宮越邸ステンドグラス異聞
鑑賞記に書いたこと以外で、気になることが2,3点あったので、もう一度調べることにしました。まず、涼み座敷の間の窓に表現されていたアジサイ・モクレン・ハゼノキについてです。
この花木について、小川三知は、何の花木を表現しようとしていたのか、調べてみると、アジサイは、なんの疑問もなくアジサイですが、真ん中の花木を私がモクレンと断定したことについて、もう少し説明をします。
田辺氏は、その著書になかで、「辛夷(コブシ)(別名ヤマアララギ)」と書いています。以前のブログの注で、“コブシは上向きや横向きに花を咲かせ、モクレンは上向のみ花を咲かせる”と書きました。樹木図鑑をみれば、コブシとモクレンの違いが書かれています。それには、コブシは花弁が6枚、開花と同時に葉が芽吹く。モクレンは花弁が9枚、開花時には葉はつかない。その特徴からステンドグラスをみれば、どちらかは明白なのですが、さらに決定的なのは、小川三知がこれを「木蓮」と宮越正治宛の手紙の中で書いていることです。
小川三知書簡(昭和3年2月6日)解読/田辺千代氏 中泊町博物館展示
小生一昨年或る芝居好きの人の依頼で、其の洋館応接間窓に、錦絵の和藤内をステンドグラスにして用いたるを作り候らば、洋館とはいいながら、室内は寧に日本風八分に御座候。
是は最近の小生の苦心の作にて、御■■間写真を小包にて御届候らば、何卆御納迄候。恐れながら御感想を御聞かせ下され候。
右写真は、縦横ランマ共々役七尺従り六尺餘と覚え居り候。ランマの浄瑠璃文の和藤内虎に出逢ふ処だけ聴き書きして、朱に描付けたるを、勘亭流の先生に本式に書て貰へたのを焼付御座候。先日頂戴致し木蓮装飾室内写真二種、やがてアルス誌へ講座のさし画として送候。
しかも、この書簡を解読したのは田辺千代氏本人です。その記憶がうすれたのか、書簡の文面をちゃんと理解していなかったのかはわかりませんが、決定的証拠です。この書簡のなかには、和藤内のステンドグラスについて書いている部分があります。これは、現在歌舞伎座の4階ロビーに展示されているものです。田辺氏によると、もと村井五郎氏の依頼によって小川三知が製作したものだそうです。第Ⅲ期歌舞伎座にも小川三知のステンドグラスがあったそうです。
この中で、「アルス誌へ講座のさし画として送る」という文言がありますが、これは『アルス建築大講座』第5巻に小川三知の論文「モザイック及スティンドグラス」の中の3枚ある口絵のうち最初に掲載されている写真のことです。キャプションには、“青森縣内舘村・宮越正治氏邸の書斎の窓” とあります。
次に、窓右側にある半分紅葉した木について、田辺氏は「欅」としていますが、どうもその葉の形状、葉の付き方を見ると、樹木図鑑で見るケヤキとは何か違うように見えたのです。
調べてみると、どうも「ハゼノキ」らしいことがわかりました。それで、原物をみるべく、上野公園にあるケヤキ(名札がある)の落ち葉を拾ってきました。さらに、ハゼノキが旧古河庭園にあるというので、出かけてみました。もう葉はすべて落ちてしまっていましたが、そこの庭師さんの計らいで、落ち葉をゲットできました。庭師さんにハゼノキの葉について聞いてみると、ハゼノキの葉の付き方は”対生”という付き方で一本の枝の同じ場所から左右に葉を付ける形状で、ハゼノキの葉の付き方は”奇数羽状複葉”というんだそうです。ちなみに、ケヤキは単葉でハゼノキのような葉の付き方はしないということです。さらに細かくみると、ケヤキは、葉の周囲にギザギザがあるのが特徴です。ステンドグラスは、それほど詳細に表現できるものでもないことは理解できますが、葉の付き方、葉の形状は、ケヤキよりも、よりハゼノキに近いと見るべきだと思います。
ハゼノキの葉(奇数羽状複葉)
ケヤキの葉(単葉)
最後に浴室で表現されている、 “川柳にカワセミ” といわれるモチーフについてです。カワヤナギを樹木図鑑で調べてみると、カワヤナギは枝が垂れ下がらない柳のようです。枝が垂れ下がるのは一般的にみられる、“シダレヤナギ” です。両方とも、ヤナギ科ヤナギ属ですが、枝の生え方は全く違います。どうも、カワヤナギという言葉がどこかで、使われていたために、裏付けもなくそういう名付けをしたのでしょうか。
いちいち草木の名前にこだわることはない、という人もいますが、作者が何をモチーフに選んだのかは、大変重要なことです。もちろん、ステンドグラスという、微細な表現がむずかしい素材媒体では、多少の抽象化はあるかもしれません。しかし、周囲の状況で、作者の意図を忖度してしまうと本当の作者の思いが受け止められなくなってしまいます。もうすこし、エビデンスに基づいた解説が必要ではないでしょうか。
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