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2013年12月

2013年12月31日 (火)

今年を振り返って(平成25年)

今年も、一年を振り返って、見てきた展覧会、旅行をまとめてみようとおもいます。

1月4日 静岡
  静岡市役所・・・ステンドグラスが見られず。
  静岡市美術館・・・「近江巡礼」展
  駿府城
  新善光寺

1月18日 東博東洋館

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リニューアルしてはじめて来館。タイスコータイの釈迦如来坐像は半跏趺坐でした。東南アジアの仏像も坐法を調査しないといけません。

 

 

 

 

 

 

2月10日 水戸
  茨城県歴史館・・・「筑波山 神と仏の御座す山」
  偕楽園

2月23日 滋賀、京都

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滋賀県立安土城博物館・・・「蒲生郡の風土と遺宝」
近江八幡市・・・八幡山頂、ヴォーリズ建築群
龍谷ミュージアム・・・「若狭・多田寺の名宝」

 

 

 

 

 

Photo_4島原きんせ旅館

 

 

 

 

 

 

4月9日 東京国立博物館・・・「大神社展」

4月16日 千葉市立美術館・・・「仏像半島」

4月27~28日 京都、奈良
  石清水八幡宮
  神応寺
  奈良国立博物館・・・「當麻寺」
  東大寺ミュージアム・・・「国宝・東大寺金堂の鎮壇具のすべて」
  百万遍知恩寺→白沙山荘→永観堂→無鄰菴→西方寺→東寺

6月22日 早大美術史学会

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学生時代以来の学会出席。吉村怜先生の仏像の着衣に関する発表を聞く。
新しくなった33号館のロビーには、アートブリックが保存されていました。

 

 

 

 

 

 

7月26日 東京駅
  友人と東京駅の丸の内駅を斜め前のビルのテラスから俯瞰。

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9月6日 東京藝術大学美術館・・・「国宝興福寺仏頭展」

9月14~15日 京都、大阪、三原
  龍谷ミュージアム・・・「極楽へのいざない」展
  京都産業大学むすびわざ館・・・「京都大原勝林院の仏教文化と歴史」展
  泉屋博古館・・・「仏の美術ーガンダーラから日本まで」展
  奈良国立博物館・・・「みほとけのかたち」展
  大阪四天王寺庭園・・・八角亭の色ガラス
  大阪市立美術館・・・「北魏 石造仏教彫刻の展開」展
  三原リージョンプラザ・・・「御調八幡宮と三原市の文化財」展
  御調八幡宮

10月5~6日 宮城県白石

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毎年恒例の温泉旅館でドンチャン騒ぎに白石の鎌先温泉へ。
その前に白石市内をレンタサイクルで見学。壽丸屋敷に模様入りケシガラスの未見の模様を発見。

 

 

 

 

10月12日 北茨城

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茨城県天心記念五浦美術館・・・「岡倉天心と文化財」展
天心記念館・・・天心の住まいの窓ガラスは当初のガラスが嵌まっていました。その後大津港を散策、震災後の状況を見聞。

 

 

 

 

10月13日 金沢文庫、鎌倉
  金沢文庫・・・「東大寺」展
  鎌倉国宝館・・・「北条時頼とその時代」展

10月18日 品川
  品川歴史館・・・「大井に大仏がやってきたー養玉院如来寺の歴史と寺宝ー」

10月19日 拜島
  啓明学園北泉寮・・・旧三井家拜島別邸
   1階の応接室にあった椅子、ソファーの布地が龍村織物製の法隆寺の復原模様だったのが気になりました。

10月26日 岐阜、明治村

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正法寺(岐阜大仏)

 江戸時代の脱活乾漆造でも、竹籠を編んだ上に乾漆で整形しているめづらしい技法をもちいている。

 

 

 

 

 

 

岐阜市歴史博物館・・・「岐阜の至宝」展

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明治村・・・芝川又右衛門邸

 

 明治村のステンドグラスはこの芝川邸以外では、2棟の教会しかありませんでした。
また、模様入りのスリガラスは1棟のみで、古いガラスがあまり見られませんでした。

 

 

 

