« 2022年11月 | トップページ | 2023年6月 »

2022年12月

2022年12月24日 (土)

板谷波山、吉澤忠、小川三知と田端文士村

13_20221224115401

13_20221224122401

 陶芸家板谷波山は、茨城県下館の生まれで、東京美術学校彫刻科に明治22年入学している。その翌年、小川三知は同日本画科に入学。まだ開校間もない美術学校は少数の学生で、専攻科は違っても交流があったようです。木彫科の同級生には、後に美術院で彫刻の修理を手がけた新納忠之助がいました。板谷は、卒業後、石川県工業学校木彫科教諭として金沢に赴任。7年程勤めた後、学校を退職し、陶芸製作のために東京に移住しました。転居先は、田端512番地という台地の斜面の土地でした。そこで、窯を築き本格的に陶芸製作にいそしみました。

13_20221224115601

13_20221224115602

 一方、小川三知は、橋本雅邦を師とし、日本画の制作に励みました。板谷の一年後卒業すると、日本画教師として、山梨県尋常中学校、神戸市兵庫師範学校などで、教鞭をとり、ハウ女史の紹介で、アメリカシカゴ美術院の日本画教師として、明治33年渡米しました。
 その頃、医学生だった吉澤亀蔵は、まだ生まれたばかりの忠とともに板谷邸の裏に引越してきます。そこで、幼い数年間、板谷家との交流が行われました。

13_20221224115901
 小川三知は、明治44年、アメリカから帰国後、すぐに最新のステンドグラスなるものに注目をあび、建築学会特別会員となり、世界のステンドグラス事情についての講演を行うなど、帰国後から忙しくしていました。板谷は、田端の地を小川三知に紹介し、田端に住居と工房を作りました。小川の住居は台地の上にあり、南側に下っており、大変景色のいい場所だったようです。

13_20221224115701

13_20221224115702

 板谷波山と小川三知はお互いに、それぞれの仕事で忙しくしていましたが、小川三知の日記によると、煎茶の稽古などを一緒に受けていたことが記されていて、三知が死ぬまで、田端文士村で交流を続けていたようです。

13_20221224115703

13_20221224115801

 吉澤忠は、田端から引越した後も、よく板谷邸に遊びに行っていたようです。板谷の双子の男子と2つ違いだったこともあったのかもしれません。忠が中学2年生のとき、関東大震災がおきます。板谷邸は無事だったのですが、横浜の吉澤邸は全焼。それで、そのまま中学卒業まで板谷邸で下宿することになったということです。忠は浦和高校から、東京帝国大学文学部美術史学科に入学しました。

13_20221224115902

吉澤忠の父親亀蔵は震災後に家を建てることにし、板谷の友人の小川三知に玄関扉の額、ランマや、洗面所の窓などに、ステンドグラスを製作してもらいました。建物は京浜急行日ノ出町駅から野毛山公園に向かって坂と階段を登っていったところにありました。2015年に行ってみましたが、空き家でした。その後、建物が取り壊されたという噂を耳にしました。ステンドグラスが無事に残されていることを願うのみです。

140013

14011

 美術史学者吉澤忠は、南画研究を専門とし、『国華』に30余の論文、170余点の作品の紹介をしています。東京帝国大学では滝精一に師事し、卒業後は戦争に突入していったために、実績にあった職業につけませんでしたが、戦後、東京国立博物館の文部技官に39才にしてやっと就任しています。ところが、1年余りで依頼免官となります。戦後の文化財行政の混乱、新旧勢力の確執があったのかもしれません。戦後、吉澤は、東博勤務中にも、舌鋒するどい行政批判をしています。おそらくそれが免官の原因だったのかもしれませんが、美術品の見方、博物館での公開のあり方、美術品所有者との対し方、学界の封建性、文化財行政への批判など、いまでも議論しつづけなければならない基本的なテーマを、さまざまな雑誌に投稿し問題を投げかけています。それらのテーマに対して、今の美術史学者はどれだけ共有して発言しているのでしょうか?

