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2016年7月

2016年7月24日 (日)

高知の旅

突然、名古屋の友人O氏から、電話で、高知旅行のお誘いを受け、二つ返事でOK。O氏の知り合いから、高知に招待をうけ、その同伴者としての旅行でした。目的は赤岡町の“絵金祭り”を見ること。ついでに、高知城を見学させてくれと、要望をだしておきました。

名古屋で、友人と合流し、車で和歌山港へ。フェリーで徳島港へ。

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鳴門大橋も遠くに見ながら、2時間ほどで、徳島港へ。そこから、およそ30分で、神山温泉に到着。

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町営の施設のようで、なかなかの温泉でした。

翌日、ひたすら、山岳道路をはしり、いくつかの峠を越えながら、途中、奥祖谷二重かずら橋を見学。

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また、小さな集落に、かかしが道路のいたるところに、おかれている“かかしの里”に遭遇。

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祖谷地方の生活の典型的な風景の、“落合伝統的建造物保存地区”を展望台から見学。走行中にみる民家は、かなり傾斜のある山の斜面に建てられているのを散見していましたが、これだけ集中的に建てられている集落は、実に壮観ですが、よくこんな不便な場所を住居に選んだのかは、何か、現代人の予想のつかない事情があったのでしょうか。

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夕方、高知のホテルに到着。O氏の友人の出迎えをうけ、赤岡町へ。絵金祭りは、日が暮れないと始まりませんので、近くの友人の親戚の染め物屋さんで、ご招待を受け、暗くなったところで、いざ出陣。

赤岡町の道路に、それぞれ個人で所有している、屏風を店の前に出し、その前に一本のろうそくをたて、その光で、絵を鑑賞するというスタイルのイベントです。

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絵の前には、説明する人がいて、狭い道に人で溢れていました。

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絵は、歌舞伎の演目を題材にとったもので、おどろおどろしい場面が描かれていますが、蝋燭のあかりだけなので、どぎつさが多少薄れて見られるようです。

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この町には、復元された“弁天座”という芝居小屋があり、このイベントに合わせて、芝居をやっていました。

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一地方都市の町のイベントですが、全国的に知れ渡った祭りになったようですが、もうひと工夫が必要かなと、思ったりして。

翌日は、日曜市をみながら、高知城へ。

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高知城の石垣は、その殆どが“打ち込み矧ぎ”で、コケむしている風情はなかなかです。これで、現存天守閣12棟のうち、あと残りひとつは、宇和島城の制覇のみとなりました。

昼は、久礼までいって、取れたてのカツオ料理を堪能。夜は、高知の夜のあそびをこれまた、O氏の友人のご接待で堪能してきました。

翌日は、10時に高知を出発。ひたすら高速道路をはしり、明石大橋をわたり、名古屋には18時30分に到着。東京に着いたのは、21時でした。

2016年7月 3日 (日)

新潟、志賀高原のガラス探訪旅

7月2日(土)日帰り旅行をしてきました。

まずは、上越新幹線、越後湯沢で下車。レンタカーで、十日町市松之山の大棟山美術博物館へ。
ここは、以前訪れながら、休館で中を見られなかった博物館です。博物館といっても、700年続く庄屋の家に、所蔵品を展示しているだけの博物館ですが、坂口安吾の親戚の家で、坂口安吾の資料が一部屋に展示されていました。

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私が見たいのは、もちろん板ガラスです。2階の窓には、赤・青・緑の色板ガラスが嵌まっているガラス戸があります。また、蜀江文の模様入りケシガラスも存在は確認していました。
中に入ると、1階の二面の廊下の縁側の戸の上のランマにその蜀江文ガラスが連続してはまっていました。これは、予想外でした。せいぜい内部の戸に数枚ある程度とおもっていましたので、ビックリでした。

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文様は、同じ型からつくられているのがほとんどでしたが、2~3枚のみ型の違うものが嵌まっていました。おそらく、補修で入れ替えたものとおもわれます。

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2階に上がると、廊下の一箇所の開口部の引き違い戸に色板ガラスがありました。

