宮越邸ステンドグラス鑑賞記
前日、五所川原に泊まり、朝一番の予約で、宮越邸に乗り込んだため、その時間の参加者は私ひとりだった。まず、涼み座敷の間の引き戸は予想と違わず、写真通りだった。
しかし、坐って眺めると、以前から気になっていたことが頭をよぎった。それは、写真から感じた第一印象では、格子状の窓ガラスはすべて透明でそれを通してアジサイ・モクレン(注1)・ハゼノキ(注2)が、窓のすぐ外にあるように見えたのである。それほど、外部の庭木とアジサイ・モクレン・ハゼノキが同じ空間にあるかのようだった。いはゆる借景とは外の景色を、パネルに取り入れて、ひとつの絵に仕上げることだが、ここのステンドグラスの花木は、外の景色に同化してしまったのである。これは、借景という技法を超えた画期的な表現方法といえるだろう。こんな錯覚を覚えさせる技法とはいったい何だろうと考えざるを得なかった。
まずその手法のひとつは、鉛線(ケイム)を使わず、銅箔によるハンダ付け方法を用いたことが大きな要素となっている。ケイムによる接合方法は、ケイムの線がなめらかな曲線を描き、またそのケイムの幅も一定にならざるを得ない。銅箔によるハンダ付けは、その線の太さをを微妙に変えることができ、さらにケイムよりもより細くガラスとガラスを接合できる。そのために、一般的なケイムを使ったステンドグラスに較べて、花・木の輪郭が、あまり目立たなく、単なる日本画で用いる輪郭線のようにしか見えないように工夫されている。また、銅箔によるハンダ付けをパネルに用いるには、強度的にパネルの大きさが影響してくる。これは格子の中の大きさおよそ19㎝×13㎝のひとつひとつににパネルを嵌め、パテを三角状につけることによって固定されている。パネル単体は、初心者が作るちょっとした小物程度の大きさである。そのため、ハンダ付けによる強度不足をあまり考慮しなくてすむ。内部から見ると、ハンダ付けの線が黒くしかみえないので、それも輪郭線を目立たせない要素かもしれない。外から見れば、三知のハンダ付けの技量の高さを見ることができ、じつに繊細な仕事をしているのがわかる。余白の透明ガラスは、おそらく色ガラスの厚さに合わせて、3mm厚のガラスを使っているかもしれない。当時は、透明ガラスは一般的には2mm厚のガラスを使うのが普通だが、ハンダに段差ができないような工夫かもしれない。
つぎに浴室の窓に目を向けよう。このパネルは、外部から中を見られないように、型ガラスを余白に用いている。その型も凹凸がなめらかな型模様をつかっているので、よく見ないと単なる白いガラスのようにみえてしまう。カギ型に二面になっていて、大きい面は引き違い戸でモチーフはシダレヤナギ(注3)にカワセミ、小さな面はアヤメではめ殺しとなっている。ヤナギは木の幹は、ケイムをつかって、その他の枝、葉は銅箔によるハンダ付けでおこなっている。カワセミとアヤメはケイムをもちいている。ケイムを用いたカワセミとアヤメは、涼み座敷の間のモクレンのような細い輪郭線が出ていないので、線の重さを感じざるを得ない。これは、涼み座敷の間と違って、パネル1枚の大きさが大きい為に強度を考慮したおもわれる。
最後に、十三湖の風景を表現したとおもわれる円窓である。このパネルは、ガラスを二重に重ねる技法をいたるところにほどこしている。まず2本の松の幹部分は、輪郭はケイムを用い、松の木の皮模様を銅箔によるハンダ付けでおこない、内側は茶色のオパールセントグラスで、木の幹の色を表現しているが、外側は、白あるいは靑を基調としたオパールセントグラスを重ねている。それによって、松の木の幹の質感が多少明るくなっているようにみえる。また、水面は、空と同じ白と水色のオパールセントグラスを内側に施し、外側には透明に近いハンマードグラスを重ねて、水面の波立ちを表現している。また、水面も上下で、外側のガラスの型模様を変えている。さらに帆掛け船の帆は、内側は一枚の白で、外側は透明板を分割して配置し、縦の線を表している。水面の上の山々は、内側には茶系のオパールセントグラスを用いているが、外側は緑系の型模様のガラスをを濃淡をつけて重ねている。このように、この円窓のおよそ下半分、松の幹部分は、二重にガラスを重ねていることがわかる。そのためか、二本の四角形の補強棒は、内側に配置している。普通は室外面に補強棒を付けるものだが、外側は、ガラスを二重にしたため、段差ができて、補強棒が密着できなかった為だろうとおもわれる。しかし、それと同時に、外側の廊下側からでも、見られることを意識したものと思われる。しかし、廊下側からみる松の木の幹は白っぽく、背景の山もくすんだ緑にしか見えないので、表と裏では、ずいぶんと印象が変わってしまうのは、どう解釈したらいいのだろうか。もうひとつわからないのは、外側の松の木の幹の輪郭、松の木にかかる葉の一部に鉛のプレートで盛り上げていることである。これがどういう意図なのか、よくわからない。
これらの、3カ所のステンドグラスは、小川三知のステンドグラス技法を、余すことなく発揮した作品のようである。ケイムを全く用いないで、銅箔によるハンダ付けで、パネルをつくること、また、ガラスを二重に重ねることによって、新しい色や、表面のテクスチャーを生み出そうとしたこと、など今のステンドグラスでもなしえない技法をその卓越した技術力で行えたのは、三知の技量だけではない芸術的センスと創造力があったからこそであることを、このステンドグラス群は証明している。
ついでではあるが、宮越邸の建物に嵌まっている、透明の窓ガラスについて見てみると、涼み座敷の間のステンドグラスの余白部分の透明ガラスは、三知が調達した、舶来のガラスのようである。日本では、やっと生産されたばかりのコルバーン法による板硝子とおもわれる。それは、平行に波打っていることからわかる。一方廊下の窓ガラスは、一部不規則なゆがみがあり、大正時代ということを考えれば、国産の機械吹き円筒法による板硝子とおもわれる。
注1: この木をコブシと表現している文章があるが、コブシは花の咲き方が上向きや横向きなど様々で、さらに花弁がモクレンと較べて細長い。ハクモクレンは、常に上向きに花が咲き、肉厚の花びらになることから、ハクモクレンとおもわれる。
注2: この木をケヤキと見る文章があるが、葉の形狀から、ハゼノキにより近い形狀をしている。ハゼノキは、一本の枝から左右に葉がでるが、ケヤキはそのような葉にはならない。
注3: これをカワヤナギと表現しているのが多いが、細い葉の形狀はカワヤナギに似ているが、カワヤナギは枝が垂れ下がらない。垂れ下がるのシダレヤナギである。
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