趺坐?
先週、九州・中国地方の展覧会のはしごをしてきました。
まずは、鹿児島県歴史資料センター黎明館、九州国立博物館、大分県立歴史博物館、島根県立古代出雲歴史博物館と、仏像を見てきましたが、それぞれ特徴ある切り口での展示でしたが、その中で、もっとも印象に残ったのは、出雲歴史博物館の『島根の仏像』展でした。

今回の展覧会は、平安時代を中心とした、島根県の有名な仏像が、かなりの数出品されており、さらに、新出の長安寺像や、普段秘仏になっている清水寺像など、注目すべき仏像が展示されていました。なぜ、この展覧会が注目されていないのか不思議な位でした。
その中で、平安前期の如来坐像が3体そろいました。まずは、仏谷寺薬師如来坐像

正面から見ると、半跏趺坐のように見えますが、左足裏が右膝の折り曲げた下のほうに彫られています。
万福寺(大寺薬師)薬師如来坐像
禅定寺阿弥陀如来坐像
いずれも9~10世紀の仏像ですが、3体とも結跏趺坐です。
今回の展覧会は、膝部分を俯瞰で見られるように、低い位置に展示されていたので、よく確認できました。
半跏趺坐の例もこの目で確認することができました。
まずは、長安寺菩薩坐像と十一面観音坐像です。
萬福寺如来坐像3躯
金剛寺馬頭観音坐像
坐像の馬頭観音像は、珍しいですが、おそらくは図像を参考にしたのかもしれません。
法王寺観音菩薩坐像懸仏
さて、これらの半跏趺坐像について、図録の解説はどういう記述をしているのでしょう。
仏谷寺薬師如来坐像のように、明らかに結跏趺坐像の場合は、ちゃんと、“結跏趺坐”と書いています。
ところが、前述の半跏趺坐像の解説は、すべて“趺坐”すると書いているのです。以前にも書きましたが、論文で、仏像の形状の記述で“趺坐”すると書いたら、そこは一番のツッコミ所です。
“趺坐するって、結跏趺坐、半跏趺坐のいったいどっち?” と。
解説の執筆者は、あきらかに、それらの像が結跏趺坐でないことは認識しているようですが、それを半跏趺坐と書けない何かの事情があって、あいまいな趺坐という言葉を使ったのは想像できます。
では、何故、半跏趺坐と書けないのでしょうか?半跏趺坐の定義を理解していないから?、あるいは、筆者の辞書の中に半跏趺坐という言葉がないからなのでしょうか?
ところが、この解説の執筆者は、以前、岡山の善根寺薬師如来坐像の調査報告で、この像を半跏趺坐と書いているのです。
つまり、この執筆者は半跏趺坐の概念を把握しているにもかかわらず、島根の仏像では、半跏趺坐と書けないのです。いったいどういうことでしょうか?
これは、単なる一研究者の単純なウッカリミスなのでしょうか。学界の中でものが言えないのでしょうか。それとも、先行研究者の見解を忖度しているのでしょうか。真実を追究すべき本来の学問としておかしいとおもいませんか?
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