硝子

2016年11月13日 (日)

九州、滋賀、京都の旅(その1)

ひさしぶりに、3泊4日の長い旅行にいってきました。
例によって、板ガラスと仏像探訪の旅です。
11月3日
羽田より久しぶりの飛行機で、鹿児島へ。飛行機はどうもなじめません。まずセキュリティで必ず引っかかります。そのたびに、ベルトから財布まで外に出し、何回もゲートを通らなければならないからです。さらに、機内では、常にアメをなめないと耳の気圧を抜くことができません。おまけに、新幹線とくらべて、座席は狭いし、ガマンの2時間でした。
鹿児島は、鹿児島歴史資料センター黎明館で開催されている「八幡神の遺宝」展を見学。
目玉はやはり、大分・奈多宮の八幡三神像です。以前にみたことはありましたが、伝神宮皇后像の、“無眼” をもう一度確かめることができました。ほぼ同時期の,伝比賣大神像、僧形八幡神像の眼の彫り方と比べてみても、あきらかに、眼を彫っているとは思えませんでした。まして、眼をつむっているとするには、あまりにも無理があります。

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そして、歩いて、鹿児島第一の百貨店山城屋の7階にあるレストランへ向かいました。ところが、その日は鹿児島市内は“おはら祭り”で、主要道路を封鎖して、各町内の踊り手が行進するという大イベントの最中でしたので、レストランは、中に入るのに、大行列で、レストラン入口は人でごった返していました。
このレストランの入口に最近、松本ステンドグラスが製作したステンドグラスが嵌まっている、というのをNETで見て、行ったのでした。鳳凰の模様のなかなかいいデザインのステンドグラスが入口の両脇のFIXに嵌められていましたが、写真もとることができず、すぐさま退散。この山城屋のオーナーの岩元家には、小川三知の作品がはまっているのですが、非公開。この食堂のステンドグラスも小川三知風にデザインしてつくられたようです。
鹿児島中央駅から、新幹線で久留米へ、さらに鹿児島本線で、原田へ、そこからタクシーで、九州歴史資料館へ。

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「八女の名宝」展を見学。仏像は、谷川寺の仏像が展示されていました。9世紀の薬師如来立像が注目です。
住宅造成地の中を三国ヶ丘駅まで歩き、西鉄で、博多へ。

11月4日
博多より、電車で、新飯塚まで、およそ50分、そこからバスで10分ほどで、“旧伊藤伝右衛門邸”へ。

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玄関に入って右には。書斎、左に応接間があります。両方とも、窓のランマに同じ図柄のステンドグラスがはまっていました。中央に四角の透明ガラスに面取りし、各隅には、四角垂のガラスをはめています。色ガラスは蛍光のはいった黄緑色をしています。イギリス製といわれていますが、確かにオパールセントグラスを使っていません。

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博多にもどって、地下鉄で、箱崎九大前で下車、九州大学箱崎キャンパスへ。このキャンパスはほぼ移転がおわっており、古い建物のみ残して、あとの建物は取り壊している最中でした。その残す建物のうち、旧工学部本館の建物を見に行きました。玄関ポーチの天井にステンドグラスが嵌まっていました。ただ、ほこりをかぶったままで、クリーニングをしていないので、きれいにみえませんでしたが、

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玄関のランマのステンドグラスは、なかなかのものでした。

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地下鉄で、馬出九大病院前で下車すると、すぐに、九大病院にはいります。一般の患者は、病院のほうに向かっていきますが、九大医学研究院基礎研究A棟は、反対の方角にあります。この建物は実際に研究室として使われている建物です。研究生が出入りしていました。その建物の玄関に入ると、2階まで吹き抜けになったホールがあります。そのホールの2階の壁にステンドグラスの嵌まった開口部があります。

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また、多少デザインが違いますが、1階入口の両脇の窓にもステンドグラスがありました。

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しかし、このステンドグラスの嵌まっている部屋は使われていないようで、部屋の照明をしていないので、色がよくでていません。折角のステンドグラスなのに、そのよさを見せないのは、もったいない。ここのステンドグラスは内部ということもあって保存がよく、また、すばらしいデザインをしています。

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博多にもどって、特急ソニック号で、別府へ。駅から歩いて10分ほどのところに、別府市公会堂があります。ここの階段の踊り場にステンドグラスがありました。夜空に雲というデザインです。

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電車で大分に着き、今日はここで、泊まり。

その2に続く

九州・滋賀・京都の旅(その2)

