展覧会

2010年1月 2日 (土)

新春の上野浅草

Photo “博物館で初詣”のキャッチコピーにのせられて、東京国立博物館に行ってきました。まずは本館正面で、獅子舞。入口正面では、和太鼓の演奏と、正月気分を盛り上げてくれます。

Photo_2 地下のミュージアムショップにいると、そこまで、獅子舞が侵入してきました。客は一瞬おどろいているようでしたが、そういえば、幼少のころは、正月になると獅子舞が各家の玄関に入り込んでちょこっと舞を舞って、お金を獅子の口にいれるというのが、普通の正月風景でした。子供は獅子の口の中に入ると、ご利益があるといったようなのがあったっけ。小さい頃の私は、獅子舞のおじさんがこわかった印象があります。人の家に勝手にはいって、たいした芸でもないのをちょこっと見せてお金を無理矢理取っていくという感じだったのでしょう。それにくらべて、三河漫才は七福神みたいでユーモラスでした。

Photo_3 さて、やはり気になる仏像のことをひとつ。常設展に展示してあった、東博蔵の不動明王立像です。平安時代11世紀頃の作品といわれています。この仏像の裳の着衣の仕方がどうも気になりました。

正面右側に寄せて、布をむすんでいるようですが、これは、腰布(腰巻ストール)を結んでいる表現ではないのです。

しかも裳の折り返しが3段になっています。普通は1段か2段です。というのも、2段とは、下裳と上裳の折り返しで2段になるので、3段というと裳を3枚も付けているということになります。

折り返しの布を正面右で結んでいるために、裳の衣文が垂れ下がっている表現になっているのでしょうか。

Photo_4Photo_5 左右面を見ると、どうも左右の整合性がとれていないようです。左側面を見ると、腰布(腰巻ストール)のようにみえますが、右側面では、3段の裳の折り返しの表現です。

普通にこのように着衣して、こういう形にはならないと思うのですが、ただ図像か何かの見本を何となく写したような気がします。

もともとか、ずっとか、日本人はこういう布を腰に巻くという習慣がなかったのではと思わせます。

次に、浅草へ。地下鉄を降りると、もうすごい人だかりです。しかも改札口に沢山の人が待っているのです。携帯で待ち合わせすると、こういうことになるようです。

それで、観音様はあきらめて、松屋の古本市に行ってきました。かなりの量がありましたが、手が延びそうなのはありませんでした。

Photo_6 松屋のサイトにある、屋上に上がれば、東京スカイツリーがよく見えます。という記事に踊らされて、遊園地になっている屋上に上がると、まわりには松屋と同じ高さの建物が建っているし、おまけに、まわりは金網でかこっていて、やっと撮影スポットを探して、写してきました。

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2009年10月 4日 (日)

『石見の仏像』展から

Photo  今回の『石見の仏像』展はなかなか論評しずらい展覧会です。34体の仏像は、飛鳥から江戸時代まで、すべて網羅していますが、それでは、この展覧会の目玉は? というと、鎌倉・極楽寺が現所在の不動明王坐像というには、ちょっとインパクトがありません。石見国分寺の本尊の焼損仏に至っては、炭化した木材を見せられても、何の想像もできません。

それでは、石見地方らしい仏像とは、何か? と問われてもこれだけでは、何とも論じようがありません。石見地方としての特徴を探そうとしたことが違っているようです。むしろ、それだけ、中央、あるいは半島との交流があったと見るべきなのかもしれません。

Photo_2 その中で、大喜庵の観音菩薩立像に注目しました。大喜庵はこの展覧会の前に行った、雪舟が没した旧東光寺であり、その敷地に雪舟の郷記念館がある場所です。

この仏像は、“無眼”です。眼球の膨らみの下の線は彫られていますが、瞼の線はありません。彩色が全て剥落しています。こういう仏像を見ると、果たして、伏し目がちの眼の表現と解釈することができるのか、と思うことがあります。伏し目と目をつぶっているとは、全然別の表現方法です。

もし、仏像が眼をつぶっているとすると、教義からも、特殊な事例を別にして、崇拝対象が拝む人に眼をみせないというのは実に変です。目は口ほどにものをいうのであって、目の表現によって、教化するのが宗教だろうと思うのですが。

安立寺の千手観音立像は、地方色の強い、平安時代中期の仏像ですが、両肩部に施転文があり、目の彫法も、上瞼を前に出し、はれぼったく彫っています。

全体的に、それぞれの時代の、一般的にいう地方色がかなり希薄な感じを受けました。鎌倉時代にいたっては、院派の仏像も出現しており、とても辺境な地とは思えない印象でした。

