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2011年12月18日 (日)

上福岡市立福岡河岸記念館

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 先日、埼玉県上福岡市にある福岡河岸記念館を見てきました。ここは福田屋という回船問屋の住宅で、明治時代に建てられた、主屋と、文庫蔵、離れなどの建物が残っています。

その中で、明治33年に建てられた木造3階建の“離れ”の建物が、今回の注目でした。建物自体はそれほど大きなものではなく、2階・3階は各10畳の和室と床の間、そして2方向の濡れ縁がある平面で、主に接待用に使われた建物のようです。

 

 

 

 

 

 

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構造は6本の通し柱を用いた建物なので、しっかりとした造りになっているようです。3階建というのは、福岡河岸を上から眺められるための設計意図があったと思われます。また、2階・3階の雨戸は上半分に硝子をはめ込むという形をしています。おそらく、採光を考慮してのことでしょうが、大変珍しい仕様です。

 

 

 

 

 

 

 

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建物の意匠を見ると、3階の2箇所の窓の引き戸には、市松状に緑色の硝子をいれています。これは3階のみです。

 

 

 

 

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2階の窓にははまっていませんが、建具は赤と黒の漆を塗っています。その他にも、欄間の窓枠に漆を塗っている建具があります。

 

 

 

 

 

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内部の障子も硝子をいれ、戸の中央には、模様付のスリガラスが入っています。ガラスの表面にマスキングをして、模様を切り抜いて、サンドブラスト加工をするというのは、業界では“紐抜き”といっていましたが、もうその需要がすくなくなってしまいました、雪見障子によく使われたのですが、それもなくなってしまいました。

 

 

 

 

 

 

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内部のガラス障子の上の欄間には、一枚板に3から4個の模様をくりぬいた板がはめられています。この模様が様々な種類の形で、何か見本帳をみているようです。

サンドブラストによる、ガラスの模様も、松葉だったり、紅葉だったり、あるいは鶴亀の模様だったりと、バリエーションが豊富です。

 

 

 

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さて、3階の緑色の硝子ですが、いままで、いくつか紹介してきた、擬洋風建築で使われた色硝子の使い方と共通するものです。鉛でつないだステンドグラスが日本で知られる前の装飾方法なのでしょう。

細部を見てみると、泡が細くのびているのが見受けられますので、明治時代の手吹き円筒法によるものだとわかります。創建当初としてもいいのでしょう。もちろんこれは舶来品です。

他のスリガラスですが、詳細に見ることができませんでしたので、手吹き円筒法によるものかは判明しません。スリガラスの加工法は、すでに明治時代に導入されているようなので、その判定はますますむずかしいことになるのでしょう。

ただ、模様付のスリガラスと比べてみると、スリ具合に多少濃淡があるようです。

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3階建の木造を建てた大工は、一体どんな人物だったのでしょう。外観を見ると、1階・2階に瓦屋根をつけ、それを支えるのに、寺院の斗栱を模したような厚い板を使っていますが、これは柱に枘で取り付けたもののようで、寺院の塔などで使われる構造的に軒を支えるという機能にはなっていないようです。

おそらく、この大工は、いわゆる神社仏閣の建築を手がけた宮大工ではないようです。ただ外観だけ模倣したもののようです。

それにしても、その当時としては、最先端の技術と、最高の材料を使おうとしたことは理解できます。

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