地域

2026年2月23日 (月)

大洲散策 令和8年2月

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 大洲市内の散策をするために大洲に一泊しました。夕食は、大洲城を見渡せる、との町 たる井 の2階で、ライトアップを鑑賞。翌日は、まず盤泉荘 臥龍山荘と、別荘建築を見学。
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との町 たる井
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盤泉荘
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臥龍山荘
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大洲の町並みを散策。おはなはん通りなどを歩いていると、個人の住宅の塀に花をモチーフとしたステンドグラスがはまっていました。
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おはなはん通り
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大洲城は、天守閣が明治になってとりこわされましたが、模型や古写真が残っており、平成16年、木造で復元されました。構造などかなり忠実な復元工事をしたようです。
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2025年10月31日 (金)

静岡に遊ぶ 令和7年10月

秋の一日、静岡ですごしました。まずは、静岡市歴史博物館で開催の「しずおかの古仏たち」展です。
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市内の久能寺、霊山寺、新光明寺、建補寺の寺院ごとの仏像が展示されていました。ロビーには、霊山寺の金剛力士立像があり、
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以前見た、新光明寺の阿弥陀如来立像がありました。
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平安末から鎌倉時代の仏像がそろっていました。次に、村上英二記念開明堂museumにいきました。
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村上開明堂という板ガラス加工メーカーの美術館です。自動車のサイドミラーなどの有数の鏡メーカーなので、古代の銅鏡を収集していたそうです。本社ビルの一画に設けられた展示スペースには、銅鏡は一枚しかなく、殆どが根津美術館に寄贈されたそうです。ただ、会社の沿革を展示していた中で、以前見学した、旧沼津御用邸の改修工事を担当したことが展示されていました。この建物の改修工事には、注目していたことがあって、割れたガラスの補修がすべてゆがんだガラスだったことです。こういった改修工事は、今まで見たことがなかった画期的な改修工事だったので、どこのガラス施工会社が担当したのか修理工事報告書をしらべましたが、わかりませんでした。やはり、ドイツのランバーツの手吹き円筒法のガラスをつかって補修したのだと、納得がいきました。
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昼は、駅近の「浮月楼」で季節限定の食事を奮発し、
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午後は、「ステンドグラス工房かわもと」で、ステンドグラスの製作工程の見学をしました。実際の工程は理解していましたが、細部にわたっての技術的な方法などは、その場で質問しないとわからないことが多く、大変勉強になりました。というわけで、充実した秋の一日でした。

2012年5月21日 (月)

金環日食

 金環日食を写真にうまく撮るにはどうしたらいいか、いろいろ考えました。まず、望遠レンズは値段が張るので、あきらめ、それなら、テレコンバータというものがあるというので、ヨドバシに走ると、すでに在庫切れ。あの高いフィルターでも買おうかとおもったら、それも売り切れ。

日食用のメガネでは、ちょこっとしか、フィルムが着いていません。これでは、レンズを覆うこともできません。

そんなこんなで、結局、全部手製でつくることにしました。レンズフィルターも商売物を使って製作しました。

日食前にいろいろ試して、これならまあ見られるかな、というところまで行きました。

当日、自宅前にて撮影開始です。太陽が雲に隠れると、カメラで位置を確認できなくなります。液晶画面では、よく見えないとこまるので、手製のフードもつくりました。

70~80枚くらい撮りましたが、何とか見られるのはほんの数枚でした。

以下ご覧ください。

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2011年1月12日 (水)

両国界隈

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 日曜日に更新しようとしたところ、インターネットにアクセスできませんとの表示。何が原因なのだろうと、いろいろいじくっても埒があかず、どうも設定に問題があったわけではなく、ハードの問題と判断。パソコンは自作なので調べると、マザーボードに組み込まれているLANボードがどうもあやしいことが判明。

