2025年11月 9日 (日)

山陰・若狭の旅 令和7年11月

 キャンセル待ちでサンライズ出雲をゲットして、朝、米子に到着し、倉吉方面に走りました。
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最初は、「北栄みらい伝承館」で開催されたいる『北栄町の文化財』展です。六体の仏像と、写真パネルが三体展示されていました。その殆どが北高尾観音寺の仏像です。鳥取県で数少ない平安仏です。仏像の着衣に注目するものがありました。
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そして、倉吉の古い町並みを散策し、『豊田家住宅』を見学。パンフレットに”フローラ”というガラスがはまっているという記述が気になり、訪れてみました。実際は、フローラではなく、サンゴバンのNo.91 "Silesia" でした。それにしても、これだけ大きい寸法のガラスを使っているのは大変めづらしい。
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次の日は、朝から、列車を乗り継ぎ、日本海沿岸をおよそ5時間走りました。倉吉→鳥取→浜坂→城崎温泉→福知山→東舞鶴 舞鶴の町を歩いていると古い料亭を発見。夕食は、そこで、名物海軍カレーとロールキャベツを食し、館内にある古そうなステンドグラスを発見。
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赤れんが博物館
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最終日は、若狭路を博物館巡りしました。高浜郷土資料館、福井県立若狭歴史博物館、敦賀市立博物館です。若狭歴史博物館の展覧会には、目玉の長慶院聖観音坐像に注目しました。半跏趺坐であることを確認し、腰布をお尻に敷いている形状も見ました。その他、常禅寺不動明王坐像(複製)、正楽寺釈迦如来坐像も半跏趺坐と確認しました。残念ながら、図録の製作が遅れて会期末にならないと発売できないとのことです。
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帰りは、敦賀より新幹線グランクラスでゆっくりとリラックスして、旅の疲れを取りました。
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2025年10月31日 (金)

静岡に遊ぶ 令和7年10月

秋の一日、静岡ですごしました。まずは、静岡市歴史博物館で開催の「しずおかの古仏たち」展です。
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市内の久能寺、霊山寺、新光明寺、建補寺の寺院ごとの仏像が展示されていました。ロビーには、霊山寺の金剛力士立像があり、
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以前見た、新光明寺の阿弥陀如来立像がありました。
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平安末から鎌倉時代の仏像がそろっていました。次に、村上英二記念開明堂museumにいきました。
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村上開明堂という板ガラス加工メーカーの美術館です。自動車のサイドミラーなどの有数の鏡メーカーなので、古代の銅鏡を収集していたそうです。本社ビルの一画に設けられた展示スペースには、銅鏡は一枚しかなく、殆どが根津美術館に寄贈されたそうです。ただ、会社の沿革を展示していた中で、以前見学した、旧沼津御用邸の改修工事を担当したことが展示されていました。この建物の改修工事には、注目していたことがあって、割れたガラスの補修がすべてゆがんだガラスだったことです。こういった改修工事は、今まで見たことがなかった画期的な改修工事だったので、どこのガラス施工会社が担当したのか修理工事報告書をしらべましたが、わかりませんでした。やはり、ドイツのランバーツの手吹き円筒法のガラスをつかって補修したのだと、納得がいきました。
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昼は、駅近の「浮月楼」で季節限定の食事を奮発し、
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午後は、「ステンドグラス工房かわもと」で、ステンドグラスの製作工程の見学をしました。実際の工程は理解していましたが、細部にわたっての技術的な方法などは、その場で質問しないとわからないことが多く、大変勉強になりました。というわけで、充実した秋の一日でした。

2025年10月 1日 (水)