11月5日
朝、レンタカーにのり、高速道路で、臼杵へ。臼杵石仏を拝観。ここは、2度目です。以前も修復後でしたので、あまり新鮮な印象がありません。

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ただ、以前見落としていた、満月寺をみてきました。何かこの谷間の地形がとても気になりました。

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車は、予定を変更して、以前見たことがある犬飼石仏、管尾石仏をスルーして、さらにその先の緒方宮迫石仏へ行くことにしました。
まずは、宮迫東石仏。

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そして、宮迫西石仏。

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車は、大分方面へ向かい、高瀬石仏へ。ここも以前来たことがありましたが、石窟といっても、岩がほんの一部しか残っておらず、平地に残っていた大きな岩を彫っただけのようで、当初の地形の想像がつきません。数年前改修をしたようですが、石仏の彩色も昔のようですし、どこを補修したのか、修理工事報告書をみてみないとわかりません。

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つぎに、大分市歴史資料館へ、「ほとけの王国ー大分の仏像」展を見学。
この展覧会の出品の中で、大山寺の普賢延命菩薩坐像、

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金剛宝戒寺の不動明王坐像

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が“半跏趺坐”でした。大山寺像は10世紀ですが、金剛宝戒寺像は平安後期の半跏趺坐像なので、何か理由が考えられる像ではあります。
市内方面へ向かい、岩屋寺石仏へ。ここは、ほとんど崩落して、尊名もよくわかりませんが、十一面観音立像だけは、かろうじて判別できました。

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すぐ近くの大分元町石仏へ。ここは覆い屋があり、保存も行き届いていました。その石仏の横の石仏は、かなり剥落してほとんど形を残していませんが、一具のものとしていいのでしょう。

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車を返すにはまだ時間があったので、急遽、喜春館へ、ここは、帆足家本家という造り酒屋の建物を、蔵をレストランや、喫茶店にしています。また、本屋には、洋服の展示即売をしており、各部屋に洋服を飾っていました。

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窓ガラスには、手吹き円筒法によるガラスが嵌まっていましたが、一通り室内をみて、庭を歩いていると、色ガラスらしきガラスが嵌まっている建具がありました。また、室内にもどって見ると、便所の廊下に青い色ガラスがはまっていました。

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こんなところに、色ガラスを使うとは、なかなかしゃれています。これは、新しい発見で収穫でした。
車を返して、電車で小倉へ、さらに新幹線で新大阪へ、今日は茨木で一泊。
11月6日
朝、京都で、荷物を預け、湖西線で、大津京へ。時間があるので、近江神宮へ。

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この近くにはよく来ているのに、今回が初めてです。例の崇福寺塔跡発見の舎利容器が見られると思いましたが、宝物館の開館時間には早すぎで断念。大津市歴史博物館「新知恩院と乗念寺」展へ。乗念寺は、10世紀の聖観音立像、新知恩院は、最近注目の釈迦涅槃像が注目でした。
そして、滋賀県立近代美術館「つながる美・引き継ぐ心」展へ。旧琵琶湖文化館に寄託されている仏像が数多く出品されているとおもいましたが、気になったのは、聖衆来迎寺の銅造薬師如来立像、若王寺如来立像、正法寺帝釈天立像、長福寺阿弥陀坐像、伊崎寺不動明王坐像くらいでしょうか。
正法寺帝釈天立像は、条帛に天衣をして、衤蓋襠衣には置口をつけています。この着衣方法だと、衤蓋襠衣は首回りを大きく開けた盤領で、頭からかぶる衣のようにみえます。

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伊崎寺は、以前安土城博物館でも出品されていましたが、あらためて“半跏趺坐”と確認しました。長福寺阿弥陀如来坐像は、いわゆるナタ彫り像ですが、“結跏趺坐”になっています。眼も、眼球のふくらみだけの表現のようです。
京阪電鉄で、京都市役所前で下車。北に向かって歩いて行くと、京都ハリストス正教会があります。今回はじめて、京都非公開文化財特別公開に参加した建物です。東京のニコライ堂と同じくロシア正教会の建物で、教会の祭壇がほかのキリスト教会とは、違った祭壇をはじめてみました。イコンはこのように飾るのかとはじめて経験しました。

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南下して、イノダコーヒー本店へ。中にはいると、休日の昼時で大混雑。入口横の扉のランマのステンドグラスの写真をとって退散。

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寺町通の中に、今回非公開文化財公開寺院である、誓願寺、安養寺があるのですが、スルーして、四条河原町の近くにある“築地”という喫茶店へ。