この地では、数年にわたって、仏像の調査をおこなってきたようですが、その成果としての報告書を早急に見てみたいものです。そうでないと、この展覧会出品の仏像だけでは、石見の仏像の特徴が想像できません。

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2009年7月29日 (水)

伊勢神宮と神々の美術

Photo 東京国立博物館で、『伊勢神宮と神々の美術』展が開催されています。この展覧会は平成25年の第62回式年遷宮を記念して開催されたものだそうです。ずいぶんと先の話で、もっとも準備はすでにはじまっているのでしょうが、こんな時に、展覧会でもりあげようとしているのでしょうか。それにしては、ちょっと目玉不足の感がいなめません。

会場も『染付』展と同時開催ですので、展示会場も通常の半分になっています。

展示品も伊勢神宮に関係するもの、伊勢地方の作品の展示だけでは足らなくて、神像では、大分・奈多宮や京都・松尾大社、京都・岩清水八幡宮などの神像を動員しています。

Photo_2

彫刻では、伊勢関係の彫刻ばかりではなく、他地域の神像が出品されていたので、それもよしか、とおもいます。

Photo_3 さて、その神像の中で、例によって、“無眼”の彫刻を見ることができました。ひとつは、奈多宮の八幡三神の内の女神像です。この3体の内、1体の女神像はどうも他の2体と同作ではないようですが、宝冠をかぶる神功皇后像だけが、“無眼”です。解説では「神功皇后は伏し目がちで穏やかな姿に表される。」としていますが、果たして、これは伏し目なのでしょうか。

同作の僧形像がちゃんと眼を表現しているのに、この女神像は同様の表現をしていません。同時期に造られたものでも、眼の表現を変えるというのは、どういうことなのでしょうか。ますますわからなくなってきます。

 

Photo_4 おなじ奈多宮の若宮神坐像は6体のうち小女神像2体を除いた4体が、“無眼”像のようです。しかし、そのうち写真左下の菩薩形像はうっすらと、瞼を彫っており、どうも、眼を表現しているようです。それが、後でつけられたのかは、わかりません。

それは、井上正氏が言っていた、これから化現している途中を表しているのでしょうか。しかし、どうもこの説には、まだ納得がいかないのです。もうすこしサンプルを集める必要があるような気がします。

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2009年7月20日 (月)

TAOISM ART

Photo 『道教の美術展』を日本橋の三井記念美術館で見てきました。カタログでは、およそ400点の出品になっています。カタログのページも400ページにおよび、辞書並の厚さです。

 

 

内容は12章におよび、以下のような構成になっています。

  1. 中国古代の神仙思想
  2. 老子と道教の成立
  3. 道教の信仰と尊像
  4. 古代日本と道教
  5. 陰陽道
  6. 地獄と冥界・十王思想
  7. 北斗七星と星宿信仰
  8. 禅宗と道教
  9. 仙人/道教の神々と民間信仰
  10. 道教思想のひろがり
  11. 近代日本と道教
  12. 拡散する道教のイメージ

Photo_2 まあ、道教に関係するものすべてのテンコもりです。1~3章は中国における道教です。4~8章までは、日本における仏教などの信仰のなかにある道教をとりだしています。さらに、9~10章も、日本の民間信仰のなかの道教的なものをとりあげ、さらに、11~12章では近代の岡倉天心から現代絵画・彫刻にまでおよんでいます。

カタログの中で齋藤龍一氏が書いているように、日本国内に道教尊像がほとんど伝世しなかった現実があるために、展示品も、直接道教に関係する尊像というのがないのです。

彫刻では、石造の道教像、役行者、大将軍神、十王像、妙見菩薩、伽藍神、媽祖が出品されていましたが、単発での出品なので、これらの彫刻のルーツが道教かといったことでしかないように感じました。

それにもまして、この展覧会は次に開催する大阪市立美術館がメインのようで、東京では、会場の関係か、ずいぶんと間引きされています。

大将軍神が4体出品されていたのは、現地で見るよりもしっかりと見られたのはよかったです。とくに、51号像は“無眼”とそうじゃないとの微妙な神像です。こういうあやふやな眼の彫り方をしている彫刻はむずかしいですな。

それにしても、これがルーツは道教かとおもわれるものが多数あり、道教とはつくづく奧深いものだと、感心しました。いはば、中国の自然宗教のルーツといってもいいもので、しかも、ありとあらゆる物を包含して生き残っているというのは、日本の自然宗教よりも、もっとしたたかな宗教のような気がします。

