旧渋沢邸のステンドグラス
抽選で何回か落選していたのに、たまたま空きを発見し、申し込むと見事当選、猛暑の中、室内は冷房が無く冷水を提供してもらい熱中症にならずに見学できました。渋沢邸は、明治11年に表座敷を建築してから、明治44年三田綱町に移築、昭和5年に洋館を増築、平成3年に青森県六戸町に移築、令和5年現在地に移築されました。
ステンドグラスは、昭和5年増築した洋館部分にあります。
まず、玄関の両脇にある嵌め殺し窓2ヵ所、ツバメのデザインです。
客間には、暖炉の両脇と、右側にひとまわり大きな窓が1ヵ所と計3ヵ所のステンドグラスがあります。暖炉の両脇は、木にとまった一羽の鳥、右側の大きな窓には二羽の鳥が描かれています。この3ヵ所の窓の枠の下端には「生活空間再現2025年1月31日 製作:(株)大竹ステンドグラス・(株)斉藤木工所」の銘板があります。
食堂には、3連のランマ、その下に3連の両開き窓があります。また、その右側には両開き窓が1ヵ所同じデザインのステンドグラスがあります。地には、"MUFFLED"とおもわれる型ガラスを使って、抽象柄を中央に配しています。六戸町時代の写真では、3連の両開き窓には、ステンドグラスがなく、令和の移築改修時に復元したものとおもわれます。
書斎には、引き違い窓にステンドグラスがあります。地は蛍光色の”PLAIN"を使っているようです。右の石仏は渋谷敬三の所蔵品だったそうです。南北朝か?
2階の寝室の雨戸には、ひし形のガラスが嵌まっていますが、その内の2枚はブルーのダイヤが嵌まっています。
透明の窓ガラスの一部にゆがんだガラスが残っています。ラバース法による細長い泡があるガラスを見つけました。他は、並行のゆがみがあり、コルバーン法によるガラスとおもわれます。
移築復原工事は、昭和5年時の状態にすることをコンセプトにしているということで、さすが、清水建設だけあって、よく調べた上での復原工事だとおもいます。是非とも、その調査結果と復原方法の詳細を、復原工事報告書としてさまざまな方法で誰でも入手できる公開を切望いたします。関係者にだけ配るというのは、公開とはいえませんし、スーパーゼネコンの名がすたるというものです。
































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