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2012年7月

2012年7月26日 (木)

『半跏趺坐』再考(作品編)その2

2 蟹満寺釈迦如来坐像

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 この仏像に関する論考も古くは、黒川眞賴から様々な研究者の論考があります。
とくに、論点となったのは、藥師寺金堂薬師如来坐像との比較です。
それぞれの仏像の様式の相違点と共通点の考察が大半をしめています。
その中で、坐法について記述している執筆者は、ほとんどが藥師寺像と同じ“結跏趺坐”としています。

●内藤藤一郎「蟹滿寺釋迦如來像」『東洋美術』14 1932.3.15

●杉山二郎「蟹満寺本尊考ー造仏所研究のうち(一)ー」『美術史』41 1961.10.15(『日本彫刻史研究法』1991.6.20)

●伊東史朗「図版解説/145 釈迦如来坐像 蟹満寺 京都」『日本美術全集』2 法隆寺から藥師寺へ 1990.10.16 講談社 226p

●奥田尚良「蟹満寺本尊攷」『佛教藝術』208 1993.5.30

●村田靖子「五章 南山城・丹後/蟹満寺 釈迦如来坐像 奈良伝来ともいわれる丈六仏 」 『京都の仏像』 2007年3月12日 淡交社 177p~183p

●奥健夫「調査報告/釈迦如来像 京都・蟹満寺 」 『東日本に分布する宗教彫像の基礎的調査研究ー古代から中世への変容を軸にー』平成18・19・20年度科学研究費補助金 基盤研究(A)研究成果報告書 2010年3月31日 東北大学大学院文学研究科東洋・日本美術史研究室 90p~91p
●奥健夫「第一章 概要と沿革/一 概要 」 『蟹満寺国宝銅造釈迦如来坐像保存修理工事報告書』 2008年6月30日 蟹満寺 9p~9p
●奥健夫「Ⅱ部 研究編/2 仏教美術史からの検証 」 『国宝蟹満寺釈迦如来坐像ー古代大型金銅仏を読み解くー』 2011年12月15日 八木書店 150p~156p

とくに、奥健夫氏は、この釈迦如来坐像の修理にあたっての関係者であり、膝前を俯瞰で充分に観察できる立場にある人物です。
膝前の俯瞰は、一般人では、まず見ることができない位置にありますので、検証がむずかしく、その担当者の報告を鵜呑みにしかできない状況でした。

ところが、くしくも、『国宝 蟹満寺釈迦如来坐像ー古代大型金銅仏を読み解くー』が出版され、科学的な調査報告が公になりました。
この写真をみると、“半跏趺坐”であることは一目瞭然です。

Photo_2

参照ブログ

2012年7月20日 (金)

『半跏趺坐』再考(作品編)その1

1 薬師寺金堂薬師如来坐像

Photo_2

 まずこの仏像の坐法について客観的に記述しているのは、町田甲一氏でした。

○『奈良六大寺大観』第六巻 薬師寺 1970.8.15

  薬師三尊像 中尊 藥師如來坐像
‘右足は左足の下に組入れられ隠れて見えないが、外形から察するところでは、結跏している姿のようには見受けられない。’ P44

と奥歯にもののはさまった言い方をしていますが、要は“半跏趺坐”と言いたかったのでしょう。
しかし、その他の人で、この像についての形状の解説は、“結跏趺坐”と言っているのが圧倒的多数です。いくつか例をあげると、

●『文化財講座 日本の美術』5 彫刻(飛鳥・奈良) 1978.9.15

西川新次「白鳳時代の彫刻/五 代表的遺品(その四)/Ⅰ 藥師寺金堂薬師三尊像」
形状
‘左足を外にして八重の宣字形須弥座正面に裳を懸けて結跏趺座している。’ P137

●『週間朝日百科 世界の美術』天平の美術 106 1980.4.6

上原昭一「鎭護国家の仏教彫刻」 「薬師如来坐像 奈良,薬師寺金堂」解説
‘結跏趺坐(けっかふざ)する丈六の巨像・・・’P11-150

●大橋一章・松原智美編『藥師寺千三百捻の精華 美術史研究のあゆみ』 2000.12.25

林南壽「第二章 金堂薬師三尊像」
‘中尊は・・・左足を上にして須弥座上に結跏趺坐する。’ P90

●『国宝 薬師寺展』東京国立博物館 2008.3.25

金子啓明「若き古代 初期律令国家の理想仏ー薬師寺金堂薬師三尊像についてー」で
‘堂々として微動さえしない泰然自若とした結跏趺坐の姿に表わされている。’P50

とし、最近発行されて再録されている、『仏像のかたちと心』 2012.7.3 岩波書店 でも一切の変更はありません。

●紺野敏文『奈良の仏像』2009.2.10 アスキー新書

「6 荘厳なる白鳳仏 薬師寺金堂薬師三尊像」
‘左足を上に組んだ堂々たる結跏趺坐の姿です’ P72

など、圧倒的に‘結跏趺坐’と言っている研究者が占めています。この仏像について詳細な論考を発表している久野健氏、松山鉄夫氏は、坐法についてふれている文が見当たりません。意識的に記述を避けたのでしょうか。