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2階に通されると、カウンターの横の裏の出入口に色ガラスの嵌まったガラス戸がありました。戸の前に椅子がおいてあり、扉も半開きなので、戸をしめて、椅子をどかしてもらえないかと、ウェートレスの学生アルバイトらしきお姉ちゃんに頼むと、動かせません。そこに入らないでください。とマニュアル対応をされ、しかたなく現状の写真でご勘弁ください。

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まだ時間に余裕があったので、知恩院へ、

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三門も今回の公開なので、急な階段をあがり、三門上の釈迦像と十六羅漢像、壁画を拝観。中は照明がなく、壁画もほとんど見えない状態でした。持参した懐中電灯で、壁画を照らすと、江戸末期から明治にかけての落書が多数ありました。ほんとはこうゆうのもしっかりと見せるのが必要なのでしょう。

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そして、近くの青蓮院門跡へ。そういえば、ここの前はよく通るのに、初めての拝観でした。

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京都駅へもどり、帰路の旅へ。

2016年10月19日 (水)

福井県・高岡・富山の旅(3日目)

富山は、まず、ライトレールという、市電のような電車で、「競輪場前」駅下車。

ちょっと、開館時間にははやいので、近くの富山港展望台へ。

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ここからは、富山港の全貌と、東岩瀬の町並みの様子がよくわかりました。

東岩瀬の町並みの中にある北前船廻船問屋「森家」はこの町並みでの一番大きな住宅のようでした。

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中の小さな庭の縁側に嵌まっているガラス戸のガラスは、手吹き円筒法による、泡の入ったガラスが多く嵌まっていました。建物は明治11年に建てられているので、おそらく創建当初のガラスかもしれません。

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富山駅にもどって、バスで富山市民俗民芸村へ。ここには、江戸期から明治の頃の民家を移築して、展示施設として利用している施設群です。

その中のひとつ、富山市陶芸館は、明治27年に市内で建てられた豪農の館で、昭和55年に移築し、全国各地の民藝陶器と呼ばれている焼き物が展示してありました。

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と、廊下の引き戸を見ると、模様入りのケシガラスが嵌まっていました。

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これは、どうもガラスに貼った紙を切り抜いて、サンドブラストをかけたガラスのようです。パターンは殆ど一緒のようですが、ケシが非常に薄い加工をしています。

もうひとつ、4連の引き戸に模様入りケシガラスがありました。

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この模様は、高橋是清邸、大阪・泉布観にある模様と同じです。型紙は違うようですが。

ここからバスには時間がありすぎなので、路面電車のある駅まで歩き、富山城にある富山市郷土博物館へ。この博物館の建物は、一見天守閣風の建物ですが、この建物の場所は門のあった石垣の上に建てられたもので、よくみると、実におかしな建物になっています。

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よくこんな、時代考証を無視した建物を造ったのでしょう。

富山市は、ガラス工芸に力を入れ、ガラス工芸をテーマに市ぐるみで普及に取り組んでいるようです。そのひとつの目玉が、去年開館した富山市ガラス美術館です。

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設計は、あの隈研吾です。図書館と美術館の機能を一緒にした建物です。

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6階建ての建物の中は、木の板とガラス、鏡をふんだんに使い、吹き抜けの空間が6階まであり、エスカレーターでつながっています。建物の中がまるで、ひとつの空間のようで、図書館部分は開放的な空間になっていて、本を読むにはちょっと落ち着かないかな、と思います。そのために、美術館の展示スペースが、階をわたってあり、エレベーターで行き来しなければならないのは、使い勝手が図書館の方を重点的に意識した設計なのかなと思います。
展示品のガラス工芸は、現代物なので、原色をつかった、華やかな色彩の作品だらけなので、これは、建物にマッチしているようにも見えます。

富山といえば、薬の町でもあります。薬種商の館 金岡邸へ行ってきました。

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建物の母屋は明治初期、新屋部分が大正の頃だそうです。金岡家は薬商だけでなく、銀行を設立したり、今ではコンピューター企業の設立にも関与した富山県の経済界に業績を残した家です。

建物の中に入ると、母屋と新屋の繋ぎの廊下の窓に全面結霜ガラスが嵌まっていました。よく見ると、その他の窓にも、結霜ガラスが多用されていました。

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ということで、今回は4件もの北前船の館を見て回りましたが、廻船問屋という情報を早く採り入れることが出来る職業柄、かなり先進的な文化を持っている印象を受けました。明治時代の時代の早い変化に素早く対応できる情報力が廻船問屋にはあったということでしょう。

今回は、仏像では、まだ半跏趺坐の仏像が見出されること、半跏趺坐の認識をもった人が一人でもいたことが、収穫だったのかな。

また、ステンドグラス、色板ガラス、模様入りケシガラス、手吹き円筒法のガラス を見ることができて、目的は達成出来たということでしょうが、もうひとつ解決できない問題をかかえてしまったような気がします。

