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2015年11月

2015年11月 8日 (日)

九州・関西ー仏像、ステンドグラス旅(京都編)

11月3日(祝)
 まず一番で出かけたのは、大津市歴史博物館です。開館の9時前に着きました。

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『比叡山ーみほとけの山ー』展の見学です。この館の展覧会は、毎回初出陳の仏像と、個体数の多さが注目です。

その中で、

  • 20 不動明王坐像 平安時代(10世紀)    伊崎寺蔵
  • 24 普賢菩薩坐像 平安時代(10世紀後半) 松禅院蔵 
  • 26 不動明王坐像 平安時代(11世紀前半) 延暦寺山内寺院蔵
  • 82 聖観音坐像   鎌倉時代(13世紀前半) 寂光寺蔵

が半跏趺坐と確認しました。

また、74 十一面観音坐像 奈良時代(8世紀後半) 西方寺蔵
は木心乾漆造で、結跏趺坐でした。

初公開の、68 菩薩立像 平安時代(9~10世紀) 所有者非公開
は条帛の部分が花をつなげたレイのような形をしており、また、腰から前にU字状の細布を垂らしています。解説では、これを“腰帛(ようはく)”といっていますが、初めて聞く用語です。

もうひとつ、54 千手観音像 鎌倉時代(13世紀) 延暦寺山内寺院蔵
の清水寺式千手観音像の仏画が出陳されていました。

JRで高槻へ行き、しろあと歴史館を見学してから、阪急で京都市内へ。
京都非公開文化財特別公開のうち、冷泉家住宅を見学しました。

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座敷棟のうち、大正時代に新設された客間のガラス障子は、円筒法(機械吹き?)で製作されたガラスのようでした。

京都御所も公開中でしたが、スルーして、新島旧邸へ。

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書斎にある本棚の戸は、ゆがみのあるガラスを入れていました。この建物は明治時代に建てられたものですが、1890年代の写真では、ガラス戸が写っていませんので、おそらく大正時代にガラス戸を入れたのだろうとおもいます。

烏丸御池から新町通を下っていくと、赤い壁の民家があります。

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この建物は、以前ネットで調べていた時は、旧平井産業(新町商事)という名だったのですが、今は、京都ホテルオークラが所有していて、“新町1888”という名で、オークラ直営の町屋カフェ として、使われているようです。11月1日からは、完全予約制貸し切りスタイルの食事所として開店したようです。

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しかし、正面の道路に面している窓には、すべて、ステンドグラスが嵌まっています。とくに1階のショウウインドウには、大きな花束と孔雀の図柄のステンドグラスが嵌まっています。

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これだけの数のステンドグラスは滅多にありません。いつか団体で申し込みして、食事とステンドグラスを鑑賞したいものです。

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新町通を下るとすぐ、紫織庵があります。ここの洋館部分は、武田五一の設計です。以前訪れたことはあったのですが、ちょっと気になることがあり、再度訪れました。

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2階の洋間にステンドグラスが2箇所嵌まっています。そのうちの2連のパネルは、以前撮った写真では、鉛線に金箔を貼ってあるように見えました。その確認をとるためでしたが、照明で、そのように見えるだけでした。鉛線はよくみると、すべてにハンダが施されていました。なかなか丁寧な仕事ぶりです。

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木屋町通を上がっていき、高瀬川が途切れたところに、島津創業記念資料館があります。

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ここも、以前訪れた建物ですが、以前は、1階のランマに嵌まっていたステンドグラスが外側に透明の硝子がはまり、内側に板で目隠しされていましたが、内部の改装が行われたようで、内側からステンドグラスを見ることができました。

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しかし、島津製作所の他の建物にあったステンドグラスパネルが2枚あったはずなのですが、今回は、ありませんでした。

木屋町通りを下がって四条通を越えたところに、フランソア喫茶室があります。

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戦前の建物で、正面に2箇所ステンドグラスが嵌まっています。中に入ろうとしましたが、祝日の午後では、満席でもうだめ、改めて挑戦するということで、今回の旅は終了となりました。

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2015年11月 7日 (土)

九州・関西ー仏像、ステンドグラス旅(木津川編)

