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2014年12月31日 (水)

今年を振り返って(平成26年)その3

11月21日~24日 京都、神戸、四国、山陽道
 大津、大津市歴史博物館『三井寺仏像の美』
 園城寺、光浄院客殿、勧学院客殿、観音堂、唐院大師堂、文化財収蔵庫

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【園城寺勧学院客殿コピー障屏画】

 京都国立博物館 知新館、龍谷ミュージアム『二楽荘と大谷探検隊』
 神戸、新港貿易会館、北野の英国館、萌黄の館・・ステンドグラス

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【新港貿易会館玄関ステンドグラス】

 神戸からレンタカーで明石大橋を渡り、徳島県立博物館『空海の足音 四国へんろ展』
 高松、香川県立ミュージアム『空海の足音 四国へんろ展』
 丸亀、丸亀城、瀬戸大橋を渡り倉敷へ。

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【与島より瀬戸大橋】

 倉敷、中国銀行倉敷本町出張所・・ステンドグラス

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【夜の中国銀行倉敷本町出張所ステンドグラス】

 牛窓、海遊文化館・・色ガラスを見に、しかし新しかった。

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【海遊文化館の色ガラス】平成の初めの改修の時入れ替えたらしい。

 小野、浄土寺・・大学2年の夏以来
 加西、一乗寺
 加古川市、加古川図書館・・ステンドグラス、鶴林寺

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【加古川図書館2階の窓】もと公会堂だった建物。

 神戸舞子公園、旧武藤山治邸・・ステンドグラス、旧木下家住宅・・エッチングガラス、舞子ホテル・・玄関のステンドグラス

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【武藤山治邸ステンドグラス部分】

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【旧木下家住宅エッチングガラス】

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【舞子ホテル2階のステンドグラス外部より】

 六甲山ホテル・・旧館のステンドグラス、神戸の夜景

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【六甲山ホテルステンドグラス部分】

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【朝の六甲山ホテルからの遠望】神戸空港方面

 和歌山市、和歌山県立博物館『熊野ー聖地への旅ー』
 南海電鉄、田尻歴史館・・二回目のステンドグラス見学、岸和田城、高師浜駅、浜寺公園駅

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【田尻歴史館風呂場ステンドグラス】

11月27日 多摩
 多摩美術大学美術館『祈りの道へー四国遍路を土佐のほとけー』、富沢家

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【富沢家庭園の紅葉】

12月6日 群馬県東部
 館林市、旧秋元別邸、上毛モスリン事務所

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【旧秋元家洋館】神田駿河台にあった

 太田市、中島知久平邸・・ステンドグラス

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【中島知久平邸ドアランマのステンドグラス】

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【中島知久平邸客間内部の現状】

 伊勢崎市、旧群馬県蚕業取締所境支所・・ステンドグラス
 前橋市、前橋市蚕糸記念館、荻原朔太郎記念館
 埼玉県川島町、遠山記念館

12月20日 日光、栃木市
 日光、田母沢御用邸・・蜀江文ガラスをやっと見学。大変なことに気がついた。

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【日光田母沢御用邸展望室内部建具の模様入りガラス】

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【日光田母沢御用邸展望室ガラス詳細】塗料が一部はげている。

 日光、日光物産館にて食事

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【日光物産館】

 栃木市、塚田歴史伝説館・・朝鮮仏、模様入りケシガラス

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【塚田伝承館にあった朝鮮仏】

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【塚田伝承館の住宅のランマ】

 栃木市、横山郷土館・・蜀江文ガラスがあるが休館で見られず。岡田記念館・翁島
 栃木市、あだち好古館・・蜀江文、花菱文ケシガラスを発見

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【あだち好古館の蜀江文ガラス】便所の扉に花菱文のガラスもあった

12月23日 宇都宮
 宇都宮、旧篠原家住宅・・2種類の結霜ガラス、栃木県立図書館・・田母沢御用邸関係の図書を閲覧。

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【旧篠原家2階の窓】結霜ガラス

12月25日 凸版印刷
 印刷博物館・・印刷について調べるが、結果がでず。疑問だらけで年越しになりそうです。

今年は、前半は、コピーの製本と、データの入力で、ブログの更新もままならず、また、仏像も半跏趺坐に関する問題もまるで進展せず、学会の自浄能力に疑問符がつき始めています。
こうなると、前面に出なければならないのかもしれません。多くの研究者が“裸の王様の家来”を決め込んで、論文に坐法についての言及を意識的に避けてみたり、以前の論文の訂正もしないで、こそこそと修整をしているようです。そんなことをしていると、それがばれたときどう言い訳をするのでしょう。
それこそ大変なことになると誰も感じていないようです。

というわけで、もうひとつのテーマである板ガラスの歴史研究の一環として、模様入りケシガラス探訪の旅の一年でした。特に、蜀江文ガラスは、関東、東北地方にしか今の所、見いだせません。発祥が長崎という記録があるのに、関西方面の実例が実に少ないのです。
いったいどういうことなのでしょうか。やはり、この加工をしているガラス加工屋を見つけなければどうにもなりません。
史料もなく、もう知っている業界人もみつからなくなっているようで、丹念に足で探さなければならないようです。
ところが、年末になって、田母沢御用邸の蜀江文のガラスがケシガラスではなく、印刷だったことが判明。印刷の歴史を調べるハメになってしまいました。これも大変な問題を見つけてしまいました。

いやはや、課題ばかり残した一年でした。
読者の皆様、よいお年を!

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