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2015年12月

2015年12月31日 (木)

今年を振り返って(平成27年)その1

 毎年恒例の今年一年、さまざまなところに出かけていった記録を残そうとおもいます。2回にわけて、書いていきますが、ブログ再会の7月下旬以降は、本ブログを参照していただくということで、少々手を抜きます。もうすぐ来年になってしまうので、ご勘弁をしてください。

1月15日 東博~黒田記念室
 「みちのくの仏像」展。黒石寺、勝常寺、双林寺の薬師如来坐像がそろいました。しかし、図録には、この三体の仏像の坐法についてひとことも書いてありません。せめて、位置をひくくして、膝部分が俯瞰できれば、”半跏趺坐”と確認できるのですが。

新装なった、黒田記念室へ。

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1月31日 宇都宮~栃木
 栃木県立博物館「下野の仏像と仏画」展。9体の仏像が展示。新発見の鹿沼市・清水寺 観音菩薩立像(10世紀)を拝観。

栃木市の横山郷土館へ、去年訪れた時は休館だったので、再度の挑戦です。

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この建物は北側(向かって右)が麻蔵、明治42年。南側(向かって左)が文庫蔵、明治43年の建築です。この建物の奥の庭に大正7年の洋館があります。
この建物の中のガラスは和室に蜀江文が使われています。その他には、結霜ガラスも多くつかわれていました。
蜀江文は、おおよそ4種類の型があるようです。

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2月13日 渋谷・長泉寺
 青山と渋谷の間に、長泉寺というお寺があります。そこに、最近区指定有形文化財になったばかりの清水寺式千手観音立像があるというのです。しかも6尺もある銅造鍍金で、享保4年(1719)の銘記まであるという。是非見たいと思っていますが。

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2月28日 岡崎~桑名~白子~名古屋
 岡崎市が世田谷にあった本多忠次邸を平成24年移築して、公開しました。いわゆるスパニッシュ式の建物で、昭和7年竣工です。

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 ステンドグラスの窓が計14枚嵌まっています。

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これは、食堂にある”向い鳥、花に唐草中心模様と菱格子”

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1階にある葡萄 3枚のうち2枚

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2階の浴室にある、魚(竜宮)

その他にも、白鳥、鴛鴦、聖火とリボン、花(割付模様)、魚(竜宮)があります。

金田美世氏によると、木内家資料から宇野澤組にいた、木内真太郎のデザインと、確定出来るとしています。

桑名・六華苑(旧諸戸清六邸)
 大正2年竣工。洋館部分はジョサイア・コンドルの設計です。

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玄関のドアにステンドグラスはありました。

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よく見ると、薄い線の入ったガラスは、入れ替えたガラスをおもわれます。

白子・鈴鹿市伝統産業会館

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白子町(現鈴鹿市)は、型紙の町です。今でも型紙の生産をしています。型紙は、江戸小紋などの染めに使用する為のものですが、今まで追跡してきた“模様入りケシガラス”の型紙としても使われたということが判明しています。それで、ほんとうに、ガラス加工屋の為に型紙を作っていたのか、調べるために訪れました。この伝統産業会館にいた元型紙職人の人に話を聞くことができました。曰く、たしかに昔、ガラス屋の注文で型紙を彫ったことがあるという証言をえました。
が、ガラスにつかわれた模様の見本は見つけられませんでした。型紙が消耗品であることもあるでしょうが、その痕跡もないのでしょうか。どうもまだ消化不良です。

5月1日 名古屋
 せっかく名古屋に来たので、夜、友人と軽くイッパイ。と思っていたら、泊まってけといういつものパターンで、泊まり。
翌日は、はじめての名古屋城。一部完成した本丸御殿を見学。

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本丸御殿は3期に分けて建築中で、最終の完成は2018年3月の予定だそうです。

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4月3日 横須賀~横浜
 横須賀市に防衛庁所管の田戸台分庁舎(旧横須賀鎮守府司令長官官舎)の公開がありました。
大正2年、呉の入船山記念館とおなじ桜井小太郎の設計です。

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ステンドグラスは1階上部の窓2ヵ所、食堂の欄間に葡萄模様が2ヵ所、書棚2ヵ所、そしてどこにあったか不明のガラスモザイクがあります。

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ステンドグラスの作者は、田辺千代氏が小川三知だと神奈川新聞で発表して話題になりました。