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四連の引き戸が2箇所で、両脇の戸には縦に4枚の大きな色板ガラス、その他は、上部に3枚の緑・赤・青の色板ガラスがはまっていました。

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板ガラスは、ところどころに泡がはいったもので、入れ替えたものはなさそうでした。また、透明ガラスの中も、手吹き円筒法とおもわれる板も数枚ありました。全体的には、並行したロール痕のあるガラスが主流のようでした。

さて、つぎは、車で2時間ほどかけて、須坂市へ。臥竜公園の中の須坂市立博物館にはいると、2階にあがる階段の踊り場に、ステンドグラスがはまっていました。これは、旧大倉製糸須坂工場にあったステンドグラスのレプリカだそうです。
旧大倉製糸は大正8~13年稼働していた建物で、その内部に嵌まっていたものだそうです。

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(写真は、掲載許可済、複写不可)
図柄は、中央に大倉喜八郎が受賞した勲四等旭日小授賞のかたち、その回りに、大倉家の家紋の五階菱と糸車、その外側には、桑の木と実という図柄だそうです。レプリカの製作者は、地元の石合敬という人物が平成18年に制作したということです。
現物も残されていて、市指定文化財、近代化遺産に認定されているとのことです。
現物の製作は、フランス製かともいわれていますが、確かに、葉の葉脈に絵付けをしていたり、オパールセントグラスを使っていないなど、ヨーロッパの様式をしめしています。
国産ではないことは確かでしょう。
しかし、指定された現物の写真をみてみると、本物には、縦に2本の骨が施されており、勲章部分のガラスは、レプリカでは、オパールセントグラスを使っていますが、現物はどうも違うようです。
以前は、同じ場所に現物が嵌まっていて、レプリカの作成の後に入れ替えたとのことですが、それならば、現物も同時に展示してもらいたいものです。レプリカと聞くと、あたかもまったく同じ材料で、同じ技法で作られていると錯覚してしまいがちですが、詳細にみるとその違いがわかるものです。レプリカはその制作者の一解釈に過ぎないということも考えておく必要があるとおもいます。

そして、志賀高原へ、志賀高原は、中学の3年間毎年スキー学校で行って以来です。しかも、雪の無い時期は初めてです。木戸池をすぎると、道の横の高台にある建物がそれだとすぐわかりました。
旧志賀高原ホテル(現志賀高原歴史記念館)です。昭和12年国策で建てられたリゾートホテルです。現在は中央のロビーのあるホール棟のみで、客室棟は残っていません。

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中に入ると正面に巨大な暖炉が鎮座し、2階は吹き抜けになっています。設計はドイツ人のようですが、壁に獅子頭を付けたり、日本画を壁に描くなど、日本を意識した山小屋風な意匠をしています。

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このホール棟の建物の正面も窓以外は、ほぼ、ステンドグラスが嵌まっています。そのステンドグラスは、西洋の紋章や、騎士の像など、絵付けを多用したデザインで、明らかにヨーロッパからの輸入品で間違いないと思います。この昭和12年竣工の建物には、当時の日本画家の大作が飾られています。ですから、ステンドグラスも日本の作家でもよかったのではとおもいますが、これは、あくまでも設計上の意図だったとはおもいますが、ちょっと建物の意匠とそぐわない気がします。

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玄関の天井にある照明器具。バルアイガラスが嵌まっていました。

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帰りは、ロングドライブでしたので、カーナビをセットして、ひたすらその通り走りました。
すると、車は白根山にのぼり、草津温泉におりて、長野原から中之条までは、予定どおりでしたが、そこから沼田へ抜けて、高速道路にはいるのが一番近道とおもいきや、わけの分からない山道にはいり、なんと17号線をはしるハメとなってしまいました。猿ヶ京温泉から、苗場をとおり、とうとう、高速料金を払わない道路をはしって、湯沢に無事到着。
安上がりはよかったにしろ、山岳道路を長時間走らされるのには、この年ではシンドイです。そこのところカーナビは考慮してくれないかな。

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