谷中五重塔
運動のために、ちょっと遠回りして谷中の墓地歩いてきました。上は谷中の墓地の五重塔跡にあった写真です。昭和32年7月放火によって焼失しました。うっすらとですが、焼失前の五重塔の記憶があります。そして、焼失の時は、今でも憶えています。まだ残骸が残っている状態をわざわざ見にいきました。何か大変なことがおきたという様子が子供心に感じたのを覚えています。
そして、五重塔の礎石の中から掘り出された経筒が平成17年台東区の文化財に指定されました。江戸時代の五重塔の礎石に経筒を納入すること自体、大変珍しいことですが、私は、舎利容器に硝子板が嵌められているのに注目しました。江戸時代に国産で硝子板の例が記憶にないのです。薩摩の尚古集成館にあるのは幕末の頃ですし、それ以前の作ということになります。調べる必要がありそうです。
この五重塔は、心柱が礎石の上に乗っているのではなく、いわゆる懸垂式になっている構造で、そのためかどうか関東大震災にも崩壊しなかったのに、放火によって失うとは何とも皮肉です。再建の話は浮かんでは消えてなかなか進んでいないようです。
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1日でこの行程ですか。私は運転ができないので、こんなとき免許がある人はいいなぁ、とつくづく思います。黒石寺は今年話題になったし、古美研の後輩がご住持をしているところだし。中尊寺も毛越寺もホントに整備されてきれいになりました。昔、中尊寺の境内に“束稲荘”(たばしねそう)という廉価でおいしい食事どころがあったのですが、なくなってしまいました。残念。
投稿: 南亭琴音祢 | 2008年3月16日 (日) 00時06分
なんと、黒石寺の門前にそば屋がありました。手打の田舎そばがたべられました。黒石寺の住職は、明るいはきはきとした話をされる方でした。昔のことは、あまりお話にはなりませんでしたが、お寺の維持に大変ご苦労があったとおもいますが、そんなところはおくびにもださない、なかなかの人物とお見受けいたしました。今回は、仏像好きの先輩2人にご同行をいただきました。
投稿: 加藤春秋 | 2008年3月16日 (日) 11時40分