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2009年4月17日 (金)

寺院美術館

Photo 今回、善光寺では、三つの博物館(宝物館)を見ることになりました。ひとつは、忠霊殿という塔の1階にある史料館です。ここに、快慶か?といわれた阿弥陀如来立像が展示されていました。東京芸術大学で修理したために、芸大の簡単な調査及び修理報告がパネル展示されていました。胎内納入文書銘によると「定快」という人物名があり、快慶の工房であろうとしています。たしかに、快慶風ですが、快慶の弟子は以前にも書きましたが、全く作風を継承しているわけではないので、こればかりは何ともいえません。行快に似ているといえばそうかな?といった印象でしか語れません。

 

 

 

 

Photo_2

お前立も山門の文殊菩薩も参拝できなかったので、大勧進・大本願の宝物館へ行きました。両方とも、本堂の脇の迷路のような廊下を通って、宝物館にたどりつきます。中は外の騒がしさとうってかわって、ほとんど見学者がいませんでした。宝物のカタログがないので、すべておぼえてはいませんが、仏像も何体かあったような気がします。

もっとも子院もふくめれば、かなりの寺院の数です、善光寺すべての悉皆調査をやれば、かなりの仏像がでること請け合いですが、そこまではいっていないようです。

別所温泉の安楽寺には、重文の頂相2体がありましたが、ガラスのスクリーンごしに見るようになっていて、ガラスの反射でとても見られたものではありませんでした。

Photo_3 常楽寺は何もなかったかなと思って、常楽寺美術館を覗いてみると、中国宋時代の木彫像がありました。この時代の木彫像といえば、他には大倉集古館像ぐらいでしょう。なかなか珍しい仏像です。

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2009年4月15日 (水)

善光寺展

Photo_2  善光寺の御開帳にあわせて、2つの展覧会を見てきました。ひとつは信濃美術館の“いのり”のかたち 善光寺信仰展 です。

この展覧会の目玉はリンデン民族学博物館の善光寺式阿弥陀三尊像です。解説によると、この仏像は最初パッカードコレクションで、ネルソンギャラリーに保管されていたのが、リンデン民族学博物館の所有になったという経緯のようです。

今回の展覧会には善光寺式阿弥陀三尊像が20数件もそろって、しかも微妙にその形の違いがあると、何かその中で様式の共通点を見出したくなります。そして、どういう系統になるのかまとめたくなります。しかし、善光寺式に限っていえば、解説の中で武笠氏が書いているように、同じ木型を用いる場合もあり、いわゆる模造とコピーとの違いという問題もあるようです。

模造あるいは模刻という概念をもうすこし整理しないと、清凉寺式や清水寺式の例をだされてもということはあります。清水寺式千手観音像が1体発見されただけでも、私はいいのですが。

また、善光寺仏師妙海の作品が2件でていましたが、妙海の作品の中では、上島観音堂の十一面観音像がやはり傑作と思いました。

Photo_3 長野県立歴史館のほうは、いわゆる歴史的な面をより重視したコンセプトをもって、展示していました。ただ、古代の渡来文化から説き起こしていくと、あまりにも時代が長すぎます。また、善光寺信仰の面からとらえるにしてもあまりにも総花的になってしまいます。

同じ県立の美術館博物館で、同様のテーマというのでは、もっとしっかりとした棲み分けが必要だったのではなかったのでしょうか。

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2009年4月 1日 (水)

阿修羅展

Photo_6 阿修羅展に行ってきました。開館後に着くと、もうすでに、入口の中まで並んでいましたが、止まることなく、スムーズに会場の中に入ることができました。展示室の中は比較的余裕をもった配置をしているので、じっくりとみることができましたが、十大弟子、八部衆像は、前宣伝がききすぎて、実際に見てもいささか食傷ぎみで、ざっとながしてきました。

さて、メインの阿修羅像の部屋にはいって最初の印象は、こんなに白っぽいの、という感じでした。興福寺国宝館で見た記憶のせいでしょうか。それとも、ライティングのせいでしょうか、随分と印象がちがいました。

Photo_7 この阿修羅像は明治35年に新納忠之介によって、六手あるうちの二手の肘から先を復元修理しています。合掌手の手のひらが合わさっていないのは、もとからそうなっていたのか、新納がそう復元したのかはわかりません。よく見てみましたが、修理の部分がよくわかりませんでした。さすが新納というべきか。