旧前田邸(鎌倉文学館内) 鎌倉市 昭和47年竣工 令和7年9月見学

旧前田家別邸(現在 鎌倉文学館) の敷地に居住用として建てられた住宅です。建築にあたって、別邸に嵌まっていたステンドグラス3枚を移設したそうです。
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六角形のステンドグラスは、別邸2階談話室に嵌まっていた写真がありますが、
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その他の2枚がどこにあったのかは不明です。旧前田邸には、1階居間のランマ、1階両引き分け窓、2階寝室の丸窓、2ヵ所のドアの額、がありました。
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1階居間ランマ
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1階窓
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2階寝室
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2階ドア
この旧前田邸は、鎌倉市が検討した結果取り壊されることが決定しています。ステンドグラスは保存されるようですが、すべて残るのかわかりません。建築時に新造されたものもあるかもしれませんので、慎重な調査が必要かとおもいます。
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昭和11年竣工の鎌倉文学館は、内部の写真撮影が禁止されていたため、外部からしか写真がありません。今回、気づいたのは、玄関横の2枚のステンドグラスを外部からみると、補強棒がケイムにそって斜めに一本はいっています。ちょっと珍しい。
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2025年8月11日 (月)

浜松市美術館『大ガラス絵展』 令和7年7月19日~11月3日

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 ちょうど土用丑の日と、講演会が重なり、まず目標は、鰻を食することでした。浜松には、過去2回訪れていて、その度に鰻屋を探索してきましたが、今回3回目は、準備万端、開店30分前に行き予約をとって、食することができました。鰻屋によってそれぞれ個性があって、鰻の奥深さを実感しました。
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 さて、展覧会は、ドイツのアウスブルグ市アートコレクション&美術館を中心として、浜松市美術館が所有している内田コレクションなど、ヨーロッパ・中国・インドネシア・日本と、世界中のおよそ200点にもおよぶガラス絵が展示されています。『ガラス絵』というテーマでこれだけの量を一地方の美術館で開催することができたのは、内田コレクションがあっただけではなく、それをもとに美術館が研究を積み重ねた結果だとおもいます。さまざまな国て製作されている『ガラス絵』の研究拠点として、さらなる研究成果を期待しています。
 講演会は、ドイツの美術館館長、学芸員、大学名誉教授の3人でした。『ガラス絵』の基本的な情報、技法、歴史などが講演されました。
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今回の展示で、ガラス絵には、さまざまな技法を使って描かれているのがわかりました、金箔を貼ってそれを掻き取ってえがく技法や、螺鈿を貼る方法、ガラス絵特有の一般の絵画とは反対の描画方法で、どういう技術がつかわれたのかといった疑問に答えてくれました。
 
私の疑問で一番注目していることは、素材の板ガラスがいつ頃、どこで、どういう方法で作られたのかということでした。
カタログ所載の論文ジュリア・クワント「儚し芸術作品ーヨーロッパのガラス絵の歴史」によると、ヨーロッパで、ガラス絵が盛行したのは、16世紀前半に平滑で高品質のガラスが生産されてからで、製造場所は北東イタリアのヴェネトからチロルの広域な地域からということです。その頃の板ガラスがどういう方法でつくられていたかについて明確な言及はありませんが、今回の展覧会カタログには、数点のガラス絵の素材に関する調査報告が書かれています(森直義「ガラス絵の技法と修復」)。
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そのひとつが、「基督降誕図」(浜松市美術館蔵)です。製作は16世紀後半、ヴェネチア・チロル地方で、ガラス寸法 27.0㎝×13.0㎝ 厚さ 3.0㎜~4.0㎜となっています。CTスキャンをもとにした3D画像によると、2辺にロールによってのばされた跡があり、いわゆる単ロール法によって板状にのばされたと確認できます。さらに、白色干渉顕微鏡によると、接地面には灰とおもわれるガラス表面の微細な凸凹があるということですが、ということは、接地面は、研磨をせず凸凹の状態で絵の具をのせたということになります。単ロール法での接地面は、ガラスは均一に冷却されないので、凸凹が生じます。ということは、透明にならないということです。この作品に使われている板ガラスがどの程度の透明度かは記述がありません。疑問の残るところです。
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18世紀になると、ヨーロッパ各地で、手吹き円筒法による板ガラスの生産が活発になったということが、ガラス絵の普及からうかがえます。板ガラスの厚みも。1㎜から2㎜程度に薄くなります。そして、泡も楕円形になります。大きな板ガラスの生産は、産業革命のイギリスで、1830年代から工業化された工場で大量生産されるようになってからです。
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2025年7月 4日 (金)