ガラスも仏像もまだ道半ばです。

2016年10月18日 (火)

福井県・高岡・富山の旅(2日目)

15日

朝、福井から、電車で金沢をスルーして、高岡へ。氷見線に乗り換え、伏木駅で下車。
徒歩10分で、小高い丘の上に、望楼を備えた伏木北前船資料館はありました。

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この旧秋元家住宅は、明治20年の大火後に建てた建物で、小矢部川河口を見渡せる高台に位置しています。
中庭に面した廊下に、引き分け戸があり、そこに青と赤の色ガラスが嵌まっていました。

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と、その反対側に便所と台所のある建物があり、便所の突き当たりの片引き戸のガラスがいやに濃い色をしているのに気づきました。よく見ると、その戸に青色のガラスが嵌まっていました。

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このガラスは管理人も知らなかったようで、ビックリのようでした。

この伏木には、勝興寺というおおきなお寺があります。

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この唐門は、明和6年(1769)年建立で、京都・興正寺にあったものを、明治時代に移築したのだそうです。移築にあたって北前船の船主たちが大金をだしたとか。

伏木駅にもどると、電車の時間がまだ40分ほどあるので、駅舎の中にある観光案内所にはいると、案内人らしき初老の人が話かけてきました。伏木北前船資料館で色ガラスを見てきたというと、板ガラスの話で盛りあがり、よくよく聞いてみると、富山は、サッシメーカーの工場が数多くあり、それに関連した仕事に従事していた人のようでした。

高岡駅にもどって、徒歩で瑞龍寺へ。

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右の大庫裏は屋根の工事中で、足場がかかっていましたが、この景観が本来の寺院の伽藍というものでしょう。

東司にあった、烏枢沙摩明王像が法堂の中にまつってありました。

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上のは、コピー。

バスで金屋町の近くでおり、古い鋳物の町並みを歩いて行くと、高岡市鋳物資料館がありました。中には、鋳物の製作工程、道具などが展示してありました。

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これは、銅造仏像の製作途中の状態。

川をわたると、山町筋という町並みがあります。高岡御車山という祭りの山車が展示してある高岡御車山会館という展示施設がありました。中にはいると、10mはあるガラスケースの中にその山車がありました。どうやって、この10mもある板ガラスを施工したのだろうと、商売っけを出したりして。

町並みの中にある、菅野家住宅、旧室崎家住宅を見学。

バスに乗っていて気になった、高岡大仏を間近に拝観。

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現仏像は、明治40年建造に着手。昭和8年5月3日に開眼をした銅造の阿弥陀如来像です。原形は、東京美術学校出身の中野双山によるものだそうです。像高743cm

電車で高岡から富山に着き、夕食は、白エビ天丼に、白エビの刺身で満足。

福井県・高岡・富山の旅(1日目)

10月14日から16日まで、2泊3日の旅をしてきました。

まずは、敦賀で、車を借り、日本海沿いに北上、越前町にある北前船の館・右近家へ。
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北前船の船主であった10代目右近権左衛門は、明治時代、海運の近代化と同時に海上保険業に進出し、11代目右近権左衛門は、日本海上保険の社長をつとめ、昭和10年、この本宅の後山の中腹に西洋館を造りました。この西洋館の階段室にステンドグラスはありました。
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玄関横の窓も無模様のステンドグラスがありました。
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ここから、内陸へ車を進め、越前市へ。越前市武生公会堂記念館「正覚寺展」を見学。
この展覧会には、善光寺式阿弥陀如来立像が出陳されていました。この越前市という地には、善光寺式阿弥陀の作例が数多くあることがこの展覧会で知りました。
北村市朗「越前における善光寺三尊仏とその信仰(5)」『長野』156 1991.3 にその分布が記載されているとのことです。

北上して、鯖江市へ。鯖江市まなべの館「祭りと祈りの原風景」展へ。
仏像が7体ほど展示されていました。

そして、福井市へ、福井市立郷土歴史博物館「福井の仏像」展へ。
30数体の仏像が1部屋に展示されていました。その中で、注目は、味真野神社の聖観音坐像でした。

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平安後期 12世紀の仏像ですが、半跏趺坐です。カタログの執筆者は、解説で、ちゃんと”半跏趺坐”と書いています。大変勇気のある人か、学界の情勢に疎い研究者なのでしょう。
もうひとつ、大滝神宮堂の虚空蔵菩薩坐像も逆の意味で注目です。

