場所

2012年5月26日 (土)

上野公園再整備

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 上野公園の噴水と噴水周辺の整備事業がやっと終わりました。以前と違うのは、噴水と噴水周辺の形状が多少変化していました。そして、広場に2つのカフェがオープンしました。

 

 

 

 

 

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正面左には、スタバ、右にはパークサイドカフェという、軽食もだすカフェがオープンな座席を設けています。上野にしては、なかなかシャレています。

 

 

噴水は、以前とくらべて、水辺に近くなりましたが、噴水の演出も大分様子が違いました。

およそ10分程度の噴水ショーを見せてくれます。

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この霧で終わりです。

2011年4月17日 (日)

桜散る

 もう東京の桜は葉が出てきました。今年は、開花が遅かったのは、桜だけで、新緑はもう始まっています。新緑と桜のピンクのコントラストが見られたのは、収穫だったのかもしれません。

ゆうこさま 東京の桜はもうおしまいです。これからは新緑ですよ。

でも、今年は、満開になってから、風が吹くことがなく、桜吹雪をの中を歩くことができませんでした。

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朝、ちょっと早起きして、隅田川の桜橋までいきました。花見を自粛したせいか、土手沿いの道は、ゴミもなく、通勤の自転車がスピードを出して、追い抜いていきました。

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芝に用事があり、増上寺へ、4月に三門に上がれるはずだったのですが、地震のため中止。

おまけに、江戸東京博物館で開催予定の五百羅漢展も延期となって、このところ、季節がよくなっても仏像を見る機会がありません。

 

 

 

 

 

 

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そんなこんなで、東京タワーを見上げると、やはり先端が曲がっています。

 

 

 

 

 

 

 

浜松町に出て、芝離宮へ。こじんまりした庭園ですが、ここの庭園の石組はすばらしいものがあります。

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浜離宮とくらべて、ノンビリできるのがいいですね。

そして、浜離宮へ。ここは団体で押し寄せてきます。おまけに、結婚式の記念写真をここで撮るスポットになっているようです。

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プロのカメラマンが一生懸命アングルを考えて撮っているようです。

でも、ちょっと見上げると、背景は高層ビルだらけ。これが、科学技術の粋と自然との調和なのでしょうか。

都会のオアシスとは、こういうものなのか、と考えさせらることしきり。菜の花畑も都会で見るとこんな感じ。

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2011年4月 9日 (土)

満開の桜

 先週の半ばすぎ頃が、東京の桜の満開でした。今日は北風が吹いて、雨も降ってはいますが、まだ持ちこたえているようです。

まずは、東博の庭園の桜からPhoto_2

つぎに、去年時期を誤って、満開を逃した六義園のしだれ桜を挑戦してきました。さすがにこの桜は圧巻です。

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そして、小石川植物園へ、ここは、桜並木が広々とした園地にあって、ゆったりとしていて、ピクニック気分で、花見ができます。

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都内では、やはり千鳥ヶ淵が一番かな。

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来週は桜吹雪の中を歩いて見るのもいいかな、と思ったりして。

2011年3月12日 (土)

自宅の惨状

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やっと、2つの本棚を起こしました。まだ固定していないので、本は散乱したままです。

久し振りの肉体労働なので、すぐに疲れてしまって、休憩がてら、ブログに書き込みをしています。

左は、幅3mほどの本棚です。壁の長押に固定していました。ところが、この長押がくせもので、ちゃんと固定してあるとおもったら、石膏ボードに貼り付けただけの物でした。

いくら、安物のマンションでも、長押というのは、洋服のハンガーをかけることができる強度をもつものでしょう。今頃になって、手抜き工事を発見したからといって、どうにもならないし。それを信用して、本棚をそこに固定したのが失敗だったのです。

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これは、寝室にある本棚です。天井に固定していたので、倒れるとはおもいませんでした。

なんと、横のボルトが外れて、倒れたものでした。床から天井までぎりぎりに収まっているので大丈夫と思っていたら、横にゆれて、ボルトが外れ、さらに直角方向にゆれたために、倒れたようです。