さて、史料から探してみると、

『圖像抄』(大正蔵圖像三)巻第二 佛頂尊 の頁で、

藥師如來
 世流布像有二樣
一者揚右手垂左手。是東寺金堂幷南京藥師寺像也。但以左足押右(月+坒)坐也
二者左手持藥壺。以右手作施無畏。或右手曲水指。或火空相捻

Photo_3

とあり、図像でも半跏趺坐に描かれています。
つまり、『圖像抄』の執筆者は、藥師寺像を半跏趺坐と認識していたことになります。
さらに“以左足押右(月+坒)坐也”とは、半跏趺坐をさしているのであって、結跏趺坐のことではないことは明白です。

【注】
Photo_8の字は モモ と読み、フォントがないため(月+坒)と表記しています。

 

この記述はそのほか、『別尊雜記』巻第四 P31、『覺禪抄』巻第四 P47 にも同様の記載があります。

ここに決定的な写真があります。

Photo_4

上の写真を見ていかがでしょうか。これは“結跏趺坐”でしょうか。

参照ブログ

Photo_7

2012年7月17日 (火)

『半跏趺坐』再考(定義編)

 これから数回にわたって、半跏趺坐についての考察から、仏像の名称および記述について、まとめてみようとおもいます。

この問題については、以前から何回か書いてきましたが、どうも中途半端でまとまりがつかなかったので、それを整理して書こうとおもいます。

多少の重複と不備があるかとおもいますが、その時は指摘していただければ幸いです。

 まず『半跏趺坐』の定義について、あらためて述べることとします。
以前にも載せましたが、望月『佛教大辞典』では

Photo
また、『結跏趺坐』についても同様に載せると、

Photo_2

のようになります。
ここで使われている単語について、諸橋『大漢和辞典』で解説すると、

【跏】とは、“あぐらをかく。足をくんで坐る”
【趺】とは、“あしの甲。かかと。あし。”
【趺坐】“足の甲を股の上に置いてすわる坐法。圓満安坐の意。兩足の甲を反對側の股の上に置いて坐するを結跏趺坐といひ、一足を他足の股の上に置くを半跏坐といふ。”

とあります。
最近の仏像解説書として、真鍋俊照編『日本仏像事典』によると

Photo_3
この中の、「半跏趺坐」の項で、

“片足垂下像や片足踏下げ像を半跏として用いるのは誤用である。”(田村隆照)

とあるのは、昭和50年代後半頃以前では、片足が垂下していれば、“半跏像”と表記するという暗黙の了解があったことについての反論という意味合いでの記述です。
この問題については、後ほどの「名称と記述編」で触れたいとおもいます。

それでは、図像ではどうなっているのでしょうか。
『圖像抄』(大正蔵図像三)巻第一 五佛 の頁で、

Photo_4

金剛界五佛
大日
攝眞實經云。頂有五寶天冠。〻〻之中有五化佛。結跏趺坐。・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『別尊雑記』(大正蔵図像三)巻第二十八(彌勒・地藏・持世)の頁で、

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彌勒
樓閣中有八葉大蓮花。上有月輪。〻中有(梵字)字。〻變成卛都婆。〻〻〻變成彌勒菩薩。首載五佛寶冠。左手持蓮花。於花中上置法界塔印。右手作説法印。於寶蓮華上半跏而坐。種々瓔珞天衣白帶鐶釧莊嚴。四智四波羅蜜等眷屬圍繞(裏書一八六)

とあり、この表記は添付の図像と合致しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『圖像抄』(大正蔵図像三)巻第八 忿怒 の頁で、

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不動明王
・・・護摩儀軌云。畫四臂不動尊。青肉色。二手金剛拳。頭指小指各曲如鈎形。安口兩角相如牙。右手持刀令竪。左持索。半跏右押左坐盤石上。威焰光明遍身如火(裏書一一)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このように史料での図像の解説にも、結跏趺坐と半跏趺坐の違いを図像・解説で明確にしています。半跏趺坐という言葉と図像は、片足を他方の股(もも)の上に置く形で表現し、もう一方の足の形状にはふれていません。
これが、“半跏趺坐”なのです。このことを踏まえて、次回は仏像作品についてひとつひとつ検討していくこととします。

参照ブログ

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