文化のみち二葉館のステンドグラス
二葉館(旧川上貞奴邸)は、大正9年竣工しました。その後、数度の増改築を経て、一部解体され、名古屋市の所有となって、移築復元され、平成17年開館されました。その経緯は、名古屋市発行『登録有形文化財旧川上貞奴邸復元工事報告書』(以下『報告書』と記す)に書かれています。その中で、この館に嵌まっていたステンドグラスの復元工事について『報告書』で取り上げていない資料を加えて検討をしようと思います。
まず、この館には、①1階大広間「初夏」、②1階大広間「踊り子」、③1階旧食堂「アルプス」、④2階旧書斎「もみじ」、⑤1階と2階の階段に5つの照明器具、⑥玄関ランマ と6カ所のステンドグラスがあります。これらを『報告書』をもとにひとつづつ検討していこうとおもいます。
中央に両開きの扉、ランマ付き、両袖の嵌め殺し窓にステンドグラスが嵌まっています。「報告書」に載る古写真「217 転用されていたステンドグラス「初夏」の一部」を見ると、両袖のパネルはもともと現状左の嵌め殺し袖で、ランマの両端のパネルが欠失していたようです。両開きのドアも「218 転用されていたステンドグラス「初夏」と「アルプス」」にあるように、別の窓に使われていたようです。
工事では図にあるように、両脇のランマは「新規推定復元」つまりデザインからすべて創作。左の嵌め殺し窓は分かれていたのを合体させてパネルとし、右側は、古写真をもとにデザインしたということです。
(追加情報)2015年に右袖の”古写真からの復元”部分が発見され、名古屋市が入手し、もとの位置に復元したということです。
https://higashibgv.com/%E6%B4%BB%E5%8B%95%E3%81%AE%E6%A7%98%E5%AD%90/4675
左 復元したステンドグラス 右 新たに発見されたステンドグラス
ここに、『報告書』に触れられていない資料があります。武間圭一編『近世ステインドグラス図案集』第一輯 建築畫報社出版部 大正10年刊か?のPL.No.13 に全く同じ図柄が掲載されています。
しかし、中央ランマと両袖の嵌め殺し、両開きドアは反転しています。創作した両脇のランマは、図柄が全く違っています。古写真を検討してみると、図5-2-130 、図5-2-131 では現状の位置になっています。
図218 のドアの写真、217の古写真も同様現状の位置になっています。それでは、『ステインドグラス図案集』の写真は反転して掲載されたのでしょうか。この問題を考えるにあたって、もう一つのパネルの検討が必要です。
『図案集』のランマ
ランマ部分を反転した写真(両脇の創作した部分)
②「踊り子」
このパネルは、古写真とデザインをした杉浦非水のデザイン画を参考にして復元したと『報告書』には書かれています。その古写真は図5-2-124 で、これは、外部から撮った写真とわかりますが、内側から見ると竪琴を弾く人は右、笛吹く人は左、踊り子は左手を挙げています。
図5-2-127 にある踊り子のデザイン案とは、反転しています。
『近世ステインドグラス図案集』PL.No.14 によると、古写真と合致します。
ということは、図5-2-127の復元デザイン案は反転して書かれたということか、『図案集』が反転した写真をのせたかのいずれかということになります。出版物で2枚も写真を反転して掲載することの可能性は低いのではとおもいますが。
③アルプス
この4枚のパネルは他の場所に移設されていたようですが、(218 転用されていたステンドグラス「初夏」と「アルプス」)補修もせず、今回の工事で元の位置に嵌められました。大変よい状態で残されています。さて、外側からも一応撮っておこうとおもって、あとで、写真を見ると、各パネルに1カ所二重になっている箇所をみつけました。宇野澤系では、見たことがありませんでした。大変珍しい技法です。


















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