旧沼津御用邸の板ガラス
大変ご無沙汰です。やっと書くネタがみつかりました。その間、幾度となく出かけてはいたのですが、ネタになりそうな話題がみつかりませんでした。
先週、毎年恒例の業界の社長が集まる旅行で箱根に一泊してきました。私は、例によって、ゴルフはキャンセルして、ちょっと足をのばして、沼津に行ってまいりました。
目的は、旧沼津御用邸の建物に嵌っている板ガラスを見ることでした。その板ガラスについて事前の情報がないままの訪問でしたが、新しい発見がありました。
まずは、沼津御用邸の簡単な紹介から。御用邸は、現在、西付属棟と東付属棟が残っています。中央に位置する本邸は、明治26年大正天皇の療養施設として建てられましたが、昭和20年7月の空襲で焼失してしまいました。
西付属棟は、明治23年頃、旧川村純義伯爵の別邸を借り上げ、明治39年に、皇居賢所附属建物を移築して、昭和天皇の御用邸としました。その後、御車寄、御浴殿などを増築し、大正11年に玉突所等を増設し、ほぼ現在の状態になりました。
東附属棟は、明治36年、昭和天皇の御学問所として、赤坂離宮の東宮大夫官舎を移築して、現在にいたっています。
昭和44年11月、宮内庁から大蔵省に移管され、昭和45年には、大蔵省から沼津市に無償貸与、平成5年に、沼津市に払い下げられました。沼津市は、西付属棟を平成5~7年にかけて大規模修復し、東附属棟も平成8~10年にかけて大規模改修し、公開をしています。
まず、西付属棟から拝観です。玄関から窓ガラスを見ると、手吹き円筒法によるゆがんだ板ガラスが目にはいりました。廊下を歩いていくと、ほとんどがこのガラスで、ローラーの跡のある普通板も、フロートガラスもほとんど見つかりませんでした。
中庭の周りをぐるっとめぐるように建物は建っていますが、建具には、パテ止め、いわゆる山パテと、四方溝にガラスを入れる建具があるようです。
よく見ると、ローラーによる並行のゆがみのあるガラスがありました。おそらくこの建物は、大正11年頃の改修時に入れた普通板と思われます。ちなみに、日本板硝子は大正9年からコルバーン式の連続製法で、生産していました。
東附属棟は、内部に入れませんでしたが、外観を見ると、パテ止めの建具が数多くありました。
さて、最初の疑問。これだけのガラスがはいっているのに、ガラスの割れが見つからなかったこと、しかも、ガラスの補修は当然、しているはずなのに、まったく新しいガラスが嵌っていないこと。
近代建築のガラスを今まで見て回ってきましたが、ガラスのヒビ割れもないのは、見たことがありません。たしかに、平成5年から10年にかけて改修工事をしたばかりということもありますが、それ以前の補修の痕跡が見つからないのです。
現地のボランティアに聞いてみると、このガラスはドイツ製です。という答えしかでてきません。そこで、平成の時の改修工事報告書を見てみることにしました。
『沼津御用邸記念公園西付属棟改修工事記録報告書』 1996年10月 監修 工藤圭章 沼津市発行 によると、開園後に取り替えられた建具は、元にもどし、修復可能なものは、洗い工事とした。ガラス戸は、ガラスの納まりが溝落としと、パテ押えの2種類あるが、そのガラスは、”手造りガラスのドイツ製、ステンドグラスに使用するレストLタイプのガラス”が最終的に提案された。 とあります。
このレストLタイプのガラスとは、いったい何なのでしょうか。ヒントはドイツ製のステンドグラスメーカーの製品だということです。ドイツのステンドグラス板メーカーといえば、lamberts(ランバーツ)社です。そのサイトを見てみると、RestorationーGlasses(Mouth-blown window glass) という項目があります。つまり、復元ガラス(手吹き円筒法による窓ガラス)ということになります。
しかし、ランバーツ社は、このガラスをレストLタイプと言っていません。報告書の執筆者が、改修工事をしたガラス工事業者の言葉を調べもしないで書いたのでしょうか。とくに、改修工事報告書では、主要資材概算表に“ガラス窓 215.0㎡”と書いてあるだけです。どこのメーカーの材料をどの部分に使ったかを詳細に書かなければ、後世にまた、改修工事があったときに、どの部分をいつ補修したのかがわからなくなります。もっと、工事報告書の精度をあげていかなければなりません。
それにしても、従来は、改修工事で、ガラスの入れ替えは、実にぞんざいに扱われてきました。周りがゆがんだガラスなのに、現代の最先端技術の結晶であるフラットなフロートガラスを入れ替えたら違和感があるのは当たり前です。それに気が付いて、この建物にドイツ製のガラスを採用したのは、これからの改修工事の手本となるものだとおもいます。
惜しむらくは、どこが当初のガラスで、どこを入れ替えたのかがわからないことです。これは、正確な報告書をつくる技術者がいないことが原因です。
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