館山行
1ヶ月あまりのご無沙汰です。
3月の初め頃より、パソコンの状態が芳しくなく、エラー、DUMPをくりかえしていました。
そして、自動でシャットダウンしなくなり、ついには起動すらできなくなる事態に陥りました。
いろいろと試してみましたが、原因がハードであろうという推測のもと、データの消失を何とか回避しながら、部品をひとつづつ交換してみましたが、なかなか正常にもどりません。
ついでに、OSも64ビットに変更して、何とか、使える状態になりました。いまだに起動時にエラーDUMPが出ますが、まあ、ひとまずは何とかなりそうです。
そんなこんなで、この1ヶ月は、久しぶりに人前で講演する機会があって、その準備に、あちこち調査に行ったり、Power Pointで四苦八苦したりと、していました。
昨日、久しぶりに、日帰り旅行をしてきました。
場所は、千葉県の館山です。館山市立博物館分館で開催されている、『中世の安房と鎌倉』展を見にいきました。
安房の国は、鎌倉と共通した文化をもつ場所で、鎌倉独特といわれた“やぐら”もこの安房の国には数多く残っています。
展示されている仏像のうち、千手院やぐら群の石造千手観音坐像は、丸彫で、どこかで見たことがあるとおもったら、熊本の石貫穴観音にあった丸彫の石造千手観音像と共通する様式を持っていました。
房総半島の先端という場所は、僻地ではなく、海を隔てた交流が盛んにおこなわれていた地域ということが理解できました。
もうひとつ、ここまで来て行ってみたい場所、那古寺に行ってきました。館山のひとつ手前の那古船形から歩いて10分位のところでしょうか。
以前、この観音堂の本尊が清水寺式千手観音像であることを書きましたが、この観音堂は平成15年から平成20年にかけて、部分解体修理をしています。そして修理工事報告書が平成20年3月に発行されています。
この修理工事報告書は、あくまでも建物の修理工事報告書なのですが、110Pに突然、
≪那古寺 木造千手観音立像≫として、写真が掲載されていました。その修理後の写真は、頭上手が復元されています。おまけに修理者として、高井芳雄 の名前が書いてありました。
以前、住友財団からの資金で補修して、片方の頭上手を復元していましたが、今回は頭上手ばかりではなく、錫杖、戟や天衣も復元されていました。
この清水寺式千手観音像は、普段は秘仏で、厨子の中に入っているので、直接拝することはできませんでしたが、重文の銅造千手観音立像は、内陣の奥に安置されていました。ガラスケースに入っており、距離も遠くなので、よくは見えませんでした。
これで、正式に清水寺式千手観音像と認知できたと言うべきでしょうか。
平成21年発行の『新横須賀市史 別編 文化遺産』には、2例の清水寺式千手観音像が報告されています。まだまだ発見されそうです。
参考ブログ
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