旧渋沢邸のステンドグラス

旧渋沢邸のステンドグラス 江東区潮見 洋館:昭和5年以降 令和7年7月見学
 
 抽選で何回か落選していたのに、たまたま空きを発見し、申し込むと見事当選、猛暑の中、室内は冷房が無く冷水を提供してもらい熱中症にならずに見学できました。渋沢邸は、明治11年に表座敷を建築してから、明治44年三田綱町に移築、昭和5年に洋館を増築、平成3年に青森県六戸町に移築、令和5年現在地に移築されました。
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ステンドグラスは、昭和5年増築した洋館部分にあります。
まず、玄関の両脇にある嵌め殺し窓2ヵ所、ツバメのデザインです。
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客間には、暖炉の両脇と、右側にひとまわり大きな窓が1ヵ所と計3ヵ所のステンドグラスがあります。暖炉の両脇は、木にとまった一羽の鳥、右側の大きな窓には二羽の鳥が描かれています。この3ヵ所の窓の枠の下端には「生活空間再現2025年1月31日 製作:(株)大竹ステンドグラス・(株)斉藤木工所」の銘板があります。
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食堂には、3連のランマ、その下に3連の両開き窓があります。また、その右側には両開き窓が1ヵ所同じデザインのステンドグラスがあります。地には、"MUFFLED"とおもわれる型ガラスを使って、抽象柄を中央に配しています。六戸町時代の写真では、3連の両開き窓には、ステンドグラスがなく、令和の移築改修時に復元したものとおもわれます。
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書斎には、引き違い窓にステンドグラスがあります。地は蛍光色の”PLAIN"を使っているようです。右の石仏は渋谷敬三の所蔵品だったそうです。南北朝か?
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2階の寝室の雨戸には、ひし形のガラスが嵌まっていますが、その内の2枚はブルーのダイヤが嵌まっています。
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透明の窓ガラスの一部にゆがんだガラスが残っています。ラバース法による細長い泡があるガラスを見つけました。他は、並行のゆがみがあり、コルバーン法によるガラスとおもわれます。
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移築復原工事は、昭和5年時の状態にすることをコンセプトにしているということで、さすが、清水建設だけあって、よく調べた上での復原工事だとおもいます。是非とも、その調査結果と復原方法の詳細を、復原工事報告書としてさまざまな方法で誰でも入手できる公開を切望いたします。関係者にだけ配るというのは、公開とはいえませんし、スーパーゼネコンの名がすたるというものです。

2025年6月10日 (火)

型硝子コレクション

 最近、昭和時代に爆発的に生産された日本の型硝子について、一部で注目をあびているようです。そして、その型硝子の写真リストをあげているサイトがいくつか散見されます。しかし、日本の3メーカーは、自らが生産した型硝子の資料をまとめて明らかにしていません。なので、各3メーカーの社史、広報誌などで、情報を得るしかありません。そのなかで、型硝子の名前がわかっていながら、現物あるいは、その写真が不明な硝子が存在します。
旭硝子(現AGC)の社史に記載されていながら(P418)写真のないものが、
 フローラー  4㎜ 昭和34年5月
 まさご   4㎜ 昭和40年12月
 ブロッサム 4㎜ 昭和30年8月
 
日本板硝子(現NSG)では
 ミストライト 昭和31年
 しま            不明
 
があります。そのうち、旭硝子製 「まさご」の現物が手元にありましたので、写真を掲載します。そのほかの不明の型硝子の情報がありましたら、御連絡をください。よろしくお願いいたします。
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2025年2月27日 (木)

信州上田の旅

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 ひさしぶりの日帰り旅行です。雪の浅間山は格別です。

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上田市立美術館で開催の「特別展 ハッケン!上田の仏像」展に行ってきました。数年にわたる上田市の悉皆調査の成果としての展示ですが、上田市以外の長野県の仏像も目玉として展示していました。

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そのひとつが、大法寺普賢菩薩立像です。以前、拙ブログに「大法寺十一面観音・普賢菩薩像」というタイトルで小文を発表したことがあります。
https://shunjudo.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-1075.html
今回の図録での記述によると、萩原氏は「眉・目・髭を墨で描いている」としていますが、その墨を確認したのでしょうか、証拠を見せていただかないと信用できません。ちゃんと確認して書いていただきたいとおもいます。