急遽、ヨドバシカメラに走り、LANボードと、ついでに地デジ用のTVキャプチャカードを購入しました。

箱を開けるのは、しばらくぶりで、どういう配線をしたのか、どんなボードを差していたのかも忘れてしまっていたので、床にへばりついて観察して、(本体は机の下に置いてあるので)やっとのこと、不要なボードを引っこ抜いて、何とか2枚のボードをさし込みました。

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インターネットはやっとつながりましたが、地デジはまだ映りません。まだ、設定に間違えがあるようです。

最近のコンピュータは、ますます複雑になって、もう単なるマニアでは手に負えなくなってしまいました。

初期のパソコンは、プラモデルを組み立てるような感覚で、わくわくしたものですが、こうも高度になると、シロウトのでる幕ではなくなって、さびしさがつのります。

 

 

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以前、マウスが動かなくなった時も、パニックになってしまいました。何せどうやってシャットダウンしたらいいのか、わからなかったのです。マニュアルでは、電源スイッチで切断してはいけませんとは言っても、結局最後の手段を使わざるをえなかったのです。

そんなこんなで、更新が遅れてしまいました、という言い訳をしてしまいました。

今日は、ある新年会のついでに、両国界隈を散策してきました。

旧安田庭園は、こじんまりとした下町の庭園です。白鷺?が近くによってきました。

そして、震災記念堂、私の親の代の人は、陸軍被服廠跡といっていましたが、関東大震災と東京大空襲で、多くの犠牲者がでたところです。

設計は伊東忠太で、内部の装飾に得意の怪獣の装飾がありました。そして、人字束もあったりして、伊東忠太の建物の探検は興味がそそられます。

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近くのホテルの25階から見る東京スカイツリーは、現在549mです。

2011年1月 1日 (土)

謹賀新年

あけましておめでとうございます。

旧年中は拙ブログにアクセスいただきありがとうございました。

ときとして、筆折れることもありましたが、なんとか新年をむかえることができましたのは、ひとえに読者のあたたかいご支援のたまものと感謝しております。

さて、元旦は、例によって、東京スカイツリーのまわりをグルッと歩いてきました。

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まずは、北側から

 

 

 

 

 

 

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そして、北十間川から、目の前で見上げるとこんな感じになります。

このデジカメはパラノマ撮影ができるもので、真上から下の川まで、画面にはいります。

 

 

 

 

 

 

 

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見上げると、一番上には、制震装置がのり、その下にはアンテナが着いているのがわかります。

 

 

 

 

 

 

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吾妻橋のそばには、鉄チャンごのみの撮影スポットがあります。

スペーシアとスカイツリーです。ちょうど電車が徐行する場所ですので、しっかりと撮れました。

 

 

 

 

 

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そして、浅草へ、さすがに、まだ10時なのに、人がでていました。このにぎわいは、正月ぐらいでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

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昨年は、どうもパッとしない年でした。今年は、どんな年になるのでしょうか。この年齢になって先が読めない人生は、世の中あまりよくないことの証拠でしょうか。信頼するべきものがだんだんとなくなってきているようです。

そうはいっても、まだやらねばならないことが、山積しています。これから、どれだけこなせるやら、

浅草寺でお祈りしてきました。

2010年12月 3日 (金)

首都の晩秋

今朝の大雨と風で、街路樹のイチョウの葉がずいぶんと落ちて黄色の絨毯が歩道に敷かれていました。もうあっという間に冬が到来してきたようです。

今週は、なんだかんだと、用足しのついでに、東京の紅葉の名所を巡ることができました。

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まずは、九段で用をすませ、清水門から北の丸公園へ、このお堀の桜はみごとですが、桜紅葉はやはり、鮮やかさからいえば、イマイチというところでしょうか。

 

 

 

 

 

 

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そして、お堀沿いに平川門から、和気清麻呂像と、何かいわれのあるオオイチョウのあるお堀沿いの広場。

 

 

 

 

 

 

 

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大手門から、東京駅方面をみると、街路樹のイチョウがまっ黄色でした。

 

 

 

 

 

 

 

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次の日、清洲橋近くに用があり、ついでに橋を渡って、清澄庭園へ。この庭には、あまり紅葉する木が多くありませんでしたが、むしろ、隣接する無料公園のほうが、紅葉も桜もみごとな木があるようです。

