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2023年6月

2023年6月25日 (日)

求道会館(歴史編)

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 近角常観(ちかずみじょうかん)は、明治3年、琵琶湖の北東、滋賀県東浅井郡の浄土真宗大谷派の小さな寺院で生まれた。東本願寺経営の育英教校で学び、そこで優秀な人材として選ばれ、明治22年東本願寺の留学生として上京した。開成中学に編入し、その後、第一高等学校を経て、東京帝国大学文科大学哲学科に入学した。大学3年の時、東本願寺の改革運動「白川党宗門改革運動」に参画し挫折したが、明治33年山県内閣の宗教法案の反対運動で活躍し、後にその法案は廃案となった。この功績を評価した東本願寺は常観を欧米の宗教情勢の視察に派遣し、明治33年より3年間の外遊に旅立った。帰国後、東本願寺は常観を衆議院議員に出馬させようとしたが、常観はこれを固辞し、そのかわり、文京区本郷に土地と建物をもらい受け、明治35年、青少年の適切な宗教教育の場として「求道学舎」を開設した。

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 日曜講話の場としての「求道会館」の建設計画は明治36年より始まった。設計は、荻野仲三郎などの仲介で、武田五一に依頼した。武田は、当時東京帝国大学工科大学造家学科の助教授から欧州留学し、明治36年の帰国後は京都へ行き、後に京都帝国大学で建築学科の創設にかかわっていたが、求道会館の着工まで10年以上かかっており、その間、複数回の設計変更がおこなわれて、大正4年ようやく求道会館が竣工した。

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 その後、以前からあった「求道学舎」も関東大震災後の大正14年、武田の設計で鉄筋コンクリートで建て替えられた。常観は、この求道会館で、日曜講話を行い大変な人気を得ていたが、昭和16年に逝去。行年71才だった。その後、求道会館は、弟の近角常音に引き継がれ、昭和28年常音が逝去するまで、活動は続けられた。常音死後は、求道会館は施設を使用することがなくなり、荒れ放題となってしまった。
 平成6年、求道会館を東京都指定有形文化財に指定されたのを機に、平成8年9月に修理工事に着手し、平成14年3月に工事を終了した。施工は、会館創建時は戸田組の戸田利兵衛で、修理工事も戸田建設が請け負った。また、修理工事では、孫で建築家の近角真一氏も関わった。
 
参考文献
  求道会館修理委員会『東京都指定有形文化財 求道会館修理工事報告書』 2002年3月25日
  近角よう子『求道学舎再生』 平成20年4月30日
  FaceBook:「古い板硝子」求道会館(ガラス編) https://www.facebook.com/groups/4889876824428552

 

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