金沢文庫「津久井光明寺」

横浜・吉澤邸
 磯子の高台に2階建ての小さな建物があります。今は空き家になっていますが、美術史学者の吉澤忠氏の自宅でした。吉澤氏の父公の亀蔵氏は医師で、板谷波山と親交があり、板谷波山と小川三知は美術学校の同級生でもあり、その関係で、小川三知が作ったものと判明しています。

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その他の窓にも嵌まっているようですが、外部からはよくわかりません。建物がかなり老朽化しているので、いづれ近いうちに取り壊すのでしょうが、ステンドグラスだけは残してほしいものです。何せ、東京芸術大学教授だった人の家ですから。

4月9日 鎌倉~藤沢~横浜
 鎌倉国宝館「長谷寺と鎌倉の名宝」

 江ノ電で藤沢へ。駅近くの公園に旧近藤邸はありました。中はレストランになっています。この建物は大正14年、ライトの弟子だった遠藤新の設計による住宅です。

横浜磯子区・旧柳下邸は、大正8年竣工。

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旧近藤邸、旧柳下邸も、窓ガラスは、透明かスリガラスで、模様入りケシガラスは見つかりませんでした。

なかなかみつからないものです。

その2に続く

今年を振り返って(平成27年)その2

承前

4月28日 東博
 ふらっと東博の平常展を見学。すると、東博蔵の清水寺式千手観音画像が展示してありました。

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4月29日 京都~大阪
 まず、龍谷ミュージアム「聖護院門跡の名宝」展へ。

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そこで、三峯神社蔵の清水寺式千手観音画像(室町時代)を発見。今までリストに無かった作品です。

次ぎに、吹田市立博物館「西村公朝展」へ。この博物館の初代館長は西村氏だったので、展示にも思い入れがあります。しかし、場所が不便なのは、ちょっと。

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とくに、修理図解が展示されていたのは、さずがです。なかなか見る機会がないので。

高槻市しろあと歴史館「人とほとけのきずな」展で、慶瑞寺菩薩坐像を拝観。
半跏趺坐のようにも見えるが不明としておく。

ついでに、以前訪れた“旧西尾家住宅”へ。武田五一設計の洋室のステンドグラスを再見。

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この抽象化した絵柄は、硝子の扱い方を知らない人のデザインのようにみえます。板硝子はもっと複雑な形状の加工が可能です。ということは、武田みずからのデザインか。

大阪天満宮の門前に“大阪ガラス発祥之碑”があります。

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裏には、

宝暦年間(1751)
長崎商人播磨屋清兵衛
天満天神鳥居前ニテ場ヲ設ケ
当時ノ玉屋ヲ開業大阪ガラス
商工業ノ始祖トナル

大阪硝子製品協同組合
設立三十周年記念建之
  昭和五十年十一月一日

とあります。しかし、実際はもっと前に大阪では、ガラスの製造がはじまっていたと思われます。

4月30日 高野山
 南海電鉄で九度山で降り、慈尊院へ、御開帳の弥勒如来を拝観。遠くてよく見えない。

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高野山へ、まずは霊宝館「高野山の名宝」展はおもに懸仏を展示。

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大混雑の中、一応本堂の中を拝観。

5月1日 和歌山~奈良
 和歌山県立博物館「高野山開創と丹生都比売神社」展へ。

奈良へ、入江泰吉旧居を初めて拝観。

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奈良博へ行くと、旧奈文研の外観を見られるとのことで、外から見学。

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5月9日 長野
 レンタカーに乗り、まずは小川村へ、小川村郷土歴史館の隣に、旧長野県知事公舎が移築されています。2箇所にステンドグラスがあります。

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洋館の1階の内部欄間と2階の扉にステンドグラスが嵌まっていました。下写真は2階の扉

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長野市立博物館は2つの特別展をやっていました。「信仰のみち~戸隠・飯縄・小菅・斑尾・妙高」と「狐にまつわる神々」展です。

「信仰のみち」は善光寺にかかわる展示でしたが、「狐・・・」は飯縄権現、荼吉尼天、天河弁財天、刀八毘沙門天といった、非常に特殊な図像を集めていました。大変おもしろい企画です。

いいづな歴史ふれあい館「特別展 飯縄町の元善光寺伝説~健翁寺所蔵の分身特別公開」は、場所が不便なこともあって、注目もされなかった展覧会ですが、善光寺三尊像が4体展示されていました。そのどれも、いままで把握されていなかった仏像です。