 

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帝国ホテル

 ガラスを小さく切って、金箔を挟んだガラスを嵌めるという、ガラス屋にとって手間のかかる気の遠くなるような作業です。

 

 

 

 

 

 

11月2日 伊豆
  河津平安の仏像展示館
  上原仏教美術館・・・「癒しの仏 薬師如来~伊豆の薬師如来像~」
  願成就院

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旧三島測候所

 玄関のランマに嵌まっているステンドグラス。その他にも未公開のステンドグラスを拝見できた。

 

 

 

 

 
  かんなみ仏の里美術館
    この建物の設計者は、展示のしかたを理解していないようです。仏像をガラスケースにいれたのでは、照明で反射して見づらくなるのは自明です。

11月3日 山梨
  山梨県立博物館・・・「山梨の名宝」展
   大善寺薬師如来坐像は半跏趺坐と確認。

  桑戸区・・・「五大明王像」
  根津記念館

11月6日 朝倉彫塑館
  随分と長い間かかってやっとリ、ニューアル工事がおわったので来館。復原したサッシがもう錆ていました。

11月14日 大多喜
  千葉県立中央博物館大多喜城分館・・・「上総の仏教彫刻ー長生・山武ー」
    今回は、バスでアクアラインをわたって行きました。

11月26日 六本木
  サントリー美術館・・・「天上の舞 飛天の美」展

11月30~12月1日 宮城、山形
  東北歴史博物館・・・「神さま仏さまの復興」展
  登米市不老仙館→登米市興福寺→登米町教育資料館
  山形県立博物館→旧済生館本館→文翔館→旧山形師範学校
  天童・・・旧東村山郡役所

12月3日 東京理科大学
  近代科学資料館・・・「古代文化財の謎をとくーX線で見えてくる昔のこと」展

12月5日 明治大学
  明治大学博物館・・・「天平の華 東大寺と国分寺」

12月7日 文京区
  旧安田楠雄邸

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島薗邸
 昭和16年の増築部分に嵌まっていたステンドグラス。

 

 

 

 

 

 

 

 

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銅御殿(旧磯野家住宅)

 この建物のオーナーは大谷美術館です。館長みずから説明に現れました。しかし、建物は外観の正面だけしか見せず、内部は入り口をあけて中をのぞかせるだけでした。

 

 

 

 

12月14日 永青文庫→小石川植物園
  東京大学総合研究博物館小石川分館・・・「建築博物誌/アーキテクトニカ」

前半は、あまり動けませんでしたが、秋になって、毎週のように何かを見てまわっていました。

このところ、仏像を見るときは、坐法にしか注目しなくなりました。というよりも、着衣、形状がどうなっているのかをどうしても注目して見てしまいます。

ガラスは、ステンドグラスだけではなく、明治から戦前までのガラスが何時のものか判定する訓練をするようになりました。かなり細かく製法の違いを観察することにしていますが、まだまだ自信がもてるまでには多くの板ガラスを見ないとだめなようです。

そんなこんなで、一年が終わりになりました。また来年も体力がある限り、仏像、板ガラス拝見の旅を続けようと思います。

皆様方のご健康とますますの発展を祈念して、来年がよい年でありますように。

2013年12月22日 (日)

登米興福寺の模様入りケシガラス

 それでは、今回の旅行の主目的だった登米興福寺の模様入りケシガラスをお見せしましょう。

興福寺の書院には、色ガラスの市松模様の間に模様入りケシガラスが嵌まっていましたが、6種類の模様パターンを確認しました。この中には、初めて見るものもあります。

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まずはこれを、花入斜格子文 と名付けました。

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格子カスリ文と 名付けた文様は、大小あり、次のは大のほうです。一応 カスリ文 としました。

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小のほうは、井桁カスリ文 としました。

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上記2種類の模様は、棒状のケシ面の先端をボカシています。ちょっとしたテクニックを使っているようです。

次は、模様の図鑑にもある模様で、麻の葉文。

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次も図鑑にある、籠目文。

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不老仙館に大量に嵌まっていた、蜀江文。

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書院の外部から見ると、普通は、一枚板に、模様を切り抜いて嵌めるか、組子障子にする箇所ですが、この建具が当初(明治20年代)から作り付けられたのかは、よくわかりません。後から建具をはめ込んだとも考えられます。