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この仏像は、平安前期 9世紀の仏像であるにもかかわらず、しかも、虚空蔵菩薩像の図像にはない、“結跏趺坐”なのです。

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これは、どう解釈したらいいのでしょうか。珍しい例としてあげておきます。

車は、高速道路にはいり、北上して石川県に入り、片山津ICでおり、北前船の里資料館へ。この建物は明治9年、酒谷長兵衛が建てた住宅です。

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この橋立という地は、北前船関連の住宅が集住した町だそうです。古い町並みが残っていました。

海岸沿いに西へ、車を走らせると、吉崎御坊の跡にたどり着きます。

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北潟湖と、正面は鹿島の森という天然記念物、左方に吉崎御坊があった御山があります。いまは周囲が埋め立てられて、陸の上の丘になっていますが、当時は、潟に突き出た半島のような場所だったようです。要塞としての立地になっていました。

内陸にむけて走ると、旧三国町に「みくに龍翔館」が山の上に見えてきます。郷土資料館として建てた建物ですが、明治12年から大正3年にかけて建てられた龍翔小学校を再現した建物です。

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窓には、樹脂ガラスに色づけした疑似ステンドグラスが嵌められています。

あとは、福井駅にもどって車を返却するばかりでしたが、時間もあるので、丸岡へ寄り道。城の中には入らなくて、城の周りをぐるっとまわって、福井市に到着。

2016年7月 3日 (日)

新潟、志賀高原のガラス探訪旅

7月2日(土)日帰り旅行をしてきました。

まずは、上越新幹線、越後湯沢で下車。レンタカーで、十日町市松之山の大棟山美術博物館へ。
ここは、以前訪れながら、休館で中を見られなかった博物館です。博物館といっても、700年続く庄屋の家に、所蔵品を展示しているだけの博物館ですが、坂口安吾の親戚の家で、坂口安吾の資料が一部屋に展示されていました。

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私が見たいのは、もちろん板ガラスです。2階の窓には、赤・青・緑の色板ガラスが嵌まっているガラス戸があります。また、蜀江文の模様入りケシガラスも存在は確認していました。
中に入ると、1階の二面の廊下の縁側の戸の上のランマにその蜀江文ガラスが連続してはまっていました。これは、予想外でした。せいぜい内部の戸に数枚ある程度とおもっていましたので、ビックリでした。

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文様は、同じ型からつくられているのがほとんどでしたが、2~3枚のみ型の違うものが嵌まっていました。おそらく、補修で入れ替えたものとおもわれます。

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2階に上がると、廊下の一箇所の開口部の引き違い戸に色板ガラスがありました。

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四連の引き戸が2箇所で、両脇の戸には縦に4枚の大きな色板ガラス、その他は、上部に3枚の緑・赤・青の色板ガラスがはまっていました。

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板ガラスは、ところどころに泡がはいったもので、入れ替えたものはなさそうでした。また、透明ガラスの中も、手吹き円筒法とおもわれる板も数枚ありました。全体的には、並行したロール痕のあるガラスが主流のようでした。

さて、つぎは、車で2時間ほどかけて、須坂市へ。臥竜公園の中の須坂市立博物館にはいると、2階にあがる階段の踊り場に、ステンドグラスがはまっていました。これは、旧大倉製糸須坂工場にあったステンドグラスのレプリカだそうです。
旧大倉製糸は大正8~13年稼働していた建物で、その内部に嵌まっていたものだそうです。

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(写真は、掲載許可済、複写不可)
図柄は、中央に大倉喜八郎が受賞した勲四等旭日小授賞のかたち、その回りに、大倉家の家紋の五階菱と糸車、その外側には、桑の木と実という図柄だそうです。レプリカの製作者は、地元の石合敬という人物が平成18年に制作したということです。
現物も残されていて、市指定文化財、近代化遺産に認定されているとのことです。
現物の製作は、フランス製かともいわれていますが、確かに、葉の葉脈に絵付けをしていたり、オパールセントグラスを使っていないなど、ヨーロッパの様式をしめしています。
国産ではないことは確かでしょう。
しかし、指定された現物の写真をみてみると、本物には、縦に2本の骨が施されており、勲章部分のガラスは、レプリカでは、オパールセントグラスを使っていますが、現物はどうも違うようです。
以前は、同じ場所に現物が嵌まっていて、レプリカの作成の後に入れ替えたとのことですが、それならば、現物も同時に展示してもらいたいものです。レプリカと聞くと、あたかもまったく同じ材料で、同じ技法で作られていると錯覚してしまいがちですが、詳細にみるとその違いがわかるものです。レプリカはその制作者の一解釈に過ぎないということも考えておく必要があるとおもいます。

