ルイス・C・ティファニーのステンドグラスから
先日、伊豆城ヶ崎海岸にあるニューヨークランプ&ティファニーミュージアムへ行ってきました。ティファニーランプがおよそ60台、ステンドグラスパネルが11枚が展示されています。
そのすべてにティファニー工房の刻印があります。その他にもランプやステンドグラスがありましたが、いわゆるティファニー風の作品のようです。日本国内では、島根県松江にルイス・C・ティファニー庭園美術館に数枚のステンドグラスがありましたが、美術館は平成19年(2007年)に閉鎖されてしまいました。その他には、北海道小樽の似鳥美術館の中にルイス・C・ティファニーステンドグラスギャラリーがあって、いくつかのステンドグラスがあるようです。
今回、伊豆の美術館に展示されていたティファニー工房作と判明しているステンドグラスをすべてお見せいたします。そして、ティファニーのステンドグラス技法の一端でもお伝えできればとおもいます。
【14オイスター・ベイの風景 朝日】
【リップルグラス】
【フラクチャーグラス】
まず、カタログ番号「14オイスター・ベイの風景 朝日」から、このモチーフはほかにも「04オイスター・ベイの風景 夕陽」と「27オイスター・ベイの風景」があります。いずれも縦横の格子をいれた藤の花と湾の風景を表現しています。藤はティファニーが好んで表現する花のようです。これらのパネルでは、縦横の格子が窓の格子のように見え、また補強棒のようにも見えますが、藤の花が格子の前に現れているところなど、詳細に観察してみると、縦の線は暗黒の色ガラスを鉛線で挟んでいます。おそらく、補強棒は表からわからないように入れているとおもわれます。つまり、この格子は補強棒と思わせて実は違うという操作をしているようですが、一部には表からかなり太い補強棒をいれている部分もあります。じつにうまい技法を駆使しています。
14のパネルでは、リップルガラス(Ripple glass)やフラクチャーストリーマーガラス(Fracture-Streamer glass)がつかわれています。
27のパネルではリングモトルグラス(Ring mottle glass)が使われています。
藤でいえば、「02藤のある風景」と「08藤とスノーボール」があります。両者ともモットルグラス(Mottle glass)が使われています。
「20蓮とアイリス」は水辺に浮かぶ睡蓮とアイリスを描き、森の風景を表しています。森の木々にはリングモトルグラス(Ring mottle glass)を多用しています。
【20蓮とアイリス】
【リングモトルグラス】
「34滝つぼの風景」も滝の周りの緑の葉にリングモトルグラス(Ring mottle glass)がつかわれています。
【34滝つぼの風景】
【リングモトルグラス】
「38風景の窓」は縁をつけ、窓からの景色のようにみせていますが、大きな木のうしろに靄がかかって、遠くの木々や山がかすんでいます。これは、薄い白がはいったストリーキーグラス(Streaky glass)を木々や遠くの山の風景に重ねて、かすんだ風景を表現しています。
【38風景の窓】
【ストリーキーグラス 二重】
【二重】
「43オレンジ色の花と百合」では、タチアオイに似たオレンジ色の花と百合の花を表していますが、背景には青や黄の色ガラスを配したうえで、草を表しています。
【43オレンジ色の花と百合】
【二重】
宗教画が2点あります。1点は「39戸を叩くキリスト」です。これは、顔、手は絵付けされていて、上部の木の葉にはフラクチャーグラス(Fracture glass)が使われています。
【39戸を叩くキリスト】
【フラクチャーグラス】
もうひとつ「41天使 キャロライン・スコットを偲んで」も顔と手足は絵付けし、衣装には一部ドレープリグラス(Drapry glass)が使われいて、衣の皺の立体感をだしています。
【41キャロライン・スコットを偲んで】
【ドレイプリーグラス】
このように、テファニーは、彼のイメージにあったステンドグラス製作のために様々な色板ガラスを製作しているのです。一例をあげれば、
- オパールセントグラス(Opalescent glass)、数種類の色ガラスを混ぜた不透明な板ガラス。
- ファブリルグラス(Favrile glass)、一種の光彩を放つ玉虫色のガラス。1894年に特許を取得した。
- ストリーキーグラス(Streaky glass)、縞模様のあるガラス。
- ドレープリグラス(Drapery glass)、ひだのある折れ重なった布のようなガラス。
- ストリーマーグラス(Streamer glass)、糸のような細い模様が表面についたガラス。
- フラクチャーグラス(Fracture glass)、表面に不規則な形の薄いガラスウエハーの模様が入ったガラス。
- フラクチャー・ストリーマーグラス(Fracture-Streamer glass)、フラクチャーガラスとストリーマーガラスの両方の模様の入ったガラス。
- モトルグラス(Mottle glass)、斑点のはいったガラス。
- リングモトルグラス(Ring mottle glass)、環状斑点のはいったガラス。
- リップルグラス(Ripple glass)、表面に波紋のあるガラス。
- コンフェッティグラス(Confetti glass),ブルザイで発売しているガラス名。フラクテャーグラスと同じか。
この11枚のステンドグラスは、オイスター・ベイの風景のパネルで1.4m×1.5m程度のおおきさです。当然、補強棒を入れないとゆがみがでます。しかし、ティファニーはそれを実にうまく気づかれないように処理しています。これは、窓枠にはめ込んでもあくまでも絵画としてのステンドグラスという発想なのでしょう。
まだ詳細に1枚1枚パネルを見ていませんが、片面だけでは、どういうガラスの使い方をしているのかが、解明できませんが、ざっと見回してみると、ガラスを至るところで二重に重ねているのがわかります。また、銅箔を巻いてハンダ付けしているところも数多くみられます。非常に細かなピースをつなぎ合わせ、実に繊細な作業をこなして、奥行きのある絵画表現を実現しているとおもいます。
小川三知は、ほぼ同時代にアメリカに滞在していたので、このようなティファニーの作品を至る所で見たとおもわれます。三知の作品を見ると、宮越邸の丸窓で、ガラスを二重に重ねる技法を使いましたが、これは、明らかにティファニーの表現方法を取り入れています。また、アジサイ・モクレン・ハゼの障子はすべて銅箔を巻くという、これもティファニーの考案した技法を試しているのがわかります。しかし、小川三知は、日本画を学んでいますので、余白のない丸窓では、ティファニーに忠実であっても、格子で区切られたちいさな板をはめ込むという建具では、余白をとりいれるという方法を採用したのでしょう。しかも、ティファニーの「オイスター・ベイの風景」で使われている格子は、藤の花がからんでいるのを見ると、いわゆる窓からすこし離れたところに設置されているようにみえます。それにくらべて、アジサイ・モクレン・ハゼの障子は、木製建具の格子の外にそれらの花木が植わっているようにみえます。見学者にとっては、格子の障子はもともとすべてに透明のガラスがはまっていて、その障子の外に花木があるように錯覚してしまうのです。借景は、外の景色を内と外を隔てるパネルに取り込むことであり、これは、借景とは、全く逆の感覚を作り出しています。
三知のステンドグラスは、アメリカの新しい技術を積極的に取り入れていますが、ティファニーはその財力をつかって、数多くの種類の板ガラスをつくってそれを使用しています。三知は、ティファニーに較べると、採用する板ガラスは格段に少ない種類で製作しています。また、ガラスを二重にする技術は、鳩山邸の五重塔の組物で試してはみたものの、それ以降積極的には使わなかったようです。このように、三知は、技術をティファニーに学びながら、日本では、取捨選択をして独自の表現を模索していったのだろうとおもわれます。
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