今回はどうも、一方向からのゆれではなく、左右方向からのゆれもあったようです。

両方とも本棚の設計ミスです。ところが、倒れていない本棚でも、3cmの厚さの集成材なのですが、本がすべって落下していました。こうなると、どうしようもありません。

まあ、すこしづつやりましょう。しょうがないもんね。

2011年1月19日 (水)

松聲閣の思い出

 音羽で一仕事して、ここからなら、永青文庫も近いので、散策することにしました。目白通りを横切って坂を降りると、和敬塾の建物が建っています。その左には、長い塀があり何やら不思議な木造の建物があるようです。右奧の和敬塾本館(旧細川家邸)は、前もって申し込みをすれば見られるのですが、いつか機会を見計らってというところです。

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このあたりは、熊本の細川家の広大な敷地の中のほんの一部です。永青文庫は、細川家の倉庫だった建物で、美術館としては、ちょっと貧弱な感は否めませんが、細川家の敷地の中ということで、そんな雰囲気を味あうのもいいかもしれません。

その下の新江戸川公園も、細川家の庭をほぼ生かしてあります。

最近、永青文庫から、新江戸川公園に入る道ができました。以前は、一度坂を降りて、正面からでないと、庭園に入れませんでしたが、今回は、庭園の裏山から池を見下ろしながら公園に入ることができました。

 

 

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池は、薄く氷が張っていました。こんなのを見るのは、東京では何年ぶりでしょうか。それだけ今年は寒いということでしょうか。

一本だけ、梅が咲いていました。そのうしろの2階建の建物が松聲閣です。

 

 

 

この松聲閣は、以前は、貸し部屋で、区で管理していたとおもいます。大学に入りたての5月頃だったでしょうか、サークルの新一年生だけでコンパをここでやりました。

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酒、つまみは持ち込みでやったので、安上がりに済まそうとしたのでしょう。先輩から、2級酒よりも安い、合成酒を寄付してもらい、10数人の男があつまり、飲みなれない酒でドンチャンさわぎをしました、この建物の中で大暴れをして、結局、ほとんどが酔いつぶれ、私も、地面がグルグルまわるのを初めて体験しました。どうやって家に帰ったかの記憶もありませんでした。

それ以来、われわれが出入り禁止になったのは、言うまでもありません。

 

 

 

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この松聲閣は細川家の学問所として使っていた建物のようです。かなり老朽化がすすみ、とうとう集会所としてもつかわれなくなってしまったようです。

この書き付けをみて、何だか少しばかり申し訳ないような気持ちになりました。

若気のいたりとはいえ、貴重な建物を汚したことが、その寿命を縮めたとすれば、取り返しのつかないことをしてしまったと、後悔するばかりです。

 

 

 

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とおもいながら、秋葉原を歩いていると、交差点の街路灯につかまって、パイプの手摺の上に登って、大騒ぎしながら記念写真を撮っている、外国の若い女の子の集団に出会いました。

このところ、こういう公共マナーの悪い外国人を見て、ムカムカとします。

年のせいでしょうか、ひとこと注意したくなるのです。

 

 

 

 

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もう世間体を気にする年でもないので、躊躇することはないのですが、しかし、もうすこしおおらかな気持ちになってもいいのかな、と、もうひとりの自分がささやきます。

私の若い頃も結局、大目にみていただいた大人がいたからこそなのかな、と思ったりして。

それにしても、日本人は、実にマナーのいい国民だとおもいます。秋葉原の歩道には、タバコの吸い殻ひとつ落ちていません。

外国では、ゴミをすてるのは、ゴミをひろう職業の人の仕事をつくるためだ、と言われたことがあります。しかし、その考え方は、おかしいでしょう。

 

 

 

2010年7月10日 (土)