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今回の展示の中にも。”半跏趺坐”らしき仏像がありました。「19 薬師如来坐像 川西地区」です。11世紀の仏像としていますが、どうも”半跏趺坐”らしい。はっきりと確認できませんでしたが、是非、これから出版するであろう「調査報告書」にはそのことを記述してほしいとおもいます。

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今回、たまたま上田市の案内パンフレットに載っていた「重文常田館製糸場」を見学することができました。外観のみでしたが、まったく窓のない五階建ての繭倉庫がおどろきでした。

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別所温泉は、数十年ぶりの訪問です。残念ながら、常楽寺美術館が冬季閉鎖中でしたので、北宋の木彫像を見ることができませんでした。有名な蕎麦屋もちょうどこの日が休みで、訪問する日時を誤った感が強かった一日でした。

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2025年1月23日 (木)

大覚寺展に思うこと

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 昨日、東博で開催されている『大覚寺展』へ行ってきました。お目当ては、明円作の五大明王像です。博物館では、近くによって詳細に観察することが出来ました。不動明王像も比較的低い位置に安置されていたので、足の組み方を上から俯瞰できました。なんと”半跏趺坐”でした。不動明王像の半跏趺坐は、図像では一般的ですが、彫像では、結跏趺坐と半跏趺坐が入り混ざっています。これは、一体どういうことなのかわからいのです。日本における初現の東寺講堂不動明王坐像、御影堂不動明王坐像は、結跏趺坐なのですが、それ以後、半跏趺坐像が顕れます。これは、図像を元に制作されたと解釈されますが、それでは、結跏趺坐像は何を根拠につくられたのでしょうか。この疑問にどう答えたらいいのか課題が残っています。

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 さて、そのためには、半跏趺坐像がどれだけ存在しているのかを、リストアップする必要があります。ところが、”半跏趺坐”の認識がない研究者が実に多いために資料が集まりません。坐像の解説文に、”半跏趺坐”とちゃんと書いているものがいかに少ないか、また、”左脚を外にして坐る”などいった、わざと半跏趺坐と言わないような表現をしているのがあります。この表現では、いったい結跏趺坐なのか半跏趺坐なのか判明できません。「それでは、もう一方の足はどうなっているの?」と突っ込みたくなります。エッセイではあるまいし、こんなどっちでも取れるあやふやな表現が解説文として跋扈しているのです。しかも、半跏趺坐像と判明している仏像の解説文では、わざと、坐法についての記載を避けている傾向が非常に多くなっています。実際、この大覚寺展の解説文には、一言も書かれていません。写真も、上からの俯瞰がありません。いかに坐法についての興味がないことを物語っています。以前、ある仏像が半跏趺坐像であることをある研究者に指摘したところ、その後、この研究者がこの仏像について書いた研究雑誌の解説文には、坐法の一言もありませんでした。

 さらに、大覚寺像では、『基礎資料集成』平安時代造像銘記篇4の形状項目に、”結跏趺坐”と記載されています。これは、あきらかに事実誤認です。事実誤認は訂正されなければなりません。まして、仏像研究の基礎資料が間違っていたのでは、根本から信頼性がなくなります。このことを指摘する研究者は誰ひとりいません。この業界(学会)はどうなっているのでしょうか? ヌイグルミの不動明王さえ半跏趺坐なのに。ナサケナイ。

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2024年11月14日 (木)

樟徳館(旧森平蔵邸) 大阪府東大阪市 昭和14年竣工 令和6年11月見学

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 樟徳館は、森平蔵が昭和7年から14年にかけて建設した自宅で、死後、自ら創設した樟蔭学園に寄贈されました。4年ごとの公開でしたが、コロナにより一回中止になり、8年ぶりの一般公開となりました。木材商であったため、ふんだんに銘木を使用した建物です。

