ひさしぶりの日帰り旅行です。雪の浅間山は格別です。
上田市立美術館で開催の「特別展 ハッケン!上田の仏像」展に行ってきました。数年にわたる上田市の悉皆調査の成果としての展示ですが、上田市以外の長野県の仏像も目玉として展示していました。
そのひとつが、大法寺普賢菩薩立像です。以前、拙ブログに「大法寺十一面観音・普賢菩薩像」というタイトルで小文を発表したことがあります。
https://shunjudo.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-1075.html
今回の図録での記述によると、萩原氏は「眉・目・髭を墨で描いている」としていますが、その墨を確認したのでしょうか、証拠を見せていただかないと信用できません。ちゃんと確認して書いていただきたいとおもいます。
今回の展示の中にも。”半跏趺坐”らしき仏像がありました。「19 薬師如来坐像 川西地区」です。11世紀の仏像としていますが、どうも”半跏趺坐”らしい。はっきりと確認できませんでしたが、是非、これから出版するであろう「調査報告書」にはそのことを記述してほしいとおもいます。
今回、たまたま上田市の案内パンフレットに載っていた「重文常田館製糸場」を見学することができました。外観のみでしたが、まったく窓のない五階建ての繭倉庫がおどろきでした。
別所温泉は、数十年ぶりの訪問です。残念ながら、常楽寺美術館が冬季閉鎖中でしたので、北宋の木彫像を見ることができませんでした。有名な蕎麦屋もちょうどこの日が休みで、訪問する日時を誤った感が強かった一日でした。
昨日、東博で開催されている『大覚寺展』へ行ってきました。お目当ては、明円作の五大明王像です。博物館では、近くによって詳細に観察することが出来ました。不動明王像も比較的低い位置に安置されていたので、足の組み方を上から俯瞰できました。なんと”半跏趺坐”でした。不動明王像の半跏趺坐は、図像では一般的ですが、彫像では、結跏趺坐と半跏趺坐が入り混ざっています。これは、一体どういうことなのかわからいのです。日本における初現の東寺講堂不動明王坐像、御影堂不動明王坐像は、結跏趺坐なのですが、それ以後、半跏趺坐像が顕れます。これは、図像を元に制作されたと解釈されますが、それでは、結跏趺坐像は何を根拠につくられたのでしょうか。この疑問にどう答えたらいいのか課題が残っています。

さて、そのためには、半跏趺坐像がどれだけ存在しているのかを、リストアップする必要があります。ところが、”半跏趺坐”の認識がない研究者が実に多いために資料が集まりません。坐像の解説文に、”半跏趺坐”とちゃんと書いているものがいかに少ないか、また、”左脚を外にして坐る”などいった、わざと半跏趺坐と言わないような表現をしているのがあります。この表現では、いったい結跏趺坐なのか半跏趺坐なのか判明できません。「それでは、もう一方の足はどうなっているの?」と突っ込みたくなります。エッセイではあるまいし、こんなどっちでも取れるあやふやな表現が解説文として跋扈しているのです。しかも、半跏趺坐像と判明している仏像の解説文では、わざと、坐法についての記載を避けている傾向が非常に多くなっています。実際、この大覚寺展の解説文には、一言も書かれていません。写真も、上からの俯瞰がありません。いかに坐法についての興味がないことを物語っています。以前、ある仏像が半跏趺坐像であることをある研究者に指摘したところ、その後、この研究者がこの仏像について書いた研究雑誌の解説文には、坐法の一言もありませんでした。
さらに、大覚寺像では、『基礎資料集成』平安時代造像銘記篇4の形状項目に、”結跏趺坐”と記載されています。これは、あきらかに事実誤認です。事実誤認は訂正されなければなりません。まして、仏像研究の基礎資料が間違っていたのでは、根本から信頼性がなくなります。このことを指摘する研究者は誰ひとりいません。この業界(学会)はどうなっているのでしょうか? ヌイグルミの不動明王さえ半跏趺坐なのに。ナサケナイ。
樟徳館は、森平蔵が昭和7年から14年にかけて建設した自宅で、死後、自ら創設した樟蔭学園に寄贈されました。4年ごとの公開でしたが、コロナにより一回中止になり、8年ぶりの一般公開となりました。木材商であったため、ふんだんに銘木を使用した建物です。
注目すべきガラスは
①応接室の三連窓のステンドグラスとサンドブラストの椿模様
②応接室出入り口ランマのステンドグラス
③食堂出入り口の三連ランマのサンドブラストの雲ツバメ、梅模様
④食堂出入り口のランマのサンドブラストの梅模様
⑤広縁突き当たりの窓のサンドブラストのコンポジション模様
⑥居間床の間横の壁の窓のサンドブラストの模様
⑦次の間の暖炉両脇の戸棚の三連引戸のサンドブラストの蔓草模様
これらをひとつづつ見ていきますが、この樟徳館で使われている模様彫りの技法は、板ガラスにマスキングをして、模様を切り抜き、サンドブラストで硝子を彫り込む方法です。いわゆる”エッチング”は、それからさらに、フッ化水素酸によって、サンドブラスト面のギザギザをならす工程を加えます。この樟徳館のサンドブラスト加工は、フッ化水素酸を使ってはいません。サンドブラスト加工も、”段彫り”という技法を使い、数回にわけてマスキングの位置を変えてサンドブラストを行って立体的な模様に仕上げています。
①、②応接室のステンドグラス
地に黄色のキャセドラルガラスを用い、花や葉にオパールセントグラスをつかっています。