保科・清水寺へ、一部でしたが、拝観できました。

長野信濃美術館「”いのち”のかたち」展。カタログのかわりに仏像入門本を出版。どうも館員の実力に問題がありそうです。

5月16日 金沢文庫
 「日向薬師」展

5月26日 黒沢ビル
 上野仲町通りにある、旧小川眼科医院の3階建ての建物です。小川三知のステンドグラスが嵌まっていることで、知られているビルです。現オーナーが月1回見学会を開催しているのを知り、参加しました。参加者は私一人。

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玄関の欄間は普段でも見られますが、応接室に嵌まっているステンドグラスは、この機会でないと見られません。オーナーから、ホームページへの投稿を頼まれて、執筆しましたので、くわしくは、黒沢ビルのHPをご覧ください。

6月30日 岡谷~甲府
 中央線岡谷駅から歩いて10分ほどのところに、旧林家住宅があります。養蚕の元締めをしていた家です。壁には金唐革をはっています。

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その家の建具には、模様入りケシガラスが2種類嵌まっていました。ひとつは”大小花菱文” もう一つは”蜀江文”です。しかも、花菱文は2種類、蜀江文は3種類の型から作られていたのがわかりました。

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大小花菱文

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この住宅は、岡谷市教育委員会が調査報告を出していますが、このガラスについても調査報告を出しています。しかし、この手の分野は専門家がいないため、消化不良の調査に終わっています。

甲府市内にある甲府法人会館へ。竣工が大正15年のRC3階建てのビルです。
3階ホールの天井にステンドグラスがあります。

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一部補修が入っていますが、色の違いで判別できました。
各階窓には、ステンドグラス風のカラフルな色で模様を付けたガラスが嵌まっていますが、これは平成2年の改修時に透明の硝子を鉛線でつなぎ、色のついたフィルムを貼ったものです。ところどころに、フィルムの剥離が起こっています。しかし、内部のガラスに春霞とおもわれる結霜ガラスがありました。

7月4日 茨城県稲敷市~牛久市~つくば市
 大日苑(旧植竹庄兵衛邸)は、現在NPO法人で運営されている住宅ですが、なかなか資金的に苦しいようです。

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昭和14年竣工の建物です。ステンドグラスは和館の内部欄間に同じ絵柄で10枚ほど、別部屋に2箇所あります。

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シャトーカミヤ は観光地として、賑わっていますが、本館の建物が改修中で、不発。

つくば学園都市の北方に、矢中の杜(旧矢中龍次郎邸)があります。ここもNPO法人が運営しており、イベントの最中でした。この建物は昭和13年~28年にかけて建てられた建物です。窓ガラスは残念ながら、古いものはありませんでしたが、1階の食堂には壁から、板戸に絵が描かれていました。

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7月以降は、ブログを見ていただければ幸いとおもいます。

今年前半は、ブログの更新をさぼっていたせいで、記憶違いがあるかもしれません。その度ごとに、ブログを更新していればこんなことにはならなかったと、反省しきりです。

前半は、日光田母沢の建物のガラスに蜀江文を印刷していたという衝撃で、もっぱら“蜀江文”ガラス探しの旅をつづけていました。しかし、それも、ちょっとどん詰まりの感が否めません。

仏像研究では、例の”半跏趺坐”をどう処理したらいいのか逡巡をつづけています。学会の研究者は、本当に“半跏趺坐”に無知なのでしょうか。いやわかっていて無視しているのでしょうか。すべての仏像研究者に猜疑心がうまれています。

暮れの押し詰まった、12月22日、東京芸術大学大学院で博士後期課程学位論文の口頭発表を聞きにいきました。

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題は「宝菩提院菩薩半跏像・・・」です。宝菩提院像を半跏像というのは、昭和50年代までです。しかも、同席していた指導教官だろうとおもわれる松田誠一郎氏は、この仏像について「菩薩踏下像・・」という題名で美術史学会で発表しているのです。御自分が発表した名称と違う名称を使って博士論文を申請している学生に対して、そのタイトルについて何もいわないのです。ここで、議論が起きなければいったい、どっちが正解なのかわかりません。それとも、仏像の名前なんぞは、執筆者が勝手に名前をつければいいとでも思っているのでしょうか。

いったいこの学会どうなっているのでしょうか。

藪内教授は、どうぞ厳しい質問をしてください。と聴衆にうながしていましたが、指導教官がこんなでは、ばかばかしくて質問もしませんでした。

というわけで、今年も何もせずに終わった感があります。来年は、もっと力をいれなければと思う大晦日です。

このブログにアクセスしていただいた皆様にご多幸をお祈りいたします。、

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