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2012年5月

2012年5月26日 (土)

上野公園再整備

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 上野公園の噴水と噴水周辺の整備事業がやっと終わりました。以前と違うのは、噴水と噴水周辺の形状が多少変化していました。そして、広場に2つのカフェがオープンしました。

 

 

 

 

 

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正面左には、スタバ、右にはパークサイドカフェという、軽食もだすカフェがオープンな座席を設けています。上野にしては、なかなかシャレています。

 

 

噴水は、以前とくらべて、水辺に近くなりましたが、噴水の演出も大分様子が違いました。

およそ10分程度の噴水ショーを見せてくれます。

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この霧で終わりです。

2012年5月21日 (月)

金環日食

 金環日食を写真にうまく撮るにはどうしたらいいか、いろいろ考えました。まず、望遠レンズは値段が張るので、あきらめ、それなら、テレコンバータというものがあるというので、ヨドバシに走ると、すでに在庫切れ。あの高いフィルターでも買おうかとおもったら、それも売り切れ。

日食用のメガネでは、ちょこっとしか、フィルムが着いていません。これでは、レンズを覆うこともできません。

そんなこんなで、結局、全部手製でつくることにしました。レンズフィルターも商売物を使って製作しました。

日食前にいろいろ試して、これならまあ見られるかな、というところまで行きました。

当日、自宅前にて撮影開始です。太陽が雲に隠れると、カメラで位置を確認できなくなります。液晶画面では、よく見えないとこまるので、手製のフードもつくりました。

70~80枚くらい撮りましたが、何とか見られるのはほんの数枚でした。

以下ご覧ください。

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2012年5月 4日 (金)

播磨、大和、京都の旅(三日目)

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 最終日は、まず、京都駅で、荷物をコインロッカーに預け、バスで上賀茂神社に行きました。「京都非公開文化財特別公開」のイベントに沿って今日は巡ることにしたためです。

上賀茂神社など、京都北部は以外と行った印象がないので、どんな雰囲気なのかを感じたいと思ったのです。

 

 

 

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次の下賀茂神社や糺の森もどんな所なのかを味わいたいと思いました。
京都の中心部と違って、ゆったりとした敷地にある神社は、それなりの宗教的な雰囲気を醸し出していました。それなりの由緒をもった場所なのでしょう。

 

 

 

 

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出町柳から京阪で、三条へ。駅の目の前に、檀王法林寺はありました。町中のせまい敷地にあるお寺ですが、楼門をみると、四天王像が安置されています。金網ごしですが、なかなかの仏像です。時代は鎌倉までいきそうです。こんな仏像がほとんど屋外にちかい楼門に安置してあるのは驚きです。

 

 

 

 

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三条から、七条で降りて、京都国立博物館へ、特別展は見ずに、ミュージアムショップへ。
三十三間堂の横の道を通り、妙法院南大門の手前に、法住寺がありました。
法住寺は平安時代には相当大きな敷地を持った寺院でしたが、現在はひっそりと建っていました。

 

 

 

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ここから歩いて、法性寺へ、ところが、法性寺の前には人だかりがしています。なんと入場制限をしているのです。
法性寺は、院生のとき修論執筆で、10世紀の仏像を見て回るために、手紙を出して許可をいただいて訪れたことがありました。入口が京都の町屋のような造りになっていた記憶があります。安置されていた千手観音像も普通の座敷にある厨子の中にあったと思います。
国宝がこんな所にあったのかという記憶があります。
ですから、こんなに人が多ければ、じっくりと見られないのは予想できました。
それで、すぐにパス。

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JRで宇治へ。平等院へ。去年も来た記憶がありますが、相も変わらず人出が多く、まずは、鳳翔館に入りました。展示は、ほとんど変わりませんが、ひとつ、鳳凰堂内部の扉絵を再現した部屋がありました、内部の半分だけですが、鳳凰堂内部の扉絵で来迎や帰り来迎の絵など装飾の様子がよくわかりました。
この鳳翔館で売っている紀要の最新号には、なかなかおもしろい論文がありました。また、本尊の阿弥陀如来像の修理工事報告書も販売していました。

 

 

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時間に余裕があったので、久しぶりに、この宇治近辺の散策をしてきました。
まずは。塔ノ島の十三重塔、対岸に渡って、興聖寺、宇治神社、宇治上神社、そして、宇治市源氏ミュージアムへ。
市営にしては、じつに凝った演出をした博物館です。いはば観光コースに組み込まれた場所として機能させようとしているようです。
本当は、もうひとつの市営である、宇治市歴史資料館へ行きたかったのですが、ちょっと遠い場所にあるので、今回はここですましました。
宇治橋断婢のある橋寺放生院は、昔あまりいい印象がなかったので、今回もパス。

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京阪で、黄檗へ。萬福寺へいきました。伽藍の廊下を歩いていると、何やらお経を読んでいる声が聞こえてきました。
大雄宝殿で、読経をしている最中でした。木魚を小刻みにたたいて、調子をとり、多少の抑揚をつけて10人程度の僧侶が声をあげていました。あとで調べてみると、梵唄といって、黄檗宗独特の経典の読み方で、中国語読みだそうですが、現代の中国語とも違うようです。
しばらくすると、住持らしき人が堂内にはいり、五体投地をして、すぐに出て行きました。
その間も、別の僧たちはずっと読経をしながら、場所を替え立ったり、坐ったりしていました。

 

 

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そうこうしている間にいつのまにか、外は雨が降って、時雨れていきました。

 

 

 

 

 

 

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2012年5月 3日 (木)

播磨、大和、京都の旅(二日目)