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この書院の次の間の障子には、蜀江文のガラスが嵌まっていました。

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模様入りケシガラスは、まだまだ色々なパターンがあるようです。また新たな発見があるのは確実です。

さて、模様パターンから見れば、これは、日本の伝統的模様を使っていますので、国産は間違いのないところです。いったい この模様入りケシガラスは、いつ頃から、どこで加工されていたのでしょうか。また、現在この加工をおこなっている加工場がまだ存在するのでしょうか。この技術が途絶えてしまったのでしょうか。

まだまだ調査しなければならないことが数多くあります。

 

2013年12月21日 (土)

不老仙館の模様入りケシガラス

まず、いわゆる“スリガラス”について説明しななければなりません。“スリガラス”とは、透明ガラスを加工して不透明にしたしたガラスです。ガラスの表面にキズをつけて光を乱反射させるため、白く見えます。

そのキズの付け方には、2種類の加工法があります。ひとつは、ガラスの表面に砂をつけてこすることによって表面を凸凹にする方法。これは、ガラスを磨く前行程でとめる方法です。

もう一つは、砂を吹き付けて、ガラスの表面を削って凸凹にする方法です。いわゆるサンドブラストという方法です。

ということで、これからは、ガラスを摺る方法のガラスを“スリガラス”、ガラスに砂を吹き付ける方法のガラスを“ケシガラス”呼ぶことにしようとおもいます。

それでは、模様がついたガラスはどう加工しているのでしょうか。ひとつの方法は、模様を切り抜いた型紙をガラスの表面に当てて、糊をひき、乾いたところで、砂を吹き付けるのです。これは、ある程度決まった柄で、同じものを加工するのに適しています。

もうひとつは、ガラスの表面に少し厚めの紙を貼って、模様を切り抜いて、サンドスラストをかける方法です。この方法は、1点ものの加工に適しています。

この加工の歴史については、また、まとめて詳しくお話することにして、登米市の指定文化財になっている“不老仙館”に嵌まっていた模様入りケシガラスをお見せすることにします。

この不老仙館の歴史について、カタログによると、元は狼河原村の畠山源兵衛が嘉永5年に建築したものを明治39年に現住地に移築したものです。その後、玄関を移し、大正11年頃、2階部分を増築して以後、屋根の葺き替え以外は大きな変更はなかったようです。

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玄関を入ると、ごく一般的なお屋敷の作りです。ところが、奥の廊下に行ってみると、便所と風呂場に行く廊下の窓は、模様入りケシガラスが連続して嵌まっていました。

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模様は蜀江文です。この模様は、以前にも、幾つかお見せしましたが、模様入りケシガラスとしては、ポピュラーな柄のようです。

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ところがこの建物のなかで、1枚だけちょっと違う蜀江文を発見しました。

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これは、あきらかに既存の模様のガラスから真似て後から加工したガラスのようです。しかも、型紙をつかった方法ではなく、ガラスに貼った紙を切り抜いて加工したガラスのようです。復原補修しようにも型紙がなかったための措置だろうとおもいます。

また、風呂場には、別の模様のケシガラスが嵌まっていました。

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この模様の名前は、文様の本を調べても同じものがありません。とりあえず“大小花菱文”としておきます。

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これらの模様入りケシガラスの嵌まっている建具は、おそらく、風呂場と便所が外にあったのが不便 だったため、廊下をつくってつなげたときに作られた建具だろうとおもいます。その時期は2階を増築した大正年間の頃だろうとおもいます。

現に、ガラスを見ると、細長い泡の入ったガラスが見受けられます。

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これは、ラバース法(機械吹き円筒法)によって作られた板ガラスとおもわれます。ラバース法は、旭硝子が大正3年から昭和初期まで製造した方法です。

そんなこんなで、たまたま訪れた建物なのに、大収穫でした。このような、大正明治時代の建物は、まだまだ研究する材料がありますので、是非とも残してほしいものです。

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2013年12月 8日 (日)

