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2012年11月

2012年11月26日 (月)

金沢の窓ガラス

今回、金沢で見た板ガラスを、すべて紹介いたします。

まずは、旧三田商店のステンドグラスです。

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『日本のステンドグラス 宇野澤辰雄の世界』に載っているステンドグラスは、入口の欄間と、横の喫茶店の入口横の2枚ですが、その他に、喫茶店の中で、2個所のステンドグラスがありました。喫茶店の店主の話によると、戦争中に、ステンドグラスの嵌まっていた鉄枠を供出したために、ステンドグラスのみ残っていたのを、新たに枠を作って喫茶店に3個所嵌めたのだそうです。もとは、2階の窓に嵌まっていたもののようです。

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 一番右は実際は5段で、同じデザインになっていて、大きさは他の2個所と同じです。

大友楼は、角の3階建ての2階の向って右の部屋にありました。(前回の夜の写真参照)また、玄関の袖の窓は、赤色の硝子と模様入りスリガラスとの市松模様になっていました。

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雜誌に載っている写真を見ると、その他の部屋にも色ガラスが嵌まっているようですが、これ以上は、ここで、お食事でもしないとわからないようです。

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尾山神社の神門は、金沢でひときわ異彩をはなっています。その色ガラスの大胆な使い方は、度肝をぬかれます。

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旧石川県庁は、正面階段をあがって、3階正面の部屋の両脇にステンドグラスがありました。

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新しいステンドグラスですが、白鳥路ホテルには、玄関、ロビーに嵌まっています。

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また、宿泊した、ガーデンホテル金沢の、朝食場所の窓にもステンドグラスがありました。

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成巽閣は、松の間の床の間の横の障子の腰板に硝子がありました、透明の硝子に絵付けした、いわゆる硝子絵を額ではなく、障子の腰板に嵌めたものです。大きさは1枚10㎝程度でしょうか。両面に硝子を嵌めて養生しているため、非常に見にくくなっています。

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長町武家屋敷跡にある、野村家は、建物は幕末の頃のようですが、さまざまな変遷を経ているようです。座敷と縁側の間にある、障子には、かなりおおきな透明ガラスがはまっています。そのどれも、手吹き円筒法とおもわれるガラスです。泡が数多くはいっています。また、ななめにスジがついているガラスもあります。

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総じて、金沢は、戦争中空襲をうけなかった町で、町中を歩いていると、戦前の木造民家をよく見かけましたが、どうも、戦前のガラスがはまっているのがすくないようです。もっと、丁寧に見てみれば、見つかるかもしれません。

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2012年11月25日 (日)

福井・丸岡・金沢の旅

23・24日と旅をしてきました。例によって旅程から。

  • 23日
  • 新幹線で米原へ、そこから北陸線で福井。
  • 福井県立歴史博物館で『泰澄ゆかりの神仏』展を見学。
  • バスで、丸岡へ、丸岡城を見学。
  • タクシーで、芦原温泉駅へ、そこから金沢へ。
  • 尾張町の旧三田商店へ。そこにある喫茶店でひとしきりステンドグラスの話をする。
  • ひがし茶屋街→主計町(かずえまち)茶屋街
  • 尾山神社→大友楼→石川四高記念文化交流館→しいのき迎賓館
  • 兼六園→金沢城→白鳥路ホテルロビー→金沢駅前ホテル
  • 24日
  • 尾山神社→金沢城→兼六園→成巽閣→石川県立歴史博物館→
  • 金沢21世紀美術館→寺町→伏見寺→にし茶屋街→
  • 長町武家屋敷跡(野村邸)→武蔵ヶ辻(近江町市場)→金沢駅
  • 越後湯沢経由で帰京

23日は、しとしとと雨が降っていました、北陸特有の天気だとタクシーの運ちゃんが言っていました。

福井県博の展覧会は泰澄関連の寺院所蔵の仏像が出ていました。その中で、No.12 十一面観音菩薩坐像 猿田彦神社 は、解説では“結跏趺坐”としていますが、明らかに“半跏趺坐”です。室町時代の坐像で半跏趺坐は大変めずらしい作例です。

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丸岡城は、こじんまりとした天守閣しかありませんが、予想に違わずすばらしい城でした。城に興味をもってから、ずっと見てみたいと思っていた天守でした。やっと念願がかないました。

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ひがし茶屋街・主計町(かずえまち)茶屋街・にし茶屋街とも、独特のガラス窓付の雨戸が特徴ですが、外から見た感じでは、古いガラスのままのところは見当たりませんでした。

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 旧三田商店のステンドグラスは、ネットでたまたま知った建物でしたが、そこの喫茶店の店主と話していると、『日本のステンドグラス 宇野澤辰雄の世界』に掲載されていました。それによると、建物は昭和5年、大林組によって竣工したそうです。ステンドグラスは関西ステンドグラス製作所の深野玉次の製作と書いてありました。

正面入口の欄間と、横の喫茶店に3箇所ありました。

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尾山神社にたどり着いた時は、夕方5時頃で、もう暗くなっていましたが、神門の内部の明かりが点灯していなかったので、近くの大友楼へ。

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2階の内側の障子の下部に色ガラスがはまっていました。また、入口横の窓は模様付のスリガラスと赤色ガラスの市松模様でした。

尾山神社にもどると、すでに3階の内部が点灯されていました。

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 しいのき迎賓館は旧石川県庁の建物で、結婚式をやっていました。正面階段を上がって3階の部屋の入口の左右にステンドグラスがはまっていました。