 

 

 

 

 

 

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また、次の日は、駒込のついでに、六義園へ。ここは、さすがに、しだれ桜だけでなく、みごとな紅葉がありました。

真っ赤に染まったカエデが群生しているところがあり、イチョウの黄とのコントラストはさすがです。その場所は夜間にライトアップする場所のようです。

 

 

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そして、 その次の日は、霞ヶ関ビルでの会合の前に、日比谷公園へ。

松本楼前のオオイチョウはもう葉がほとんど落ちていましたが、その横のモミジは見事でした。

 

 

 

 

 

 

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さらに奧に行くと、モミジとイチョウがみごとに色づいた場所がありました。

 

 

 

 

 

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そして、霞ヶ関ビル35階から、地上を見下ろすと、正面には国会議事堂、その後ろには、豪華な議員会館、そして、首相官邸・公邸が視界に入ります。

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このまわりの道路の街路樹はすべてイチョウです。議事堂前の庭にも紅葉が多くあるのがわかります。

こうしてみると、東京の紅葉は、都の木でもあるイチョウがやはり目だちます。

京都や奈良の紅葉は、カエデの紅がよく映えていましたが、どうも、東京はカエデの紅葉が少なく、あっても色づきがイマイチのようです。

何か気候的なことでもあるのでしょうか。東京は鮮やかさに負けているようです。

2010年11月12日 (金)

桜紅葉

そういえば、桜は落葉樹です。したがって、その葉は寒くなると枯れて落ちてしまいます。とすると、桜も落ちる前に紅葉するのです。こんなことが気がつきませんでした。

桜というと、春の花の華やかさだけかと思っていましたが、これだけ、都内に桜の木があるのに、桜紅葉のあでやかさが話題にのらないのは何故でしょうか。

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というわけで、まずは谷中の墓地に行ってみました。 たしかに、桜並木はオレンジ色になっているところもありましたが、同じ木の中でまだ青葉もあって、真っ赤に染まるという景色にはなっていませんでした。

というのも、場所によって紅葉するところが違っていて、もう枯葉として落ちていたり、青葉があったりで、めりはりのない景色になっているからなのでしょうか。

 

 

 

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つぎに、上野公園の桜並木を見てみると、どうもぼやけています。

 

 

 

 

 

 

 

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 ついでに、東照宮に行ってみると、唐門のうしろにある本殿がシートに絵で描かれていました。何だとおもったら、足場に掛けるシートに本殿の写真を原寸大で表していたのでした。これはスゴイ! ちょっと見ると本物と間違うほどです。

 

 

 

 

 

Photo_8 ところが、不忍池におりてみると、ここの桜並木は一斉に紅葉していました。とくに、中の通路と、ボート池のまわりは、いまが見頃です。

もみじの赤やイチョウの黄の色づきとちがって、桜紅葉は、オレンジがかった赤で、ちょっとくすんだ感じが、いまいちの感がありますが、それはそれで、紅葉としてもっと、愛でてもいいのではないでしょうか。

 

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 というわけで、今のスカイツリーと弁天堂とのツーショットということで。

2010年3月25日 (木)

古都の桜

 今回、奈良と京都の寺院で見た、桜をご紹介しましょう。もう満開になっている木もあれば、もうすこしで見頃という桜もありましたが、それぞれに風情のある桜でした。

Photo 薬師寺玄奘三蔵院の入口をはいったところにある桜です。8分咲というところでしょうか。

 

 

 

 

 

 

Photo_12奈良市内では、やはり氷室神社のしだれ桜が一番のような気がします。みごとです。

 

 

 

 

 

 

Photo_3これは、伝香寺の散り椿、花が散るときこの椿は花びら1枚づつ散るのだそうです。

 

 

 

 

 

 

Photo_4泉涌寺本堂の横にある桜、この桜は今が満開でした。

 

 

 

 

 

 

 

