半跏趺坐考
宝菩提院の菩薩半跏像の文献を調べていたら、紺野敏文「虚空蔵菩薩像の成立(中)ー求聞持形の展開ー」『佛教藝術』229 1996年11月30日 に行き当たりました。それによると、額安寺虚空蔵菩薩像は求聞持軌(「虚空蔵菩薩能満諸願最勝心陀羅尼求聞持法」)に説く求聞持法本尊形をもとにあらわした作例であることは疑い得ない。としています。
この「虚空蔵菩薩能満諸願最勝心陀羅尼求聞持法」『大正蔵』20-3 密教部三所載 P602 には「身作金色。寶蓮華上半加(跏カ)而坐。以右壓(押カ)左。容顔殊妙作熙怡喜悦之相。於寶冠上有五佛像。結加趺坐。菩薩左手執白蓮華。微作紅色。於華臺上有意寶珠。吠琉璃黄光發焔。右手復作與諸願印。五指垂下現掌向外。是與願印相。」と記載しています。つまり、蓮華の上に半跏趺坐し、右足を左脚部の上に乗り、左手に白蓮華を執り、右手は与願印をあらわす。としているのです。
紺野敏文氏は、この坐勢について、本軌の記載の「半跏」は必ずしも片足踏み下げを意味しない。としています。というのも、「図像抄」『大正蔵』図像部三 巻五菩薩 NO.47 の図像がそれを図にあらわした基本であり、この図は片足を前あるいは垂下しない形の半跏趺坐を表しているようです(片方の足裏しか描いていない。)。
しかし、額安寺像はこの経意とは、逆の手勢で、坐勢は左足が膝から垂下しています。この相違について、紺野氏は、「一方、彫像にみられるような片足を踏み下げるかたちにつくるのも、画像法による「半跏坐」の一形式にほかならないから、左手を施無畏印ふうにあらわす場合は前記の上に組んだ右足を前方にはずして下ろすのが自然である。」さらに、「図像の逆転写を行うごとくである。」としています。それで、求聞持法に拠る正統な半跏坐本尊像は、宝菩提院菩薩半跏像もそうではないか。というのが、紺野氏のこの章の趣旨です。
ここで、問題となるのは、儀軌、図像に記載描写されている虚空蔵菩薩像は、片足を垂下する像ではないことです。この片足垂下像をを画像法による「半跏坐」の一形式ときめつけるのは、ちょっと乱暴のような気がします。彫像の片足垂下の形式はもっと別の図像なり、根拠を示す必要がありそうです。
すると、おなじ「図像抄」『大正蔵』図像部三 巻六 観音上 の「如意輪」の頁(P28)に、「石山寺像頗有相違。從昔所造畫二臂。皆右手作施無畏。左手於膝上作與願印。垂下左足坐盤石上。大和国龍蓋寺丈六如意輪像亦同之。東大寺大佛殿左方如意輪亦同之垂下左足。」と書かれており、図像には片足を垂下する如意輪観音像が描かれています。しかし、これを「半跏趺坐」と書いていないのです。
実に、まどろっこしい話です。“半跏趺坐”とは、片方の足をもう一方の大腿部にのせる坐勢であるという定義は、「虚空蔵菩薩求聞持法」の経軌にしっかりと書かれていながら、実際の彫像では、片足を垂下する坐勢になってしまうというのは、そういうふうに変化したことの説明が必要でしょう。また、如意輪観音像でも、片足垂下像を明確に“半跏趺坐像”と記載されている文献がみつからないと、何ともいえません。
要は、宝菩提院像や、額安寺像のような、片足を前に出し、もう一方の片足を垂下する坐勢が“半跏像”であるという文献上での証明があれば、いままで、述べてきたことが解決するのですが。
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