週金曜日に、メールで訃報をお知らせしていただいた人がいます。

神奈川仏教文化研究所の高見徹様です。

あまりにも、突然のことなので、正直おどろきました。なんて返事をしたらいいのか迷いました。

というのも、私は、高見様にいまだ会ったことがなかったのです。

私がはじめて高見様と、メールを交換したのは、数年前、『春秋堂文庫』を立ち上げて、3ヶ月ほどしてからだとおもいます。小生も病気から退院して、たまったメールを見ていると、その中に、拙HPを「神奈川仏教文化研究所」のリンク集にのせてたい旨の、メールがありました。

それまでは、「神奈川仏教文化研究所」は、仏像好きの同好の集まりで、単なる仏像めぐりサークルかな、とおもっていました。

それから、そのHPの掲示板「訪れ帖」を覗くようになりました。そして、何度か投稿もさせてもらいました。その頃は、掲示板の書き込みもさまざまな人からあって、活況を呈していました。

高見様はその管理人として、実に丁寧な対応をしていました。投稿者には、必ず返事のコメントを入れていましたし、それが、実に中立的な立場で適格な答えでした。それにもまして、投稿者の質問には、ちゃんと調べて返答をしているのがよくわかりました。それなりの調査能力と、知識を持ち合わせている人だと、想像がつきました。

神奈川仏教文化研究所のHPも、週はじめの月曜日には必ず更新していました。こんなきっちりとすることは、仕事で業務としてやらないかぎり、いわゆるボランティアでは、なかなかできないことです。

掲示板はこういうふうに運営するのかという、管理人の典型的なお手本をみせてもらっているようでした。

はじめて、メールをいただい時、高見様は、このHPで、仏像の研究者と愛好者との橋渡しをしたいと書いていたような記憶があります。

まさに、このHPで、それを具現していたようにおもいます。それが途絶えてしまうとしたら、大変残念なことです。

これから、どういうことになるのかわかりませんが、どういう形であれ、こういうコミュニケーションの場が確保されることを、切に望みたいとおもいます。

くしくも、昨日の同業者も高見様も、そして、小生も団塊世代です。

なにか、よりどころが、すこしずづ崩れていっているような寂寥感がただよいます。

ご冥福をお祈り申し上げます。

合掌

注:高見様の訃報を実名で公表したことに対して、ご家族、お知らせいただいたA様には、もしご迷惑だということならば、陳謝の上、即削除いたします。

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