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2014年11月

2014年11月30日 (日)

3泊4日の旅(第2日目)

 2日目は新神戸からレンタカーに乗って、ナビに翻弄されながら、明石大橋を渡り、

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そして、徳島市内を通り過ぎて、郊外にある徳島県立博物館へ。

「四国へんろ展」徳島編を見学。

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急いで、高速道路に乗り、高松へ。香川県立ミュージアムへ。

「四国へんろ展」香川編を見学。

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そして、今日のメインの丸亀城へ。四国にJRで渡る時、四国の地に着いたとたんに、遠方に丸亀城の天守がいつも見えました。

今回、やっと、丸亀城に登る事が出来ました。まずは、大手門から、正式の登城です。メインの道は舗装されているので、歩きやすくされていました。

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城の石垣は4段になっていて、それぞれ、周囲をぐるっと回ることができました。それで、お城を3回ほど回ることになりました。

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最後は、例によって搦め手から城外にでて、お堀を一週し、これで満足しました。

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四国からお別れして、瀬戸大橋をわたり、

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2泊目の宿、倉敷アイビースクエアに到着。もう日が落ちていましたので、風致地区の倉敷川沿いを散策。

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大原邸の横の路地を抜けると、中国銀行倉敷本町出張所のビルがあります。まだ業務をしているので、室内の明かりで、ステンドグラスがよく見えました。

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2014年11月28日 (金)

3泊4日の旅(第1日目)

 何十年かぶりに3泊4日の旅をしてきました。最近は多くても2泊でしたので、久々の長旅でした。

まず第1日目は、京都から湖西線で大津京駅へ、歩いて大津市歴史博物館「三井寺 仏像の美」展を見学。

相も変わらず、相当の数の仏像が展示されていました。その中で平安前期の坐像がいくつかありましたが、すべて結跏趺坐でした。

つぎに、園城寺です。ご開帳があり、園城寺は普段と違って参拝者で賑わっていました。

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開帳のひとつ、唐院大師堂には、智証大師坐像が2体、黄不動が1体と意外と間近に見ることができました。

新しくできた文化財収蔵庫には、勧学院の障壁画がありました。また例の十一面観音立像などがありました。

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次は勧学院客殿です。光浄院客殿とともに、典型的は書院造で、中門廊を備えていて古様な様式も残っている建物です。勧学院は後ほど入った光浄院と違って、写真撮影は自由でした。それにくらべて、光浄院の方は、建物の外観も撮影禁止、門の外で拝観料を取って監視していました。同じ園城寺なのに、院主の裁量でどうにでもなるというのは、どうしても解せません。

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京阪で、三条から七条でおりて、京都国立博物館へ、本館は鳥獣戯画を見るために90分待ちで、並んでいましたが、新しくできた、知新館の常設展示を見学。

この建物の1階は天井が高く、仏像が大変見やすくなりました。建物の意匠は、相も変わらずのワンパターンで、同じ設計者が博物館の建物を設計すると、まるでおもしろみがなくなります。

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タクシーで龍谷ミュージアムへ、「二楽荘と大谷探検隊」展へ。この展覧会は期待どおり、大変おもしろいテーマでした。

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二楽荘という希代の豪華な建物の魅力もそうですが、大谷探検隊に随行した、数十人の西本願寺留学生の存在を、今回取り上げているのに、興味がそそがれました。

明治時代に、優秀な学生を海外に留学させるということが、単なる宗教活動からさらに次の世代への投資と考えて、国の将来を担わせようとしていたことなのでしょう。

いそいで、京都駅にもどり、新幹線で新神戸へ、地下鉄と神戸ポートライナーで、港近くの建物を見学。今は新港貿易会館というテナントビルになっていますが、戦前の建物です。

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入口のランマにあるステンドグラス。4階の階段室にある丸窓のステンドグラスをしばし鑑賞。

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また、新神戸にもどり、北野の異人館へ、英国館は、中のバーカウンターに、

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萌黄の館は、玄関のランマにステンドグラスをみました。

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それで、第一日目は終わり。

2014年11月 9日 (日)

会津の旅

 11月7日、会津に日帰り旅をしてきました。今回は理由があって平日の旅でした。

まずは、福島県立博物館へ。

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この展覧会は、木造14躯、金銅仏9躯、鏡像懸仏13件と、見応えのあるものでしたが、なぜか、図録がありませんでした。

福島県博は、彫刻の専門研究者がいなくなったからなのでしょうか、これだけの見応えのある仏像を集めながら、たった8ページの「博物館だより」の解説では、あまりにも物足りなさが残りました。

鶴ヶ城は、天守閣には何回が登りましたが、城郭のまわりは見ていませんでした。今回は半分でしたが、城の周囲を歩いてみました。まだ、石垣など、縄張りがしっかりと残っていました。せめて、門でも復元したら、お城らしくなるのに、と思ったりして。

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つぎに行ったところは、会津若松市役所です。この建物に嵌まっている補修したばかりのステンドグラスを見たいがためにわざわざ平日に出かけたのでした。

図柄は、会津若松の市章をデザインしたものですが、色使い、ガラスの選定もなかなか洗練されていました。階段室の踊り場に同じ図柄が嵌まっていました。

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もう1ヵ所、2階の市長室の窓のランマ6ヵ所に嵌まっていましたが、こればかりは、中から見られないので、外からの撮影です。3連の中央部分は楯を持った双頭の鷲のデザイン、両脇は楯だけのようなデザインでした。

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市長室のステンドグラスは今回の改修には、入っていなかったようで、当初のままのようです。

そして、今回の、もうひとつの目的は、昨年他界した、友人の墓参りをすることでした。お墓は鶴ヶ城が見渡せる高台にありました。

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友人の連れ合いに送ってもらって、七日町通りを散策しました。会津若松は空襲がなかったので、戦前の建物がよく残っているようでしたが、戦前の古い窓硝子がなかなか見つかりませんでした。

と、ふと通りの角にある民家の横をみると、増築した建物の間にはさまれている木造の建物の窓硝子にあの「模様入りケシガラス」が嵌まっていました。

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しかも、蜀江文と、もう1ヵ所は初めて見る模様ですが、名前のない割付柄のようです。

模様入りケシガラスの模様サンプルを今回の旅行の最後にひとつふやすことができました。

空振りにならなくてよかった。

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