対決とは?
毎月のこととて、病院通いの後、例によって、東京国立博物館へ「対決 巨匠たちの日本美術」を見てきました。まずは、入場者の入り具合は、まだ4日目にしては、人がでていました。けれど、混んでいるのは、最初の運慶快慶のところだけ、進んでいくに従って、閑散として、円空木喰のところは、ガラガラでした。まあ、名前は有名どころをそろえ、作品も各作者の最高傑作がそろっているのに、何か消化不良の感が免れませんでした。カタログに辻惟雄氏がこの展覧会開催の経緯を述べていますが、そもそもは、『國華』創刊120周年の記念行事として、巨匠にペアを組ませた展覧会を企画したのが、はじまりだそうです。従って、対決とは何かというコンセプトではなく、単に、同時代の同分野の作家を並べたにすぎないのです。辻惟雄氏は、「対決とはいっても、食うか食われるかの関係ではない。むしろ、両者の個性があいまって、より大きな調和の世界をかたちづくるのが「美の対決」のありようといえる。」と説明していますが、正直、何を言っているのか理解できません。作品自体はそれぞれが個性をもったすばらしい作品ばかりなのに、比較というのならば、宗達と光琳の「風神雷神図屏風」を見たかったのですが、出品は会期の後半ですので、見られませんでした。

実は、今回の東博で、期待していたのは、むしろ「六波羅蜜寺の仏像」の特集陳列のほうでした。これは、本館の彫刻室で行われているもので、六波羅蜜寺の仏像が13体、出品されています。これだけまとまって仏像がそろうのは、現地へ行かなければみられません。特に、私が見たかったのは、薬師如来坐像です。10世紀の仏像として、いはば、定朝様へ行く手前の仏像として、元興寺阿弥陀如来坐像とともに重要な作品です。この仏像をしっかりと目に焼き付けてきました。
そのとなりで、もうひとつの特集陳列「二体の大日如来像と運慶様の彫刻」は、比較という意味ではさらに、すばらしい展示でした。しかも、願生寺の薬師如来など、運慶様の仏像をそろえて、比較しやすくしていますし、以前とは違って、照明を明るくして真如苑と光得寺の大日如来坐像が並んで展示してあるのです。両方のケースの間に立って、細部まで、比較検討することができました。たとえば、真如苑の大日如来の条帛の背中のかかる部分は欠落してあるのか、省略してあるのか、明らかにちがいます。そのほか、衣文の処理のしかたなどは、まったく同じといってもいいくらい類似していました。真如苑の膝前の矧ぎは左右違うのもわかりました。真如苑像は彩色も後補のようですし、矧目もゆるんでいるので、これを口実に解体修理すれば、納入札がとりだせるのになあ、と思ったりして。
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