そして、志賀高原へ、志賀高原は、中学の3年間毎年スキー学校で行って以来です。しかも、雪の無い時期は初めてです。木戸池をすぎると、道の横の高台にある建物がそれだとすぐわかりました。
旧志賀高原ホテル(現志賀高原歴史記念館)です。昭和12年国策で建てられたリゾートホテルです。現在は中央のロビーのあるホール棟のみで、客室棟は残っていません。

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中に入ると正面に巨大な暖炉が鎮座し、2階は吹き抜けになっています。設計はドイツ人のようですが、壁に獅子頭を付けたり、日本画を壁に描くなど、日本を意識した山小屋風な意匠をしています。

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このホール棟の建物の正面も窓以外は、ほぼ、ステンドグラスが嵌まっています。そのステンドグラスは、西洋の紋章や、騎士の像など、絵付けを多用したデザインで、明らかにヨーロッパからの輸入品で間違いないと思います。この昭和12年竣工の建物には、当時の日本画家の大作が飾られています。ですから、ステンドグラスも日本の作家でもよかったのではとおもいますが、これは、あくまでも設計上の意図だったとはおもいますが、ちょっと建物の意匠とそぐわない気がします。

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玄関の天井にある照明器具。バルアイガラスが嵌まっていました。

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帰りは、ロングドライブでしたので、カーナビをセットして、ひたすらその通り走りました。
すると、車は白根山にのぼり、草津温泉におりて、長野原から中之条までは、予定どおりでしたが、そこから沼田へ抜けて、高速道路にはいるのが一番近道とおもいきや、わけの分からない山道にはいり、なんと17号線をはしるハメとなってしまいました。猿ヶ京温泉から、苗場をとおり、とうとう、高速料金を払わない道路をはしって、湯沢に無事到着。
安上がりはよかったにしろ、山岳道路を長時間走らされるのには、この年ではシンドイです。そこのところカーナビは考慮してくれないかな。

2016年5月18日 (水)

鳥羽大庄屋かどや

先週(5月14日)に、三重県鳥羽市にある、「鳥羽大庄屋かどや(旧広野家住宅)」を見に行って参りました。サミット会場も近くなので、警察官がやたらと目に付きました。

鳥羽駅からひとつ先の「中之郷」という無人駅には、立派なステンドグラスが二面嵌まっていました。駅から、徒歩10分ほどで、道の突き当たりにその建物は見えてきました。

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旧広野家は、江戸時代、鳥羽の大庄屋で、明治になって、薬屋をはじめ戦前まで続いたそうです。建物は、文政8年(1825)の棟札のある建物と、明治17年(1884)までに増改築された建物がつながっています。

まず内部の座敷の引き違い戸です。

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模様入りケシガラスは、蜀江文に斜めに線が入った模様で、縦と横に使い分けています。この模様が、この建物の中で一番多く使われていました。

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更にもう1種類七宝文のケシガラスがありました。

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もう一つの座敷の間の引き違い戸は、

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線を斜めに交叉させた模様のケシガラスです。

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玄関ホールの道路側の窓に斜めにケシ加工をして、その中に模様をちりばめたガラスが2枚嵌まっていました。

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模様は、巴文や、後出の便所入り口のガラスの模様の部分を切り取ったものなどを散らしてあります。

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もうひとつ、内部の片引き戸には、結霜ガラスが嵌まっていました。

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座敷から廊下を通して、庭が見えますが、その座敷のランマに、さっきの蜀江文に斜め格子の模様のケシガラスに、中を雲の形にマスキングして、その部分だけサンドブラストがかからないように透明にしたガラスが嵌まっています。

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さらに、廊下のランマにも貼交ぜ風の模様入りケシガラスがはまっており、そのランマの一部には色ガラスが嵌まっていました。

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さて、その廊下の突き当たりに色ガラスと模様入りケシガラスが嵌まっている引き違い戸があります。NETで見た写真は、この戸しかありませんでした。

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模様入りケシガラスは、蜀江文と斜め格子文です。

その横の便所の引き違い戸には、なんと8種類にも及ぶ模様入りケシガラスが嵌まっていました。しかもそのうち5種類は、初めて見る模様でした。

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一応、花菱横筋文となづけました。

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これは、以前見たことがある、花菱文。

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これも、見たことがある七宝文。

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花が入った麻葉文

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花びらの多い花文

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これは、よく見る大小花菱文。

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張交ぜの模様に入っていた何の花か不明な花文。

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風車文と名付けました。

便所の中にはいると、小便器のある部屋の窓には色ガラスが嵌まっていました。

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更に大便器のある奥の部屋の窓も幅はせまくなっていますが、同じ作りになっていました。