どうも、最近の東博の展示方法は、たしかに周囲すべてから見られる。視点の位置を高くして、おなじ目線で見られる。といった多様な視点を提供するのは、実に画期的なことなのでしょうが、どうもライティングという演出に走っているいやらしさが目につくことがあります。

立体造形は、ライティングひとつで、その印象は各段に違いがでてきます。個々が持っている印象という記憶はそれぞれが違うのは当然なので、その印象は様々なのは理解できますが、ライティングという演出によって、印象を創作してしまうとしたら、それは違うのではないかとおもいます。

今回は、むしろ、西金堂本尊の運慶作の仏頭、また両脇侍像、光背の飛天、四天王立像、といった、中金堂諸仏が見られたほうが、新鮮でした。四天王像の彩色の鮮やかさ、それに光背化仏の如来形坐像はまさに運慶作でした。

Photo_8 カタログは年々、豪華さをだしてきています。今回はクロスのハードカバーで、分厚さが増していますが、それでは中身はというと、写真ひとつとっても今いちの感があります。

阿修羅像のフィギアを買おうとしたら、初日で売り切れとのこと。予約で後で送りますというので、結局送料分余計に払わされてしまいました。これだけ前宣伝をしときながら1日で売切れはないでしょう。もっとも、私のようなミーハーがいるから売り切れになるのですが・・・。

 

Photo_9 帰りに東博の庭園を見てきました。しだれ桜も満開までもうちょっとというところです。気温がもちょっとあがれば、今週末は上野の桜は満開ということになるでしょう。週末は上野近辺を遠ざけることにしましょう。

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2009年2月 7日 (土)

三井寺展

Photo 今日が初日の『三井寺展』を見に東京ミッドタウンのサントリー美術館へ行ってきました。中はそれほど混んでいなくて、ゆったりと見ることができました。彫刻もガラスケースに入ってはいましたが、間近に、しかも背面にまわって見ることができました。

今回、久しぶりに見たかったのが、新羅明神坐像です。30年ほど前の展覧会で見て以来です。最初見たときの衝撃は忘れられませんでした。それほど強烈な印象をもっていたのは、あのタレ目の表現でした。神像とはいえ、人間に近い表現をするのが普通なのに、なんと強烈な個性を表現しているのだろう。という印象を持ち続けていましたが、今回見てみると、その顔は深く彫り込まれ、また、髯、皺の表現は実に繊細で、その彫技のすばらしさに感動しました。昔の記憶に残っていた印象から、目を彫っていないために、彩色で目を描いているのでは、と予想していたのですが、まったく違って、丁寧に彫刻されていました。

しかし、こんな異形ともおもえる表現はいったいどこからきたのでしょう。画像の新羅明神とも似ても似つきません。また、手が異常に細く繊細な表現をしているのも、何か異様さをさらに演出しているようでした。

この展覧会では、その他にも多数、仏像が出品されていました。園城寺は宝物館のような常時展示する施設がないので、このような展覧会の時にしか見られません。

また、園城寺には光浄院と勧学院の客殿があります。国宝の書院造の建物です。いつも園城寺に行くと、塀ごしに覗くのですが、よく見えません。実にいい建物なのですが。

Photo_2 東京ミッドタウンのショッピングモールのガレリアは、いわゆる最新の名所なのでしょうが、このような空間は、池袋のサンシャインアルパが最初だったような記憶があります。建物の中心に吹き抜けの空間があって、そのまわりに店舗を配置するといった構成なのですが、どうもこの中で散策して、ウインドショッピングする気になれません。というよりも、歩いていて疲れるのです。その配置がいかにも整然と、清潔にというと、気がゆるむ空間がないのです。ガラス越しに外をみると、たしかに管理された公園の緑がみえますが、その先には巨大なビルが風景となっているのです。

ただただ、管理された空間を、管理されて見ているだけという息苦しさを感じるのです。これが、モダニズムというものなのでしょうか。

Photo_4 ずいぶんと話がソレてしまいましたが、ソレついでに、ガラスは透明なものという先入観がありますが、実は反射するものなのです。いわゆる熱線反射ガラスでなくても、透明ガラスは、このように周囲の風景を反射させます。ガラスは内部と外部の境をなくす素材として最適だといいますが、厳然として隔てはあるのです。このことを、建築家はよくわかってほしいのですが。

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2008年10月17日 (金)

『秘仏への旅』展

Photo 島根県立古代出雲歴史博物館で10月4日から開催されている『秘仏への旅ー出雲・岩見の観音巡礼』展のカタログが、なんと東京の本屋の店頭に並んでいるのを発見して、さっそく購入しました。

