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2014年8月

2014年8月11日 (月)

暴風雨へ突っ込む旅

 8月9日10日と、関西へ旅してきました。そう、台風に向っての旅でした。

  • 9日
  • 京都市美術館・・・バルデュス展ではなく、ホールの両脇と天井にあるステンドグラスを見るため
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  • 長楽館・・・雨の中歩いていると、10時すぎになり、久しぶりの長楽館でコーヒーを飲みながら、館内のステンドグラスを見学。大雨のせいで、客が1組しかいなかったのが幸運。
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  • このステンドガラスの回りは、各務クリスタル製の"光り壁デラックス"という製品です。もう滅多に見られないものです。
  • 大雲院・・・祇園閣はさすが、伊東忠太らしさがでいます。むしろ書院(旧大倉家京都別館「真葛荘」)を見たかったのですが、祇園閣の上からの撮影も不可とあっては残念。
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  • 奈良国立博物館「醍醐寺のすべて」展・・・もうすこし東山を歩きたかったのですが、雨風がひどく、奈良へ直行。奈良博の館内はガラガラ。ゆっくりと見られました。本館の仏像ともども、二三、首をかしげる仏像を発見。館での説明、図録の解説に何かふれないでおこうという圧力がひしひしと感じます。
  • 夕食は、志津香で釜めしを食しました。いつも店前にならんでいたので、パスしてきましたが、大雨のおかげで、すんなりと食事ができました。
  • 夕方になると、奈良は雨がやみましたが、「なら燈火会」は風が強くて中止。これは残念。
  • 10日
  • 朝、近鉄で難波から梅田へ、そこで、荷物を預け、地下鉄で大阪歴史博物館へ。
  • すると、台風のため臨時休館の張り紙が。ロビーには人がずいぶんといたのに、どういう理由かわかりませんが、残念。
  • しかたなく、大雨の中、地下鉄の駅にもどり、梅田へ。
  • 阪神百貨店で開催している「ふれる空海 高野山1200年至宝展」へ
  • 空海像を3D技術で模造を作ったのがメインなのか、両界曼荼羅を天井が低いデパートでは、斜めに広げて見せていました。
  • 阪急宝塚線で、川西能勢口へ、能勢電鉄に乗り換え山下で下車。このときが台風の中心が最接近した頃で、駅の外は、大暴風雨の状態。しかたなく、しばらく駅のベンチで待機。意を決して、タクシーでワンメーターの川西郷土館へ。
  • 中に入ると、私のために、雨戸をわざわざ開けてくれました。もうガラス戸からは雨がそこら中に入っていました。
  • 旧平安(ひらやす)邸は大正中頃の建物ですが、縁側にはガラス戸を備えています。館の人は、これは手作りのガラスです。と言っていましたが、ローラーの跡があり、おそらくは日板のコルバーン法によるものでしょうと言っておきました。模様入のケシガラスが嵌まっていないかと探したのですが、便所のランマに結霜ガラスが嵌まっているだけでした。ちょっと残念。
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  • 旧平賀邸は大正7年に建築されたものをここに移築した建物です。
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  • 玄関、ホールのランマ、書斎、客間の窓の上部、そして、書斎の書棚の扉にステンドグラスが嵌まっていました。
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  • 田辺千代氏が来館して、小川三知の・・・といいながら断定をしなかったということです。
  • むしろ、抽象化したデザインは、あまり小川三知らしさがないように見えましたが。
  • 帰りの電車は、近くの川が増水していて、危機一髪で、梅田に帰ることができました。
  • ところが、JRで京都へ行こうとしたら、大遅延で動かず、淀屋橋から京阪で京都へ。
  • 季節ものの鱧寿司を買って、何とか新幹線に飛び乗ることができました。
  • 大暴風雨に向っての旅は、悪運もあれば幸運もありで、プラスマイナス0かな。

2014年8月 3日 (日)

常総建物探訪

およそ半年ぶりの書き込みです。

その間、読者の皆様には、色々とご心配をおかけいたしました。まあ、今の所普通に生きております。生来の怠け癖がでて、ずるずると、怠けておりました。

そんな訳で、少しは改心して、このブログを続けていこうとおもいますので、あまり期待せずに見守ってくださるようお願いいたします。

あまり重い話題ですと、どうしても、下準備に時間がかかったりして、更新が滞ってしまいますので、できるだけ軽い話題ということで、

昨日、この暑さの中、常総地方に出かけていきました。それは、ネットに、朝日新聞の山形版で、旧青山邸に嵌まっているガラスについての記事がありました。写真を見ると、以前私のブログに何回も載せた、「蜀江文」の模様入りケシガラスでした。これを、有名な、家具の専門家が、明治期に長崎で作られた高価なガラスだと評していました。記事では、こんな高価なガラスをわざわざ長崎からとりよせた青山家はすごい財力の持ち主だった。という趣旨のようでした。

この先生、どうもガラスのことはドシロウトのようで、「蜀江文」もわからなかったようです。朝日新聞にそのことを投書しましたが、ナシのつぶてです。

今回は、その「蜀江文」の用例を増やしたく出かけた次第です。

まずは、茨城県常総市にある水海道風土博物館 坂野家住宅 です。関東鉄道で水海道まで行き、タクシーで3000円ほどの田園の中に、黒塀でかこまれた、広大な敷地をもった屋敷があります。いわゆるこの地域の名主で、新田開発で名をはせた名家です。

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茅葺きの主屋は国指定重要文化財になっていますが、それに接続して、二階建ての書院という建物があります。大正9年に建てられた建物ですが、その主屋との接続廊下に「蜀江文」のガラスが嵌まっていました。

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書院のまわりにガラス戸がありましたが、どういう製法でつくられたかは、まだ判断がつきませんでした。

つぎに行ったところは、常磐線我孫子駅から徒歩20分ほどのところにある、「旧村川別荘」です。この建物は、東京帝国大学教授村川堅固と子息堅太郎の別荘として建てられ、二棟の建物があります。母屋は大正10年に近くの宿を解体移築したものですが、かなりの補修がはいっているようです。

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もうひとつ新館は、昭和2~3年頃、朝鮮の建物を参考として作ったと書いていますが、屋根の形は日本風で、扇垂木が朝鮮風なのでしょうか。この建物はあまり補修が行われていないようですが、ガラス窓も当初のものが入っていました。しかし、このガラスの説明は、日本板硝子のコルバーン法によって作られたと断定しています。本当かな?

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最後は、新京成の習志野駅から徒歩10分の、陸上・航空自衛隊習志野駐屯地の中にある洋館です。今回は、イベントで、中に入れる日だったので、でかけました。駒場に「御馬見所」として、明治44年建てられた建物をこの駐屯地に移築したものです。いまは「空挺館」という名で、ここに駐屯している、第一空挺団関係の資料を展示していました。

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この建物の部屋に入るドアの上にある欄間にすべて「蜀江文」の模様入ケシガラスが嵌まっていました。これは、当初のガラスとすると、この「蜀江文」のガラスの初見かもしれません。細部を見てみると、今まで見た模様と比べて、多少稚拙さがあるように見えました。

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そんな具合で、模様入ケシガラス探訪の旅にはまっています。次に見に行くところを現在調査中です。

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