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さらにその下の窓にも色ガラスがあるのには、ビックリです。

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この建物に嵌まっているガラスは、透明の硝子に中には、手吹き円筒法によって作られたものも、よく残っていました。

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上は、廊下突き当たりの引き違い戸の青色ガラスですが、泡がはいっています。

建物は、明治時代に建てられたものですが、その後、おそらくは、大正時代にガラス戸などに入れ替えたのではないかとおもわれます。

とくに、これだけ模様入りケシガラスの模様のバリエーションには、驚くものがあります。関西圏では、この模様入りケシガラスの例がほとんど確認されていない現状で、これだけの種類の模様入りケシガラスが嵌まっているというのは、どう解釈したらいいのか、考えさせられました。

おそらく、この鳥羽という地は、名古屋からの影響が強い地域と見ないといけないのかなと思います。しかも伊勢型紙の産地である、白子が鳥羽と名古屋の間にあるので、なにか関係性を感じざるを得ません。

これからは、中部圏での、模様入りケシガラスの製造所の探索も行わなければいけないのかなと思います。

それにしても、この建物は大収穫でした。

2015年7月26日 (日)

東京都庭園美術館

ご無沙汰です。およそ半年ぶりになります。その間、いろいろと出かけて見聞を広めていましたが、一度、筆を遠ざけると、なかなかその筆を持つ気になりません。もっと、ざっくばらんに書けばいいのでしょうが、調べ足りないことがあると、それがネックになって、筆がすすまなくなります。<>

読者の皆様からは、どうしたのか?とご心配のメールもいただき心苦しくおもっていました。なんとか、そのこだわりも捨てて、不完全であっても、独断と偏見があってもとりあえず、書いておこうと思うようになりました。

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それで、再開の第一弾は、目黒にある東京都庭園美術館で開催されている『アール・デコの邸宅美術館』展です。この展覧会は、旧朝香宮邸の内部をそのまま見せるという展覧会です。今までの展覧会は、本邸の部屋に展示品をおいて見せるというものでしたが、今回は、部屋の意匠そのものを展示する展覧会です。しかも、平日に限って写真撮影可という特典付きです。

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この朝香宮邸ののすばらしさは、アール・デコをそのまま日本に再現してしまったことです。本場のフランスでも、このような意匠、作品がそろっているのは、おそらくないのではないかと思います。

まず、そのアール・デコの目玉は、玄関のラリックのガラスレリーフです。女性像は鋳造で造られ、まわりの花綱模様は、サンドブラストによる彫りこみ、さらに、弗化水素酸による処理をし、その中に色をいれています。

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ラリックは、その他にも、シャンデリアのガラス、鋳造したガラスでつくった照明器具などがあります。

この邸の内部の扉も注目です。これは、カタログによると、エッチングで模様を彫り、エッチング面に色をつけ、その後裏面を銀引きして、鏡にして、扉に貼り付けたようです。したがって、エッチングの施していない箇所が鏡になっています。エッチングにこのような色をつけるというのは、日本にはない発想です。

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その他の照明器具をみれば、そのほとんどは、エッチングによる模様を彫ってはいますが、エッチング面に色をつけるというのはありません。エッチングとは不透明な白い面に模様を浮き上がらせるというものという先入観があったからなのでしょうか。その意味では、アール・デコはすごいということになります。

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今回はとくに、照明器具を注目して見てきましたが、色硝子を使った照明が2箇所ありました。この建物のなかでは、ちょっと異色な感じがします。

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窓硝子は残念ながら、その殆どがアルミサッシに変わっており、中のガラスもゆがみのない現代にガラスにかわっていましたが、一部残っていました。型硝子はほとんどが舶来でしょうが、その当時のものでないのもあるようでした。

それにしても、この建物は、まったく日本らしさのあるものがありません。ありとあらゆるものを舶来品で作り上げているようです。その意味でも、すごい建物です。

2014年8月 3日 (日)

常総建物探訪

およそ半年ぶりの書き込みです。

その間、読者の皆様には、色々とご心配をおかけいたしました。まあ、今の所普通に生きております。生来の怠け癖がでて、ずるずると、怠けておりました。

そんな訳で、少しは改心して、このブログを続けていこうとおもいますので、あまり期待せずに見守ってくださるようお願いいたします。

あまり重い話題ですと、どうしても、下準備に時間がかかったりして、更新が滞ってしまいますので、できるだけ軽い話題ということで、

昨日、この暑さの中、常総地方に出かけていきました。それは、ネットに、朝日新聞の山形版で、旧青山邸に嵌まっているガラスについての記事がありました。写真を見ると、以前私のブログに何回も載せた、「蜀江文」の模様入りケシガラスでした。これを、有名な、家具の専門家が、明治期に長崎で作られた高価なガラスだと評していました。記事では、こんな高価なガラスをわざわざ長崎からとりよせた青山家はすごい財力の持ち主だった。という趣旨のようでした。