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 二日目は朝、JR奈良駅よりひとつ先のJR郡山駅で降り、城下町を散策することからはじめました。
近鉄郡山駅までの間の城下町は整然とはしていますが、もうちょっと城下町らしさがあってもいいのかな、とおもってりして。

 

 

 

 

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城跡にはいると、建物は追手門と追手向櫓ぐらいしか残っていませんが、お城らしい雰囲気はありました。郡山城には、周辺から、石造物を集めて、石垣にしています。是非とも頭塔の石仏を見たかったのですが、近くで見られる場所ではないようです。

 

 

 

 

 

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次に近鉄で天理へ、天理大学の校内に、『天理大学創設者記念館』通称では、「若江の家」という洋館があります。
この建物は、第3代真柱、中山正善が大阪高校の学生時代の住居として大阪の若江岩田(現東大阪市)に、大正13年(1924)建てたものです。

内部は、洋室を和室がそれぞれあり、1階の洋室と2階の和室にステンドグラスがあります。
デザインは、1階の内部入口のランマにあるのは、花のデザイン。2階の和室には外部の欄間窓は鳩のデザインです。シンプルで、特に、鳩は京都の五龍閣と共通するデザインのようです。

 

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ついでに、天理参考館を見て、近鉄で学園前で降りて、大和文華館へ。ひさしぶりの見学です。改修工事で、しばらく閉館していましたが、現状を大幅に改変するほどの大規模な改修ではなかったようです。
入口の横に木造の「文華ホール」という建物があります。普段は集会などに使っているようですが、その入口の欄間にステンドグラスが嵌まっています。なかなか古くてよさそうなのですが、生憎と普段は中に入れてくれません。切符売のおばさんに中にはいれませんかと聞くと、イベントなどこの建物を使う時でないとだめなようです。ステンドグラスは外から見たのでは裏を見るようなものなのにね。と同情してくれました。

 

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近鉄で奈良へ、バスで破石町へ。頭塔の公開をしているので、さっそく例の二仏並坐の石仏を再見。やはり黒い線が入っています。ボランティアのおじさんに持参の双眼鏡で確認してもらいました。何も知らないおじさんは、これは割れじゃないのと言うのです。
そこで、この頭塔保存会で、草刈などの手入れをしている近所の人を呼んでもらいました。すると、“これはシミです”と断言されました。実際に近くで見ましたか?と再度確認しましたところ、間違いないとのことでした。
これで、一件落着。

歩いて、奈良国立博物館の『解脱上人貞慶』展へ、地味な展覧会のようで、中はガラガラでゆったりと見ることができました。

ところが、東大寺ミュージアムに行くと、中が奈良博に較べて狭いこともあるでしょうが、すごい混雑です。とくに、不空羂索観音のまえのガラスケースの中にある宝冠の前には人だかりです。
何とかガラスに顔をくっつけて見ることが出来ました。以前みた光背と比較して、実に精緻につくられています。すばらしい。
そのガラスケースの中に、合掌手に挟まっていた水晶珠が何の説明もなしに置かれていました。

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時間が4時をすぎてしまい、いそいで奈良女子大学へ、記念館にはもう時間がすぎて入れず、今回は外観だけをみてきました。

2012年5月 2日 (水)

播磨、大和、京都の旅(一日目)

4月28日~30日、旅にでました。今回は3日間で、それほどどうしても行かなければならない場所がありませんでしたので、少しは余裕の旅になるのかな、と期待していましたが・・・

まずは、第1日目の旅程から

  • 10:00AM前に姫路到着。タクシーで県立歴史博物館へ、『特別展 鶴林寺太子堂』を見学。
  • 姫路城は大天守閣の修理中で、仮設の覆屋がかかっています。
  • 城ちかくのバス停留所から、北条行きのバスに乗る。
  • タクシーの運ちゃんの話では、40分ぐらいで行きますよ、という話が、1時間バスにゆられて、北条町駅に到着。
  • 歩いて10分ほどで、酒見寺に到着。
  • 酒見寺のとなりにある羅漢寺へ、石仏を見学。
  • 北条の町並を散策しながら、北条駅へ。
  • 北条鉄道で、粟生へ、さらにJRで加古川へ、加古川から、山陽本線で大阪へ。
  • 大阪環状線で天王寺へ、大和路快速で、奈良へ、18:00PM到着。

結局、博物館と酒見寺、羅漢寺しか見ないで、その他は、バスと電車に乗りっぱなしでした。

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あとで、パンフレットを整理していると、姫路城の修理現場が見学できるようになっているそうです。入館料200円で、素屋根の中に入れるのだそうです。

失敗したな。

 

 

 

 

 

 

 

 

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後背地に山があるわけでもなく、まったくの平地に立地しているお寺です。

 

 

 

 

 

 

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江戸時代創建の多宝塔は国の重文になっています。極彩色に塗られています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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羅漢寺という寺にはなっていますが、管理団体は地元の保存委員会で管理しているようです。

狭い境内にところ狭しと立っています。顔はおなじような彫りですが、胴体は線刻で手などの表現をしています。

100体以上はあるのでしょうか。

 

 

 

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鉄ちゃん好みのローカル線北条鉄道でおよそ20分で粟生へ、粟生という駅も改札がなく、すぐに加古川へ。
加古川駅でやっと、切符が買えましたが、いちいち計算機で、運賃の計算をしている間に、電車に乗り遅れ、快速で大阪駅へ。

そこから環状線で天王寺へ、やっと大和路快速に乗れて、JR奈良に着いたのは、北条町駅を出発してから、3時間が経過していました。

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