11月2日(月)
 新大阪から地下鉄で天王寺へ、そしてJR大和路快速で加茂へ。ここまでは順調だったのが、加茂駅には、コインロッカーがない。大荷物を背負って移動もできないので、急拠奈良にもどり、荷物を預け、再び加茂へ、本数の少ない関西本線に乗り、島ヶ原駅へ到着。駅から観菩提寺までは、御開帳の期間のみ送迎バスが出ており、歩くつもりが大助かり。

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というわけで、数年前の世田谷美術館で拝見して以来の巡り会いでした。たしかに、その迫力はすごいの一言ですが、折り畳まれた腰巻きストールは、ちょっと稚拙さを感じます。

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三十三年ぶりということで、参拝者が多く境内はにぎわっていました。

加茂にもどり、木津川市がやっている「秋の社寺秘宝・秘仏特別開扉」のうち、高田寺、西明寺、旧燈明寺へ行きました。

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まずは、高田寺。保安年間(1120~1123)の銘のある薬師如来坐像です。

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小さな集落の中にあるお寺で、民家と見逃してしまうほどです。

そこから、歩いて2~30分ほどで、西明寺に着きました。

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このお寺も秘仏特別開扉の旗がなければ見つからない場所にありました。
承和元年(1047)銘のある薬師如来坐像が本尊です。そのほか平安後期とおもわれる十一面観音立像がありましたが、木造の善光寺阿弥陀三尊像がありました。中尊の像高がおよそ30㎝位で、中尊の右手臂先が欠失している以外はよく残っていました。

加茂駅にもどり、駅の反対側へ10分ほど歩くと、旧燈明寺があります。この仏像は数年前の年1回の公開日に行って見たことがありました。

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五躯の鎌倉後期の仏像があります。そのうちの不空羂索観音立像には徳治3年(1308)の納入品があります。今回は写真を撮ることが出来ませんでしたが。以前のブログを参照してください。所有者が正法護持財団から川合京都仏教美術財団に変わったからでしょうか。いづれにしても、廃寺になった寺院が一般財団法人に所有権が移ってしまうことのなにか割り切れなさを感じます。

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今、横浜の三渓園にある三重塔はこの位置にありました。礎石もなにもその痕跡がありません。

今日は順調で、時間もあるし、木津川の他の開扉寺院へとおもいましたが、急拠変更して、加茂から大和路快速で、法隆寺へ。あの上御堂の開扉の日でもありましたので。久しぶりに拝観ということになりました。

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半跏趺坐を調べ始めてから、上御堂の釈迦三尊像の脇侍の坐法が気になってしょうがありません。須弥壇にのれば、中尊は台座がちょっと高くて無理かもしれませんが、脇侍は台座が低いので、俯瞰で坐法を確認できるのですが。なんとかならないのかな。

大宝蔵殿では、木心乾漆造弥勒菩薩坐像(奈良時代)が半跏趺坐。銅造薬師如来坐像(伝峰薬師胎内仏)(奈良時代)が結跏趺坐。銅造釈迦如来及脇侍像(戊子年銘)(飛鳥時代)が中尊が半跏趺坐。 と確認してきました。

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この日見たのは、仏像のみ。明日はステンドグラスもみるぞ。

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2015年11月 6日 (金)

九州・関西ー仏像、ステンドグラス旅(大阪編)

 午後2時には、新大阪に予定よりはやく到着、豊中の大阪大学へ。
大阪大学総合学術博物館(待兼山修学館)でおこなわれている「金銅仏きらきらし」展へ。
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大学博物館で行われる展覧会ということで、展示品がほとんど大学所蔵品ですまされているのではないかと、あまり期待をしなかったのですが、これが、おおハズレでした。

43点の金銅仏は、おもに東京芸術大学蔵、そして、地元の大阪市立美術館蔵、逸翁美術館蔵、白鶴美術館蔵が出品されていました。

そして、この展覧会は科研費成果報告「5~9世紀東アジアの金銅仏に関する日韓共同研究」の発表の場として開催されたものでした。

この研究は、金銅仏を蛍光X線分析装置で、金銅仏の成分分析をしたものでした。
無料のカタログには、展示品の金銅仏それぞれに、成分分析の結果データが掲載されています。

こういった科学的調査の資料が提供されるのは、彫刻史の研究にとって、新しい角度からの情報の蓄積が得られるということで、こういう公開は大変有り難いものです。

しかし、藤岡氏の解説にあるように、この組成比率のデータだけでは、製作地、年代あるいは真贋の判断をすることはできない。あくまでおおよその傾向、蓋然性をしめすものとみるべきであるといっています。

大阪大学のキャンパスは、ちょうど学園祭(まちかね祭)の真っ最中でした。
とりあえず、見落としていた、大阪大学会館の玄関ランマのステンドグラスを見学。
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延々と続くテントは、殆どが食べ物の屋台。ちょっとした広場は、ステージでオリジナル?の曲でバンドが演奏をしていました。

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昔も今も?学園祭の傾向なのかな!