この先生、どうもガラスのことはドシロウトのようで、「蜀江文」もわからなかったようです。朝日新聞にそのことを投書しましたが、ナシのつぶてです。

今回は、その「蜀江文」の用例を増やしたく出かけた次第です。

まずは、茨城県常総市にある水海道風土博物館 坂野家住宅 です。関東鉄道で水海道まで行き、タクシーで3000円ほどの田園の中に、黒塀でかこまれた、広大な敷地をもった屋敷があります。いわゆるこの地域の名主で、新田開発で名をはせた名家です。

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茅葺きの主屋は国指定重要文化財になっていますが、それに接続して、二階建ての書院という建物があります。大正9年に建てられた建物ですが、その主屋との接続廊下に「蜀江文」のガラスが嵌まっていました。

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書院のまわりにガラス戸がありましたが、どういう製法でつくられたかは、まだ判断がつきませんでした。

つぎに行ったところは、常磐線我孫子駅から徒歩20分ほどのところにある、「旧村川別荘」です。この建物は、東京帝国大学教授村川堅固と子息堅太郎の別荘として建てられ、二棟の建物があります。母屋は大正10年に近くの宿を解体移築したものですが、かなりの補修がはいっているようです。

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もうひとつ新館は、昭和2~3年頃、朝鮮の建物を参考として作ったと書いていますが、屋根の形は日本風で、扇垂木が朝鮮風なのでしょうか。この建物はあまり補修が行われていないようですが、ガラス窓も当初のものが入っていました。しかし、このガラスの説明は、日本板硝子のコルバーン法によって作られたと断定しています。本当かな?

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最後は、新京成の習志野駅から徒歩10分の、陸上・航空自衛隊習志野駐屯地の中にある洋館です。今回は、イベントで、中に入れる日だったので、でかけました。駒場に「御馬見所」として、明治44年建てられた建物をこの駐屯地に移築したものです。いまは「空挺館」という名で、ここに駐屯している、第一空挺団関係の資料を展示していました。

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この建物の部屋に入るドアの上にある欄間にすべて「蜀江文」の模様入ケシガラスが嵌まっていました。これは、当初のガラスとすると、この「蜀江文」のガラスの初見かもしれません。細部を見てみると、今まで見た模様と比べて、多少稚拙さがあるように見えました。

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そんな具合で、模様入ケシガラス探訪の旅にはまっています。次に見に行くところを現在調査中です。

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2013年12月22日 (日)

登米興福寺の模様入りケシガラス

 それでは、今回の旅行の主目的だった登米興福寺の模様入りケシガラスをお見せしましょう。

興福寺の書院には、色ガラスの市松模様の間に模様入りケシガラスが嵌まっていましたが、6種類の模様パターンを確認しました。この中には、初めて見るものもあります。

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まずはこれを、花入斜格子文 と名付けました。

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格子カスリ文と 名付けた文様は、大小あり、次のは大のほうです。一応 カスリ文 としました。

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小のほうは、井桁カスリ文 としました。

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上記2種類の模様は、棒状のケシ面の先端をボカシています。ちょっとしたテクニックを使っているようです。

次は、模様の図鑑にもある模様で、麻の葉文。

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次も図鑑にある、籠目文。

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不老仙館に大量に嵌まっていた、蜀江文。

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書院の外部から見ると、普通は、一枚板に、模様を切り抜いて嵌めるか、組子障子にする箇所ですが、この建具が当初(明治20年代)から作り付けられたのかは、よくわかりません。後から建具をはめ込んだとも考えられます。

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この書院の次の間の障子には、蜀江文のガラスが嵌まっていました。

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模様入りケシガラスは、まだまだ色々なパターンがあるようです。また新たな発見があるのは確実です。

さて、模様パターンから見れば、これは、日本の伝統的模様を使っていますので、国産は間違いのないところです。いったい この模様入りケシガラスは、いつ頃から、どこで加工されていたのでしょうか。また、現在この加工をおこなっている加工場がまだ存在するのでしょうか。この技術が途絶えてしまったのでしょうか。

まだまだ調査しなければならないことが数多くあります。

 

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