まだ見ていない展覧会のカタログを、現物を見る前に見てしまうという、何か禁断の扉を開けるような、手品のネタを前もって見てしまうような心境です。

内容を見てみると、出雲・岩見地方の観音巡礼の寺にある仏像・絵画を中心に出品しているようです。出雲地方は、まだまだではありますが、一応主だった仏像の調査は進んでいるようですが、岩見地方は今まで、調査しているという情報がない地域です。今回、数体ではあっても、出品されたのは、目新しいことだと思います。

特に今回の目玉というべき、新発見の定徳寺の銅造観音菩薩立像は、注目すべき仏像です。カタログでは、法隆寺像と対比させていますが、確かに共通点が数多くあるようです。

このカタログでは、仏像を4方向から撮った写真を掲載しています。巻末には、島根県の観音霊場に関する史料も載せており、このカタログは資料としての使い方のできる本となっています。

ただ、惜しむらくは、これだけの仏像・仏画があるのですから、島根県の仏像・仏画といった総論があってもよかったのではとおもいます。論考の主なものは、観音巡礼に関することで、美術史的な論考がなかったのが、残念です。

私の知り合いで、もうすでにこの展覧会を見にいった方がおられます。ぜひ印象記を寄せていただければとおもいます。

さて、カタログを手に入れてしまったから、もう展覧会へは行かなくていいのか、といったら、そうも行かないのが、悲しいさがですな。実物の立体感を目に焼き付けることが、カタログという二次元のものとは絶対的に違うことを、体験するいい機会だと知ってしまっているのです。

でも、何の知識もなく実物を見て、その後カタログで復習したほうがいいのか、事前にカタログで予習して、その後実物をじっくり見たほうがいいのか、はむずかしい問題です。

最近は、事前に見たい対象を調べはしますが、その詳細までは、あえて知識をいれないで、まず自身の感覚を尊重するようにしています。しかし、この方法で一番注意しなければならないことは、その自分の感覚を過信してはいけないことです。ややもすると、自分の感覚が絶対だと勘違いしがちなのです。自身の感覚ほど、そのときの気分に左右されるいい加減なものだという自覚をもたないと、独善的になります。そこは気を付けないといけません。

逆に、事前に調べてから、実物を見ると、客観的な見方ができます。しかし、事前の知識はどうしても、細部にこだわる傾向にありますから、全体的な印象がどうしても薄れてしまいます。木を見て森を見ずということに陥りやすくなります。

どちらにして、しっかりと自分の脳に焼き付けることが必要ですが、これも、年齢という肉体的問題にぶちあたります。そうすると、あとは気力だけか。うーむ!

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2008年10月15日 (水)

東博展覧会

Photo 例によって、病院通いのついでに、東博へ寄ってきました。、まだ12月4日までのパスポートのハンコが2つ残っていたので、今の内に消化するつもりで、と思ったのですが、まだ午前中なのに、ケースの前にはひとだかりで、並んでみるのもつかれるし、屏風は遠くからみればいいのですが、小さいものは、順番にということで、ザアー! と見ることになりました。

というよりも、この展覧会のテンコもりはすさまじいものがあります。最初の部屋から宗達、光悦のオンパレード。これでもか! と宗達、光琳がならびます。そのつぎは、光琳、乾山と絵画ばかりでなく、陶器もズラー! と並びます。やっと、酒井抱一が来ても、なんとおとなしい絵なのか、鈴木其一にいたっては、全然印象が薄れてしまってしまいました。

Photo_2

もうこれでは、ゆっくり鑑賞するというよりも、ただただ疲れ果ててしまいました。これは、よっぽど気合いを入れて行かないと、ただ圧倒されてしまいます。ひとつひとつは、すばらしいものばかりです。でも、これだけ優品ばかりそろえて、さあ見てください! といってもねえ。

そんなわけで、大枚¥3000円をはたいて、カタログを買うはめになりました。こんな分厚いカタログでは、いったい本棚に収まるだろうか。きっとツンドクことになりそうです。

Photo_3 平常展の彫刻室に行くと、見慣れない仏像がありました。山梨県桑戸区の五大明王像です。どうも、修理が終わっての展示のようです。きれいに、彩色がおちて素木になっています。もともと素木だったのかは、わかりませんが、表面をきれいにしたのでしょう。でもちょっときれいすぎです。

Photo_4 康円の文殊五尊像もありました。これは一体ずつケースにいれているので、それぞれよく見ることができました。康円はちょっと特徴のある様式を見せています。もっとよく見るとおもしろいかもしれません。調べることがまたふえてしまいました。

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