金沢の窓ガラス
今回、金沢で見た板ガラスを、すべて紹介いたします。
まずは、旧三田商店のステンドグラスです。
『日本のステンドグラス 宇野澤辰雄の世界』に載っているステンドグラスは、入口の欄間と、横の喫茶店の入口横の2枚ですが、その他に、喫茶店の中で、2個所のステンドグラスがありました。喫茶店の店主の話によると、戦争中に、ステンドグラスの嵌まっていた鉄枠を供出したために、ステンドグラスのみ残っていたのを、新たに枠を作って喫茶店に3個所嵌めたのだそうです。もとは、2階の窓に嵌まっていたもののようです。
一番右は実際は5段で、同じデザインになっていて、大きさは他の2個所と同じです。
大友楼は、角の3階建ての2階の向って右の部屋にありました。(前回の夜の写真参照)また、玄関の袖の窓は、赤色の硝子と模様入りスリガラスとの市松模様になっていました。
雜誌に載っている写真を見ると、その他の部屋にも色ガラスが嵌まっているようですが、これ以上は、ここで、お食事でもしないとわからないようです。
尾山神社の神門は、金沢でひときわ異彩をはなっています。その色ガラスの大胆な使い方は、度肝をぬかれます。
旧石川県庁は、正面階段をあがって、3階正面の部屋の両脇にステンドグラスがありました。
新しいステンドグラスですが、白鳥路ホテルには、玄関、ロビーに嵌まっています。
また、宿泊した、ガーデンホテル金沢の、朝食場所の窓にもステンドグラスがありました。
成巽閣は、松の間の床の間の横の障子の腰板に硝子がありました、透明の硝子に絵付けした、いわゆる硝子絵を額ではなく、障子の腰板に嵌めたものです。大きさは1枚10㎝程度でしょうか。両面に硝子を嵌めて養生しているため、非常に見にくくなっています。
長町武家屋敷跡にある、野村家は、建物は幕末の頃のようですが、さまざまな変遷を経ているようです。座敷と縁側の間にある、障子には、かなりおおきな透明ガラスがはまっています。そのどれも、手吹き円筒法とおもわれるガラスです。泡が数多くはいっています。また、ななめにスジがついているガラスもあります。
総じて、金沢は、戦争中空襲をうけなかった町で、町中を歩いていると、戦前の木造民家をよく見かけましたが、どうも、戦前のガラスがはまっているのがすくないようです。もっと、丁寧に見てみれば、見つかるかもしれません。
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