つりしのぶ

夢さんのブログで、“銀座の風鈴売り”というタイトルで書かれていたのを見て、“風鈴”=“つりしのぶ”=小椋佳“忍ぶ草”と発想がひろがりました。

そういえば、むかしは縁側や窓には、つりしのぶがかけてあって、そこから風鈴の音色が聞こえてきたもんです。もうそんな風景が見られなくなって久しくなったようです。

小椋佳の“忍ぶ草”という唄も、つりしのぶのある風景から恋の唄に結びついています。まさに、今頃の季節感と、情緒を醸し出していて、歌詞・曲ともジンときます。

そんなで、“つりしのぶ”が気になっていたのですが、入谷の朝顔市には売っている店がありませんでした。で、浅草のほおずき市ならば、きっとあるだろうと思って観音様へ行ってきました。

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浅草寺の本堂は今改修中です。覆い屋の建設中です。足場のシートに龍を描くなんていうのは、さすが浅草ですな。

 

 

それで、グルッとまわってみると、5、6軒つりしのぶ専門の店がありました。やはり、いろいろなバリエーションがありました。

 

 

 

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 そんなこんなで、人ごみをかきわけて吾妻橋までくると、スカイツリーとビールジョッキビルとキントンウンが目の前に見えてきました。

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しばらく隅田川の上流に歩いて行くと、アサヒビールビルのガラスカーテンウォールにスカイツリーが映っているのが見える場所がありました。ことほどガラスカーテンウォールの施工に問題があることを示してくれる風景です。

 

 

 

 

 

 

 

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まあ、それは置いといて、よく見ると、ゴンドラで、ビルのアワの部分を清掃しているのが見えました。上部では、安全帯もしないで拭いているのが見えます。大丈夫かな、安全設備が他でされているのならいいのですが。

2010年7月 7日 (水)

下町風景

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7月6日から8日まで、おそれいりやの鬼子母神で、朝顔市が開かれています。朝顔市は朝はやくいかないと、いい鉢にめぐりあいません。ですから、朝7時には、もう人でいっぱいになります。

今年の鉢は2000円均一でした。年々すこしずつ値段が上がっているようですが、去年はいくらだったかな?

 

 

 

 

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ここの市は、道路の一方だけ朝顔だけを売る店がならんでいます。反対側は、たべもの屋がならんで、完全にすみ分けています。

おそらく、朝はやいうちに朝顔だけを買いにくる人がおおいのだろうとおもいます。

夕方に、ゆっくりとみたいという人は反対側を歩いてから、朝顔をみるということなのでしょうか。

 

 

 

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 ちょっとはなれた空き地をみると、宅急便のお兄さんが集結しています。これだけの宅急便のユニフォームを着た人が集まるとは相当なビジネスチャンスなのでしょう。

普段の日なので、朝通勤ラッシュに鉢を持って電車に乗れないので、宅急便が店の前で待ち構えているのです。目のつけどころが違います。これが各社競っています。

 

 

 

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去年このブログにも書きましたが、下町七夕まつりも8日までです。今年は道路の中心にスカイツリーが聳えていました。

2010年6月16日 (水)

虹のスカイツリー

 毎日、玄関のドアを開けるとスカイツリーが見えます。毎日のことなので、変化が感じられなくて、いつの間にか第1展望台ができあがってきています。今日現在398mだそうです。

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今年の元旦から、間を見てすこしづつ写真を撮っていましたが、新聞等で注目されていた頃は、毎日毎日のびているのがわかりましたが、このところ、展望台の工事がのびているのがわかるのですが、本体のほうの延びがすくないようです。

 

 

【元旦】隅田川からのスカイツリー

 

 

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【4月13日】 自宅前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【5月20日】 両国のホテルの25階からの撮影。379mの表示があります。この日は雨で上部が雨雲に隠れています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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【5月28日】 自宅前。第一展望台がすこしづつ立ち上がっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そして今日、電車から降りると、夕立が降っていました。歩いているうちに、雨はやんできましたが、近所のオバサンが空を指さして近くの子供にいいました。“ほら! 虹よ!”

自宅の玄関から振り向くと、くっきりとした虹がでていました。

あわててカメラをとりだして、この瞬間をパチリ!!