注目すべきガラスは
①応接室の三連窓のステンドグラスとサンドブラストの椿模様
②応接室出入り口ランマのステンドグラス
③食堂出入り口の三連ランマのサンドブラストの雲ツバメ、梅模様
④食堂出入り口のランマのサンドブラストの梅模様
⑤広縁突き当たりの窓のサンドブラストのコンポジション模様
⑥居間床の間横の壁の窓のサンドブラストの模様
⑦次の間の暖炉両脇の戸棚の三連引戸のサンドブラストの蔓草模様
これらをひとつづつ見ていきますが、この樟徳館で使われている模様彫りの技法は、板ガラスにマスキングをして、模様を切り抜き、サンドブラストで硝子を彫り込む方法です。いわゆる”エッチング”は、それからさらに、フッ化水素酸によって、サンドブラスト面のギザギザをならす工程を加えます。この樟徳館のサンドブラスト加工は、フッ化水素酸を使ってはいません。サンドブラスト加工も、”段彫り”という技法を使い、数回にわけてマスキングの位置を変えてサンドブラストを行って立体的な模様に仕上げています。
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①、②応接室のステンドグラス
地に黄色のキャセドラルガラスを用い、花や葉にオパールセントグラスをつかっています。
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①、②応接室のサンドブラスト加工窓
三連窓は、両脇の縦半分と中央窓に、下半分をボカシ加工とし、さらにその上に段彫りのサンドブラスト加工をして椿の花を表現し、花弁や葉脈を立体的に見せています。彫りはかなり深そうです。
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③、④食堂ランマのサンドブラスト加工
地には、ピルキントンでいう”PLAIN CATHEDRAL"という凹凸の少ない型ガラスを使っています。さらに、表(凸凹でない面)には一枚一枚面取り加工をほどこし、裏(凸凹面)からサンドブラスト加工をしています。とくにツバメ、梅の雌しべは段彫りをしています。雲はボカシをつかっています。型ガラスの凹凸面にサンドブラストで模様を彫るには、彫刻面を平らにするため薄く施すことが出来ずある程度の深さが必要となります。
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⑤広縁突き当たりの窓
この窓だけ、洋風なデザインをしています。縁には、細い線を段彫りをして一段深く彫り、アクセントをつけています。また、サンドブラストも薄いのと普通のと2種類を使い分けています。
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⑥床の間横の壁の窓
これも、地が”PLAIN CATHDRAL"のガラスに、段彫りで凹凸面からサンドブラスト加工をしています。
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⑦暖炉両脇の戸棚の引戸
全面にケシ加工をした後、蔓草模様のサンドブラスト加工をしています。葉には、薄くかけたのと、蔓と同じ深さに彫った2種類があります。模様は上の両開き扉と統一しています。
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参照:Facdbook「古い板硝子」https://www.facebook.com/groups/4889876824428552/

2024年11月 8日 (金)

鳥羽大庄屋かどや 三重県鳥羽市 主屋:文政8年(1825) 東半分:明治17年(1884)以前 平成28年5月・令和6年10月見学

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 平成16年、広野家より寄贈をうけ、公開されました。色硝子と模様入りケシガラスは、東半分の建物に嵌まっていますが、実際には、創建当初ではなさそうですが、透明硝子や、色硝子に手吹き円筒法とおもわれる泡や、皺がみられます。ここでは、模様入りケシガラス、色硝子、手吹き円筒法の透明硝子をご紹介しようとおもいます。
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①片引き戸 模様入りケシガラス1種類、型硝子(ダイヤ)
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②両引き分け戸 色硝子(青・赤・緑)、模様入りケシガラス2種類
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③両引き分け戸 模様入りケシガラス1種類
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④4枚引き分け戸上部 下半分ケシ加工、ちらし模様
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⑤廊下外部ランマ嵌め殺し窓 全面ケシ加工ちらし模様
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⑥廊下内部ランマ引戸 色硝子(赤・青・緑)
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⑦座敷ランマ嵌め殺し窓 模様入りケシ加工雲井抜き
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⑧両引き分け戸 色硝子(赤・青・緑)、模様入りケシガラス1種類
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⑨両引き分け戸 模様入りケシガラス8種類、型硝子(ダイヤ)
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⑩両引き分け窓 色硝子(赤・青・、緑・気)、スリガラス
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⑪両引き分け窓 色硝子(赤・青・緑・黄)、スリガラス
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⑪下部両引き分け窓 色硝子(青・赤)
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⑫片引き戸 結霜硝子
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⑬廊下引き分け戸 手吹き円筒法透明硝子
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