①、②応接室のサンドブラスト加工窓
三連窓は、両脇の縦半分と中央窓に、下半分をボカシ加工とし、さらにその上に段彫りのサンドブラスト加工をして椿の花を表現し、花弁や葉脈を立体的に見せています。彫りはかなり深そうです。

③、④食堂ランマのサンドブラスト加工
地には、ピルキントンでいう”PLAIN CATHEDRAL"という凹凸の少ない型ガラスを使っています。さらに、表(凸凹でない面)には一枚一枚面取り加工をほどこし、裏(凸凹面)からサンドブラスト加工をしています。とくにツバメ、梅の雌しべは段彫りをしています。雲はボカシをつかっています。型ガラスの凹凸面にサンドブラストで模様を彫るには、彫刻面を平らにするため薄く施すことが出来ずある程度の深さが必要となります。


⑤広縁突き当たりの窓
この窓だけ、洋風なデザインをしています。縁には、細い線を段彫りをして一段深く彫り、アクセントをつけています。また、サンドブラストも薄いのと普通のと2種類を使い分けています。

⑥床の間横の壁の窓
これも、地が”PLAIN CATHDRAL"のガラスに、段彫りで凹凸面からサンドブラスト加工をしています。

⑦暖炉両脇の戸棚の引戸
全面にケシ加工をした後、蔓草模様のサンドブラスト加工をしています。葉には、薄くかけたのと、蔓と同じ深さに彫った2種類があります。模様は上の両開き扉と統一しています。

参照:Facdbook「古い板硝子」https://www.facebook.com/groups/4889876824428552/
平成16年、広野家より寄贈をうけ、公開されました。色硝子と模様入りケシガラスは、東半分の建物に嵌まっていますが、実際には、創建当初ではなさそうですが、透明硝子や、色硝子に手吹き円筒法とおもわれる泡や、皺がみられます。ここでは、模様入りケシガラス、色硝子、手吹き円筒法の透明硝子をご紹介しようとおもいます。
①片引き戸 模様入りケシガラス1種類、型硝子(ダイヤ)

②両引き分け戸 色硝子(青・赤・緑)、模様入りケシガラス2種類

⑧両引き分け戸 色硝子(赤・青・緑)、模様入りケシガラス1種類


⑨両引き分け戸 模様入りケシガラス8種類、型硝子(ダイヤ)
⑩両引き分け窓 色硝子(赤・青・、緑・気)、スリガラス
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