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兼六園は、ライトアップ期間は無料なので、雨ながら大混雑でした。

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金沢城も他の地域の城と同じように、櫓の復元を進めていますが、お城らしくなるには、まだまだ先のようです。

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成巽閣は、松の間にある、障子の腰板にはまっているガラスを見るために入りました。いわゆる硝子絵です。

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石川県立歴史博物館の赤煉瓦の建物は、圧巻です。でもあまり注目されていないようです。中の展示に、薬師寺の銅造如来及両脇侍像のレプリカがありました。やはりこれは、多少抽象化されていますが、“半跏趺坐”です。

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寺町にある伏見寺は、寺町の中でもこじんまりした寺です。本堂の前に立つと、さっそく拝観の誘いを受けました。銅造の阿弥陀如来坐像も、やはり“半跏趺坐”です。上から俯瞰で見ることが出来ましたので、間違いありません。

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長町武家屋敷跡にある野村家を見てきました。ここで、泡だらけのガラスを目にしました。空襲にあわなかった金沢は、いたるところに戦前の建物を見ましたが、戦前の古い硝子をあまり見かけませんでしたので、これには感激でした。

近江町市場は、すごい活気でした。売っているのはカニだらけ。

駅で、例の大友楼の弁当を買って、帰りの電車に乗り込み、すぐ食べるのをぐっと我慢して、まずは、写真撮影。

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今回は、北陸のうまいもんめぐりもしてきました。まずは、加賀料理の昼食、夜は30分ならんで、回転寿司で、魚を堪能。次の日、ホテルの朝食バイキングにはカレーがあったりして。昼食は、加賀牛のステーキランチ、帰りは大友楼の炊き込み御飯の弁当と、みなうまかった。

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2012年11月10日 (土)

大津、京都、和歌山、奈良の旅

ちょっと新鮮さがなくなりましたが、先週(11月3、4日)と旅をしてきました。旅程は以下の通り。

3日

  • 京都→大津 大津市歴史博物館『企画展 阿弥陀さまー極楽浄土への誓いー』
  • 大津→今出川 京都御所→京都府庁旧本館→有栖川宮旧邸
  • 丸太町→五条 長講堂→六波羅蜜寺
  • 五条→竹田 安楽寿院
  • 竹田→丹波橋→七条 京都国立博物館
  • 京都→新大阪 泊

4日

  • 新大阪→和歌山 和歌山城→和歌山県立博物館『特別展 高野山麓 祈りのかたち』
  • 和歌山市→難波→奈良 興福寺旧金堂→奈良国立博物館旧館→若草山麓
  • 奈良→京都

今回は、大津市歴博と、和歌山県博がメインでした。

大津市博は、いつもながら、仏像のテンコモリでした。その中で、最近気になっている“半跏趺坐”の仏像を発見しました。昌峰寺の阿弥陀如来坐像です。カタログでは、10世紀としています。小像ながら、この頃の定印は、めづらしく、また“半跏趺坐”は注目すべき作例といえます。

京都御所は中学校の修学旅行以来です。かなりの人出でしたが、こういう空間の雰囲気も味わっておくのもいいのかなと思ったりして。

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京都府庁は、明治37年竣工のレンガ造です。創建当初の窓ガラスが嵌まっているかなとおもいましたが、残念ながら、戦後のいわゆる普通板のようです。

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そのすぐ近くに今は平安女学院の所有になっている、有栖川宮旧邸を見てきました。2007年まで、裁判所長官の官舎として使用されていたので、当初の様子を想像することはむずかしいですが、窓ガラスも入替えているようです。

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今年の京都非公開文化財特別公開では、長講堂と安楽寿院をみてきました。どちらも平安後期の仏像です。まあ見たということでいいかな。

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新大阪から特急に乗ると、9時前に和歌山に着いてしまいました。それで、博物館の開館まえに、以前見た和歌山城でも行って時間をつぶそうかと思ったら、1時間もかかってしまいました。紅葉はまだというところです。

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和歌山県博の展覧会『高野山麓 祈りのかたち』は新出の仏像が数多くでていました。相当調査が進んでいるようですが、面ではなく、地域ごとに重点的に調査しているようで、まだ和歌山県の全体像が見えてくるのには時間がかかるかもしれません。調査の継続を期待したいとおもいます。

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その中で2体の半跏趺坐像を見つけました。一体は“白山三所権現本地仏像”の阿弥陀如来坐像といわれる仏像です。他の十一面観音は片足垂下、聖観音は両足裏を前で合わせるという坐法で、三体一具で、坐法を変えているのは、おもしろいとおもいました。

もう一体は、阿弥陀如来坐像及び二十五菩薩像のうちの一体“獅子吼菩薩坐像”です。この2体は、群像のうちのひとつという位置付けなので、それぞれバリエーションのひとつとして採用したのでしょうか。

奈良は、興福寺の仮金堂をはじめて見ることでした。お堂の中で見る仏像は、なにか落ち着いて見られます。切符が国宝館とセットになっているので、ついでに入ると、もうこの大混雑では、拝観もへったくれもありません。

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時間があったので、奈良市内で、紅葉がどのくらいになったのかと思い、散策してきました。

まずは、大仏池、ここの銀杏はまだ青々としていました。そして若草山麓を歩き、水谷茶屋で休息。ここの紅葉は12月に入らないとだめですな。

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かろうじて、浮見堂はちょっと紅葉がはじまっていました。

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