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2017年11月12日 (日)

塼仏(センブツ)の坐法

 先日、大津市歴史博物館での企画展『大津の都と白鳳寺院』を見に行きました。
大津周辺は、昔、湖西線の建設前の事前発掘に参加したことがあるので、なつかしさと、親近感があります。また、卒論で、崇福寺について調べたこともあり、この周辺の史跡、文化財の研究成果を注目していました。
 今回の展覧会は、その崇福寺出土の遺物が、多数出品されるのでは、という期待がありました。以前ブログに書いた、塔跡から発見された舎利容器などの遺物がすべて出品されるのを期待しましたが、原品は京博にあるそうで、複製があるだけでした。私としては、発掘品の中の無紋銀銭が、11枚しかないことを確認したかったのですが、残念です。常設展示にその当時の発掘状況の調書が展示されていましたが、以前書いた事件についてはふれていませんでした。

もうひとつ、見たかったのが、崇福寺出土の塼仏です。

Photo
図録では、“左足を外にして趺坐する如来坐像”と記しています。また趺坐です。ということは、結跏趺坐ではない。と筆者は認識しているようです。

このような坐法の塼仏は他にもあります。小山廃寺(紀寺跡)の塼仏です。

Photo_2
この塼仏は、右足先があると思われる部分に、衣の皺を表現しています。結跏趺坐とは、それぞれ一方の足先が他方の腿の上にある形です。右足先は左腿の上に乗っている形状でしょうか。もし乗っていると強弁するのなら、左膝の折り曲げた内側部分に、くぼみがあるはずはありません。すくなくとも、作者は、明確に結跏趺坐と理解して作ってはいないことが想像できます。作家自身もそれをあいまいにしたかったのでしょう。

もうひとつ山田寺出土の独尊大型塼仏です。

Photo_5

石光寺の十二連坐塼仏もこれらに近い坐法です。

Photo_6

それに対して、夏目廃寺出土の塼仏は明確に結跏趺坐を表しています。下記の塼仏は唐招提寺蔵ですが、夏目廃寺出土と判定されています。

Photo_7

また、膝部分が完全に出土してはいませんが、同范とされているものに、二光寺廃寺の塼仏があります。

Photo_4
この二つの塼仏は、衣の処理のしかたなど、法隆寺献納宝物にある押出仏の形式と同様式です。

Photo_8
いままでの塼仏の坐法とは、その膝部分の形状がちょっと違う塼仏があります。結城廃寺出土のものです。

Photo_9
膝部分を正面から見た形は、前記の塼仏は ∞ の形状をしていますが、結城廃寺塼仏は、中国の南北朝期の仏像のような角丸長方形になっています。結跏趺坐か半跏趺坐かはこの写真からでは判定できません。

塼仏の中の如来像は、倚像がおおく、坐像の例は、細部がはっきりしない小連坐塼仏を除いて上記の7例程度しかありません。
その少ない例で、まとめると、少なくとも、明らかな結跏趺坐と、結跏趺坐ではない二種類が存在することがわかります。

米田浩之「塼仏の分類に関する一考察」『東アジア瓦研究』3 2013年10月31日 では、分類基準で、図像属性分類の中に姿勢の項目を設けていますが、その分類表には、立・結跏趺坐・倚坐 の三種類しかありません。つまり、半跏趺坐の概念がないのです。

その他、歴代の研究者の塼仏に関する論文では、半跏趺坐、あるいは結跏趺坐ではないという記述はありませんでした。むしろ、積極的に結跏趺坐と記しているのです。

坐法に関して、これだけの違いがありながら、 これらを一律に結跏趺坐だというのは、あまりにも乱暴です。

また、結跏趺坐でない形状を何で “半跏趺坐” と呼ばないのでしょうか。

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