展示照明手法
博物館・美術館で、展示用にガラスを使います。一般には、展示物と見学者との隔てに使われています。それは、展示物の埃や落下物の保護、および盗難防止のためとされています。その要求を満たすガラスは、すでに存在しています。強化ガラスおよび合わせガラスです。展示物の歪曲の無い正確な表現はフロート硝子の開発によってガラスの表面が平滑になり、その要求もみたされています。しかし、展示物と見学者の間にガラスがはいったことで、まださまざまな問題が解決されていません。
1 展示物の形状、色、色彩の正確な表現及び観察に支障をきたす。
2 展示物が光の表面反射によって、見学者の観察の妨げになる。
いわゆる一般の透明硝子は微量の鉄分がはいっているために、青色を帯びています。新しい硝子の小口をみれば、濃い青色をしています。この問題を解決するために作られたのが『高透過硝子』(旭硝子の商品名は「ミュージアムガラス」から「クラリティア」に変更)です。硝子の製造段階で、鉄分を抜いて作られた製品です。この硝子が博物館で初めて採用されたのが、福島県立博物館でした。早稲田大学會津八一記念博物館の1階の展示室硝子も、このガラスを使っています。当社の施工ですから間違いありません。透過率が普通のガラスより5%いいという程度なので、比べて見ないとその違いは素人には判別できません。これは、ガラスだけではなく、照明器具の色温度にもよります。展示物は太陽光に近い5000K程度が適しているようですが、最近の照明は紫外線、赤外線の問題を重視する傾向のため、色温度を落としているようです。光源の種類によってその特性があるので、最善の方法はいまの時点ではないようです。
硝子の反射を低減させる、『低反射硝子』も博物館・美術館での使用に有効として、開発された商品です。これは、写真用レンズですでに実用化された技術で、大きな板硝子にもできるように開発されたものです。その技術はガラスの表面をCVD(化学式蒸着装置)で、チタン化合物をコーティングするものです。これによって、普通ガラスのおよそ1/8の反射率に低減されたガラスです。しかし、ガラスの映り込みがなくなるかというと、そうでもないようです。メーカーのカタログにはこの低反射ガラスの入射角度別光学特性のデータがないので、斜めから見たときどのくらい反射するのかはわかりません。いずれにしても、全く反射しないわけではないので、照明器具の位置は充分に配慮すべきです。
さて、光源が展示物やガラスに映り込まないようにするためには、光源設置の位置の検討が必要です。一般的には、上のような説明がされています。しかし、この条件では、見学者はガラスの近くによって見ることができません。また、展示物が掛け軸のように、高い位置からつり下げられた場合、見学者は顔をあげると、反射光が目に入ります。この図面はあくまでも参考であって、個別に照明計画を策定する必要があります。
まず、見学者の見る範囲をどこまで想定するかを、確定しなければなりません。絵画であっても、遠くから全体を見る場合と、近づいて筆の線を見る場合があり、両方とも、映り込みがないのがベターなはずです。
このような、展示物の種類、それを見学者はどのように見るのかの検討が必要です。
と、ここまで書くと、おそらく実際に携わっていた人は、そんなことまでできるはずがない。あちらたてば、こちらたたずで、しかたなく妥協しているのだ、というでしょう。そう、もうできてしまった箱物のなかでは、実際にできることは限られてしまうでしょう。しかし、いままで見てきた展覧会で、これはよく考えたという展示方法がありました。
ひとつは五島美術館で数年前開催された「牧谿展」でした。この美術館はガラススクリーンが対面しており、どうしても反対側のガラスの照明が映り込んでしまいます。それで、展示室の中央に黒いブラインドを設置したのです。これによって、反対側の照明器具の映り込みがなくなりました。
もうひとつ、2~3年前日本民芸館に行ったときでした。特別陳列室にはいると、そこには、3方に低いガラスケースが並んでいましたが、ケースの中の照明以外すべて消され、窓も塞いでいました。おまけに、入口には前室を設けて、動線を90度まげて、入口からの光をシャットアウトしていました。中にはいると、ガラスケースの中の光のみですので、映り込みが全くありませんでした。
この2つの例は、展示物がおなじ種類で大きさも統一されているために可能になったのでしょう。展示物の大きさにばらつきがある場合はむずかしいかもしれません。いはば、汎用の展示スペースを展覧会ごとに改造するには無理があるのは理解できますが、それにしても、見学者がどういう視線をもって見ているかの想定ぐらいして、もうちょっとのきめ細かい工夫をして何とかならないものでしょうか。
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