モノレールで南茨木へ。茨木市文化財資料館「龍王山をめぐる信仰と人々」展へ。
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展示している仏像は、ポスターにある大門寺の熊野十二所権現像と蔵王権現立像でしたが、カタログには、忍頂寺の仏像も掲載されていました。

この日ではなく、3日には、高槻市しろあと歴史館で『大阪の修験と西方浄土』展を見にいきました。

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仏像では、神峯山寺所蔵のものが展示されていました。

1日の宿泊は、新大阪。

つづく

2015年11月 5日 (木)

九州・関西ー仏像、ステンドグラス旅(九州編)

 10月31日~11月3日まで旅をしてきました。
今回は、3泊4日と久しぶりの長丁場で、仏像とステンドグラスの見学の旅でした。
4回に分けてその旅行記を記していこうとおもいます。

10月31日
飛行機で熊本へ飛び、熊本県立美術館『ほとけの里と相良の名宝』展へ。

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相良地方は、熊本県内でも、よく調べられている地域のようです。
展示の中で、注目したのは、「17 木造釈迦三尊像 阿蘇釈迦堂蔵」です。
中尊は平安後期の定朝様の仏像ですが、脇侍は鎌倉時代 嘉元2年(1304)の銘のある
坐像で、二躯とも半跏趺坐でした。とくに、文殊菩薩坐像は、左足を前に出し、右足は左足の股に置く形式で、三重県の普賢寺の普賢菩薩坐像と同じ坐法です。
鎌倉時代の半跏趺坐の例としては、稀少です。

いそいで、熊本から小倉まで新幹線にのり、荷物を預けて、門司港へ。
門司港駅も古い建物ですが、改修中。駅の前にある旧門司三井倶楽部へ。

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ハーフティンバー式の洋館ですが、玄関のランマにステンドグラスがありました。
見学者はすぐには気がつかないようです。

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この駅周辺は、レンガ造の建物がいくつかあって、観光地化していますが、そのどれも
窓ガラスは枠ごと入れ替えをしているようでした。

町の中を歩いていくと、高台に3階建の木造建築がありました。

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三宜楼という料亭で、取り壊しの危機を地元の有志により保存運動の結果、保存されることになった建物です。竣工は昭和6年ですが、大きな改造もされず、よく残っていました。
とくに、窓ガラスはいわゆるロール跡の残ったガラスで、昭和初期のガラスとしての特徴を示しています。

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11月1日
朝はやく宿を出て、小倉城の堀を一周してきました。

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残念ながら、天守閣には時間が早く登ることはできませんでしたが、建物は復興天守のみと、ちょっと寂しいお城でした。

そして、公開日に見学の申し込みをしていた 旧松本邸(西日本工業倶楽部)へ、開館の10時前に着きました。

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一番乗りで、建物内に入り、まずは、階段室にある3箇所にステンドグラスのもとへ一直線でたどり着きました。

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写真では、もっと小さい窓だと思っていましたが、なかなかの大きさでした。絵柄はブドウですが、中央の窓の木が両脇の窓にまで枝が広がっている図柄になっています。
さらに、よく見ると、葉の表現にもさまざまな工夫が施されています。色の違うオパールセントグラスだけではなく、型模様のある緑の色ガラスも使っています。

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葉の形状も入り隅を多様している切り方をしており、かなり高度なテクニックを駆使したデザインをしているようです。
館の説明によると、和田三造のデザインとしていますが、田辺千代は、小川三知の遺品にこのステンドグラスの写真があったことを根拠として、小川三知作としています。

この洋館は明治43年竣工ですが、隣の和館を大正7年に改修しており、その時にステンドグラスを入れたとしています。

たしかに、印象としては小川三知のデザインと技法に共通する要素はありますが、もっと確かにするためには、その証拠としての小川三知の遺品の公開が必要でしょう。

そして、すぐに、新幹線に飛び乗り、新大阪へ。

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