まぼろしの邪馬台国
宮崎康平著『まぼろしの邪馬台国』を読んだのは、高校卒業の頃だったようです。奥書の年号を見てみると、昭和42年1月24日が第一刷で、3月25日には第三刷にもなっていました。
たしか、卒業後のぶらぶらしている時期に買ったのだと思います。邪馬台国論争のことは、高校時代に他の本で大体の概略は知っていましたが、マスコミで取り上げたことで、新説かと思って興味をもったのだとおもいます。
買ってから、どこかへ出かけるときも必ず手にもって、電車などで読んだのだとおもいます。本屋の包み紙で本のカバーをしていたのが、手に持っていたところだけ破けていました。
そのころの学界での邪馬台国論争は、いはば膠着状態で、新しい証拠も新説も出ない状況でした。そんな時に、盲目のしかも在野の考古学者が新説を発表したので、マスコミはいっせいに取り上げたのでした。テレビのドキュメンタリーでも見た記憶があります。
私はその本を一気に読んだ記憶があります。しかし、その本に感動したのは事実ですが、それは、宮崎康平の生き様に心うたれたので、学説については読んでいくうちに、ちょっとおかしいのでは、と思うことがありました。案の定、実に意外な、何ともおかしな結論が導かれていました。学説としての論の立て方に錯誤があり、特に、言葉の意味について、論拠のない独断的な解釈が目につきました。
つまり、推理小説の謎解きとしては、おもしろくても、学問としての論の立て方は、当時高校生の私でさえ稚拙さが見えて、納得がいくものではありませんでした。
読み終わって、なーんだ! というのが感想でした。
しかし、宮崎康平という人の生き様は、すごいものがあります。そして、その夫をささえた和子夫人は、ほんとに目立たない、ただひたすら影の支えになっていた人だというのが言葉の間から見えてきます。
実は、大学生の頃、いつものように、茶房で煎餅をかじりながら、ぐだぐだしていると、突然、着物で袴をはいて、杖をついた人が入ってきました。私はひと目で、宮崎康平とわかりました。すぐそばには、和子夫人が手を添えていました。旧知の茶房のおじさんを訪ねてきたのでした。入口の席で、ひとしきり、おじさんと話をし、帰っていきました。
帰ったあと、あれが、宮崎康平だよ。と日下さんに話しましたが、まわりの人も、宮崎康平のことはまだ、あまり知られていないようでした。
今、映画が上映中だそうです。和子夫人を吉永小百合さまが演じています。あまりにも、役と本人の様子が似ています。しかし、私が見た和子夫人は吉永小百合さまほど華やかな人ではなかったような気がします。また宮崎康平役の竹中直人はずいぶんイメージが違います。
フィクションだといえばそれまでですが、和子夫人はほんとに目立たない人のようでした。吉永小百合さまとどうしてもイメージをだぶらせることはできません。
それで、映画は見ないことにしました。永遠のサユリストでいたいものですから。
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