吉澤忠論文の一部
 「行方不明の國寶」『東京新聞』 1946.10.30-31 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「御物と博物館ー皇室財産の處理についてー」『古美術』181 1946.12 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「美術史の封建性ー美術史學をはばむものー」『日本評論』21-12 1946.12 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「美術界の列侯會議」『サンデー毎日』 1947.1.26 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「日本美術の窓」『美術運動』3 1947.12 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「學問以前のこと」『美術と工藝』9 1948.3 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「美術品の公開」『國立博物館ニュース』8 1948.4 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「民族文化のためにー博物館のあり方と美術の見方ー」『東京民報』 1948.5.1 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「古美術品の再評價」『美術運動』4 1948.6 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「繪畫の見方ー初めて畫をみる人にー」『國立博物館ニュース』12 1948.8 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「社寺見學禁止の問題」『國立博物館ニュース』14 1948.10 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「法隆寺金堂の火災」『新教育タイムス』12 1949.2 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「法隆寺はなぜ焼けたか」『アカハタ』600 1949.2
 「法隆寺」『教育と社會』4-5 1949.5 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「古美術の世界」『BBBB』創刊号 1949.11 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「社會教育施設への入場料」『國立博物館ニュース』25 1949.6 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「参議院文化財保護法批判」『日本歴史』19 1949.9 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「美術を見るためにー博物館見學の場合ー「『社會科教育』31 1950.6 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「専門審議會への期待」『國立博物館ニュース』45 1951.2 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「眞物と僞物 美術についてのさまざまな感想(三)(四)」『ケノクニ』6-7.8 1951.7-8 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「美術と複製 美術についてのさまざまな感想(六)」『ケノクニ』7-4 1952.4 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「時評・美術品の海外輸出」『歴史學研究』160 1952.11 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「模倣ということ 美術についてのさまざまな感想(八)」『ケノクニ』7-12 1952.12 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「剝落模寫と復元模寫 美術についてのさまざまな感想(十)」『ケノクニ』8-1 1953.1 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「國立近代美術館に問う」『美術批評』1月号 1953.1 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「國寶をめぐって」『改造』34-4 1953.4 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「時評・畫は描かなければわからないかー近代繪畫の一つの問題ー」『歴史學研究』170 1954.4 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)
 「古美術と現代ー傳統と創造との問題ー」『日本讀書新聞』751 1954.6.21 (吉澤忠『古美術と現代』所収 1954.8.25 東京大學出版會)

参考文献
板谷波山と吉澤忠
 吉澤忠「板谷波山先生の思い出ー出光美術館の講演からー」『陶説』290 1977.5.1
 吉澤忠「波山の人柄と日常生活」『目の眼』14 1978.1.1
 吉澤忠「大正時代の板谷波山」『炎芸術』4 1983.10.1
 田辺千代「美術史家 吉澤忠と波山ー波山さんのおくりものー」『没後50年 板谷波山展』図録 2013.10.4 毎日新聞社

板谷波山
 吉澤忠・中川千咲『板谷波山傳』 1967.3.26 茨城縣
 松田典子「板谷波山伝」『美学・美術史学科報』1 1973.3 跡見学園女子大学美学美術史学科
 『炎芸術』4 特集ー板谷波山・現代陶芸の原点に還る 1983.10.1
 『陶説』493 1994.4.1
 『常陽藝文』187 特集板谷波山 1998.12.1
 荒川正明編『板谷波山ー陶芸とその生涯ー』 2010.10.16 財団法人波山先生記念会
 『生誕一五〇年記念 板谷波山の陶芸』図録 2022-2023

吉澤忠
 『古美術と現代』 1954.8.25 東京大學出版會
 『渡邊崋山』 日本美術史叢書 1955.11.15 東京大學出版會
 『池大雅 ブック・オブ・ブックス日本の美術』26 1973.3. 小学館
 『日本南画論攷』 1977.8. 講談社
 「物故者(昭和63年)」『日本美術年鑑』平成元年版 1990.3.30
 吉澤忠 年譜・著作目録編纂会『吉澤忠 年譜・著作目録』 1993.12.12

小川三知
 藤森照信「明治・大正・昭和のステンドグラス」『彩色玻璃コレクション 日本のステンドグラス』 2003.6.10
 田辺千代「小川三知ーアメリカ系スティンドグラス技法を伝えた稀代の芸術家」『日本のステンドグラス 小川三知の世界』 2008.4.20
 田辺千代「日本のステンドグラスー宇野澤辰雄と小川三知」『民族藝術』28 特集 ガラスの東西 2012.

板谷波山・吉澤忠・小川三知年譜

ダウンロード - e69dbfe8b0b7e6b3a2e5b1b1e383bbe59089e6bea4e5bfa0e383bbe5b08fe5b79de4b889e79fa5e5b9b4e8ad9c.xlsx

 

« 2022年11月 | トップページ | 2023年6月 »

2023年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