2009年10月 6日 (火)

首都高の子猫

Photo  外の道路が何かさわがしいので、見てみると、消防のはしご車が目の前の道路の真ん中に止まっていました。近所のおじさんがいうには、首都高に猫が挟まっているというのです。ひとだかりに行ってみると、猫の鳴き声が聞こえてきます。距離はかなり離れているのに、はっきりと聞こえてきます。

首都高をみると、道路の壁の隙間になにやら動く気配がしています。どうも、コンクリートの壁の隙間にはさまって出られないでいるようです。しばらくすると、猫の頭が見えてきました。

Photo_2 はしご車は消防士2人を籠に乗せて、猫に近づいていきます。すると、もがいていた猫が、ポトンと橋脚に落ちていきました。そして、橋脚の奥に逃げ込んでいってしまいました。

下からはハシゴをかけ、消防士が網を持って橋脚の中に入っていきました。しばらくすると、捕獲した。と声がしました。はしご車の籠にズタ袋が渡されました。そして、そのまま道路に降りていきました。

 

 

 

Photo_3 猫はダンボールの中に入れられ、無事救出ということになりました。一件落着。

ということですが、そもそも、何故猫が高速道路にいたのでしょう。そのこと自体が不思議です。

それにもまして、この日本は、動物の命にも公共は実におもいやりをもってくれます。消防士警察官など、2~30人はいたでしょうか。これだけの人数を動員してまで遂行するという任務を、いともあたりまえのように行っていきました。

2009年7月25日 (土)

アカダマ

毎日新聞奈良版に“アカダマ”のマスターの記事が載っているのを、アカダマのマスター本人のブログで知りました。この記事でやっと、“アカダマ”のマスターのこと、その歴史がわかりました。

Photo 初めて、奈良の一人旅をした高校3年生のとき、奈良の案内書には、“文殊庵”という喫茶店のことが書いてありました。案内書を片手に行ってみると、そこは、骨董屋が喫茶店をしている、古ぼけた店でした。でも何となく骨董品に囲まれて飲むコーヒーに古都奈良らしさを感じたものでした。今は、喫茶店をやめて骨董屋のみになっています。

大学に入って、はじめての奈良合宿の前だったか、先輩に教えられたのかはわかりませんが、“アカダマ”という奈良に通の人が行く喫茶店があるというのを知りました。

 

 

Photo_3 中に入ってみると、店内は暗くて、低いカウンターの中に坐って、サイホンにコーヒーを入れているマスターらしき人がいました。べつに“いらっしゃいませ”といわれたわけでもなく、ホットコーヒーをたのんだ記憶があります。そこでは、コーヒーしかメニューがないというか、通の人はなにもいわなくてもコーヒーがでてくるといった雰囲気でした。お客は大声で話すでもなく、こそこそと話しているか、黙って黙々とコーヒーを飲んでいる人だけでした。まあ、なんとなく、奈良通の人間になった気分を味わうために、通ったような気がします。

 

 

 

 

 

Photo_2 それから、しばらくして、数年前から奈良に通うようになってから、よく、寄るようになりました、学生時代は1階に店があったのですが、今は、同じ場所で2階に移っていました。

店の中に入ると、見覚えのあるマスターが相変わらずサイホンでコーヒーを入れていました。しかし、今はカウンターに坐っているだけではなく、カウンターの中で動き回っていました。すっかり白髪になってはいましたが、昔と少しも変わらない風貌でした。

別に、眼を合わせて話すでもなく、40年ぶりであっても、私を覚えているわけがありません。最近通い出していても、マスターは私をたまに来る単なる旅行者の客としてしか見ていないでしょう。

そんな雰囲気が好きです。マスターがどんな人物なのかは知らなくてもいいのです。一日中奈良を歩き回ると、見逃してはいけないという緊張感で、どっと疲れがでるのです。それで、ただ、歩き疲れた旅人をホッとさせてくれる空間があると、それだけで、奈良に来た実感が得られるのです。

新聞によると、マスターは「奈良まほろばソムリエ」にもなっている奈良通で、南都楽所で笛と舞を演じており、県かるた協会の会長でもあるそうです。まさに、奈良を知り尽くしている人のようです。

でも、そんなの知らなくても、なんとない話を遠くからちょっと小耳にはさむ程度で、聞くのがいいとおもうのですが。

今度もまた、寄れたらいいなと、楽しみにしています。

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