宮城,山形の色ガラス

先日見て回った建物のうち、色ガラス、ステンドグラスをお見せいたします。

まずは、登米の興福寺から。興福寺は、登米の中心地からちょっとはなれた、小高い山の中腹にあります。色ガラスが嵌まっている建物は、六角堂 だと書物には書いてありますが、実際には、今使っている庫裏の一角の書院にありました。六角堂はそこから階段でつながった建物で、今改修中でした。この六角堂は明治17年に建てられ、書院のある建物は明治21年頃建てられたようです。

さて、先ずは正面の違い棚の後ろに色ガラスの嵌まった引き戸 がありました。

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そして、その左側にある書院の上部には、はめ殺し窓に色ガラスがありました。

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ガラス1枚の大きさは、10㎝程度で、写真であらかじめ想像していたより、ずいぶんと小さい印象でした。まず色ガラスから見てみると、泡の細かくはいったガラスが殆どのようでした。

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おそらく、この色ガラス、透明ガラスは、明治21年頃の手吹き円筒法による輸入ガラスだと思われます。その他の模様入りケシガラスについては、また、別途考察しようとおもいます。建具も、黒漆塗りで、面取りした所に朱漆を塗った手の込んだ作りになっています。

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次に、山形市内の霞城公園の中に移築した、済生館を見てみましょう。明治11年の建立の建物です。正面入り口のランマに色ガラスがあります。

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また、内庭入り口にも同様のパターンでありました。

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3階は星型のデザインですが、内側からは見られませんでした。

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山形県庁は大正5年の建物です。正面入り口のランマにステンドグラスがありました。

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正面階段の踊り場には3ヵ所に同じ模様のステンドグラスがあります。

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2階の執務室には、衝立にステンドグラスが嵌まっていました。

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隣の議事堂の玄関には抽象柄のステンドグラスがありました。

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旧山形師範学校本館は、透明ガラスしか入っていませんでしたが、その横にある今にも壊れそうな廃屋になってしまっている、山形北高校の講堂として使われていた建物の正面のランマは、色のついた型ガラスが嵌まっているようです。しかし、この建物こそ、是非とも壊さないで改修してほしいものです。

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天童市にある、明治12年創建の旧東村山郡役所は、1階と2階の入り口のランマに色ガラスがありました。

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ここは、いままでと違って、紫の色ガラスを使っています。しかもよくみると、泡が入っています。

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山形のこのような公共建物は、県令の三島通庸の好みが大きかったと、藤森照信氏は書いていますが、半円形のランマに色ガラスを入れる意匠は、文明開化の息吹を視覚的に表現する格好のデザインだったのでしょう。

興福寺のように、和風建築に色ガラスを使うという発想は、相当なインパクトがあったのだろうとおもいます。

普通の和室は、昼間は障子からの明かりしかないはずですが、色ガラスが畳の部屋に中にまで差し込む様子は、きっと驚きをもって受け止められたとおもいます。

 

2013年12月 2日 (月)

宮城・山形の旅

11月30日12月1日と一泊旅行してきました。例によって、まず旅程から。

  • 11月30日
  • 仙台着。レンタカーを調達し、東北歴史博物館へ。
  • 特別展『神さま仏さまの復興』展へ。
  • 三陸自動車道で登米東和ICで降りてすぐにある不老仙館を拝観
  • 約束の時間が午後なので、興福寺へ
  • 書院の色ガラス窓と、六角堂という洋風の建物を拝観。
  • 登米の中心街(みやぎの明治村)へ。
  • まず、登米町教育資料館(旧登米高等小学校校舎)
  • 水沢県庁記念館、警察資料館を見て、仙台へとんぼ返り。
  • レンタカーを返却し、牛タン弁当を買って、仙山線で一路、山形へ。
  • 12月1日
  • 朝8時に駅前のホテルを出発。歩いて霞城公園(旧山形城)へ向かう。
  • お城の堀にそって一周し、東大手門から城内へ。
  • 県立博物館で常設展示を見る。
  • すぐそばの旧済生館本館を見学。すると『ふるさとの仏像』という本を販売している場所を発見。山形まるごと館へ。
  • 文翔館(旧山形県庁舎、県会議事堂)を見学。
  • 山形県立博物館教育資料館(旧山形師範学校本館)を見学。
  • 山形県立図書館で、仏像の本をあさり、山形駅へ。
  • 奥羽本線で、天童へ、歩いて旧東村山郡役所資料館へ。
  • 天童駅から山形駅へもどり、新幹線へ。

