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2011年12月23日 (金)

模様入りスリガラス

 先日訪れた民家は、ふじみ野市立福岡河岸記念館が正解でした。上福岡市と大井町が合併して、ふじみ野市となったためです。

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さて、その福岡河岸記念館には、さまざまな模様のスリガラスがありました。その中で、1階の引き違い障子の中央に2枚嵌っている柄が気になりました。どこかで見たことがあると思い、データを探してみると、高橋是清邸の障子に嵌っているガラスと模様が同じでした。

 

 

 

 

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もうひとつ同じ例を見つけました。先日見てきた、厚木市古民家岸邸の土間に嵌っているあかり取りの窓です。市松模様で、色硝子をはめていますが、それ以外のガラスがこの模様です。

この建物については、後ほど詳細に報告しようとおもいますが、建物は明治24年に建てられています。しかし、かなり補修が入った建物なので、このガラスが当初かどうかはわかりません。

 

 

 

 

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高橋是清邸は、明治44年、赤坂に建てられた木造の和風建築です。現在、小金井の江戸東京たてもの園に移築されています。

3つとも、建物は明治時代に建てられています。新築当時から、ガラスを入れ替えていなければ、このガラスの模様は、すでに、明治時代にパターン化していて、しかも、そういうガラスを加工する工房か工場があったということになります。

 

 

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福岡河岸記念館の建物に嵌っている他の模様入りスリガラスをみてみると、模様のついたガラスを外国から輸入したとも考えられますが、模様は松葉や、紅葉柄、鶴亀紋など和風柄です。これらは日本古来の伝統的な模様なので、加工は国内でされたと見るべきでしょう。

国産の板硝子が生産されたのは、明治42年のことですから、すくなくとも、輸入ガラスを加工する技術をもった工場が国内にあったということになります。

この加工されたガラスをみると、いわゆる手吹き円筒法による泡だらけのガラスのようではありません。すでに、外国で開発された機械吹き円筒法によるガラスのようでもあります。

 

 

 

 

 

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それにしても、模様柄には、さまざまなパターンがあったようです。おそらく見本帳のようなものがあって、施主はそれを見て、発注したのだろうと想像されます。

 

 

 

 

 

 

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こういう模様入りのスリガラスは、一般家庭にもかなり普及したようです。昔の縁側のある家では、廊下と座敷の間に障子ではなく、ガラス戸をつけるようになり、しかも、全然外が見えないスリガラスではなく、一部分に透明部分をのこした模様をつけたガラスをはめたのです。

また、和室には雪見障子をつけ、そのガラスには、紐状の縁を装飾したガラスをよく入れていました。

これを業界では、“紐抜き”といって、そういう加工を専門にする加工屋が昭和50年代にはあった記憶があります。

こういう技術は、時代の流れでしょうか、もう消えつつあります。

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