このところ旅行というと、仏像の展覧会にかこつけて、戦前の古いガラスの嵌まった近代建築を見ることが多くなっています。

今回も、登米の興福寺の色ガラスを見ることが主眼になってしまって、仏像は二の次になってしまいました。

東北歴史博物館『神さまと仏さまの復興』展

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今回の展覧会は、震災で破損した文化財をこのように修復しましたということを見せるのが主眼のようです。その中で、3体の半跏趺坐像を確認、カタログにはそのことを一言もふれていませんでした。

興福寺への時間調整のために行った不老仙館は、大当たりでした。

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建物は、明治39年頃、現在の場所に移築し、その後も色々と改装しているようですが、部屋の中は書画骨董であふれていました。ところが、奥の廊下に行くと、窓硝子の殆どが戦前のゆがんだガラスで、しかも、模様入りケシガラスがいたるところに嵌まっていたのです。

とりいそぎ興福寺へ、興福寺は、『日本のステンドグラス』で紹介されていた窓硝子で、色ガラスと模様入りケシガラスの市松模様が気になっていた寺院です。

それは、書院の窓にありました。

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六角堂という洋風建築は、ただ今改修中で外観は足場で覆われていましたが、ガラス戸は見てきました。

登米町教育資料館(旧登米高等小学校本館)は、学校校舎をそのまま残していました。

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ところが、ここに嵌まっている透明ガラスは、その殆どがゆがんでいるのです。これはすごいことです。しかし、ここで興福寺の住職の言っていたことが気になりました。改修するときに、なんとかゆがんだガラスをつくるように八方てをつくしたと言っていたのです。

修理報告書が出ているのなら、よく調べてみないとわかりませんが。

霞城は二ノ丸東大手門を復元しましたが、今本丸の門を復元中です。どうせなら、北・西・南の門も復元したらお城らしくていいのにとおもったりして。

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旧済生館本館は完全な洋館です。正面と2階・3階のランマに色ガラスが嵌まっていました。

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旧山形県庁舎は、戦前の権威の象徴としての建築です。正面玄関のランマは色ガラス。正面階段の踊り場にはステンドグラスがありました。衝立にもステンドグラスがありました。

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県庁舎の隣にはレンガ造の県会議事堂がありました。入り口のランマに抽象柄のステンドグラスが嵌まっていました。

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旧山形師範学校本館は、木造2階建てですが、窓硝子はかなり古いものが残っていました。この建物は、現在県立山形北高校に隣接しており、高校の校舎としても使われていたそうです。

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私が気になったのは、この建物の横に山形北高校の講堂として使われていた木造の校舎が、いまにも倒壊しそうな状態で建っていたことです。この建物のガラスは、ゆがんだかなり古いもののようです。是非ともこれだけのガラスは残してほしいものです。

天童の東村山郡役所は、ちょっと小高い丘にありました。

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正面と2階のランマに色ガラスが嵌まっていました。ここの色ガラスは、今まで見てきた色ガラスとその色数が違っていました。ここだけに紫色のガラスがはまっていたのです。しかも、泡がはいった当初のガラスでした。

そんなこんなで、今回の旅行は、ゆがんで、泡の入った透明の硝子と、色ガラス、そして、模様入りケシガラスを数多く見てきました。いくらかガラスの鑑識眼が養われたのかなと思っています。

また、仏像でいえば、鎌倉時代の半跏趺坐の例を見いだしたこと、山形県博にあった、レプリカの慈恩寺阿弥陀如来も半跏趺坐であったという発見がありました。

ステンドグラス、色ガラス、模様入りケシガラスは、まとめて、お見せいたします。

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