Photo_5醍醐寺霊宝館にあるしだれ桜、霊宝館には、数本のしだれ桜があり、これはまだ8分咲程度の桜。

 

 

 

 

 

 

Photo_6これも醍醐寺霊宝館内にある桜。ほぼ満開。

 

 

 

 

 

 

 

Photo_7 醍醐寺金堂横のしだれ桜。ほぼ満開です。

 

 

 

 

 

 

 

Photo_8醍醐寺五重塔前の桜。

 

 

 

 

 

 

 

Photo_9 醍醐寺三宝院の桜。この桜はかなりの古木で、立派な木です。しかしまだ7分咲程度です。

 

 

 

 

 

 

Photo_10三宝院入口のみやげ物屋の裏に茶店があります。わらび餅などがありますが、桜の花が入ったアイスクリームがあります。去年は、たしかゴマのソフトクリームなどがあったはずですが、今はカップアイスのみです。醍醐寺のここでしか食べられない限定品です。

 

 

 

 

 

 Photo_11前回の写真でおわかりでしょうが、大報恩寺の阿亀桜はまだ5分咲程度でした。

本堂での法要です。右側に若い尼さんがいます。写真を撮っている外人がジャマしています。儀式の雰囲気をぶちこわしています。

2010年1月 1日 (金)

謹賀新年

あけましておめでとうございます

旧年中は、拙いブログ「春秋堂日録」にアクセスいただきありがとうございました。このところ、いささか息切れぎみですが、今年も頑張って更新するつもりですので、応援をよろしくお願いいたします。

元旦は運動もかねて、初日の出といきたいところですが、家の近くで、初日の出の最適な場所がありません。今年は、ちょっと足をのばして、東京スカイツリーまで散歩してきました。

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去年中で、およそ250mまで完成したようです。まだまだ予定の半分もいっていません。今年はもう我が家から見ることができるようになるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Photo_2近づいて見ると、その大きさに驚きます。はるか昔、初めて東京タワーを真下で見たときの感動を思い出しました。その時は、自らの身長も低かったので、見た目はちがうのでしょうが

 

 

 

 

 

 

2009_05 去年の5月、見た時よりも、ずいぶんと進んでいるのがわかります。 最近の建造物は、基礎に日にちがかかりますが、立ち上がるとみるみるうちに高くなっていきます。実に合理的な工程で工事が進捗しているという施工技術の進歩があります。まさにあらゆる生産技術を結集した成果を見せつけられるような気がします。

 

 

 

 

Photo_3 向島を歩いていると、はからずも、隅田川七福神めぐりをすることになってしまいました。一番北の多聞寺の毘沙門天は行けませんでしたが、向島百花園は閉園中は門の前まで、福禄寿がお出まししていました。

 

 

 

 

 

 

Photo_4 昔は、三囲神社(みめぐりじんじゃ)で、まず素焼きの宝船を買って、お寺ごとにひとつづつ神さまを買って、すべて宝船に七福神をのせて完成となったのですが、今でもやっているのかな。

元旦の朝でも、初まいりの人が多くでていました。

2時間も歩くとさすがに疲れて、ずいぶんと家から遠くにきてしまったので、帰りは電車で、ということで。これでは、運動にならないな。

2009年7月 6日 (月)

下町七夕まつり

Photo 一昨日から今週金曜日まで、“下町七夕まつり”というイベントをやっています。場所は昭和通りの北上野から、浅草国際通りまで、東西におよそ1㎞のまっすぐな道です。、いわゆる合羽橋本通りという商店街があるところです。普段は、商店街といっても、アーケードがあるわけでもなく、店が並んでいるわけでもないのですが、こういうイベントがあると、老若男女が集まります。下町の人間は祭り好きですので、地元の人がこれほどいたかというくらいです。

神社でやる祭とはちがって、町内会や商店街の青年会が中心になって動いているようです。ですので、香具師がはいらないで、自前でやっている屋台がでています。下町は、いわゆるサラリーマンがあまりいないので、いってみれば、商売をしている人は時間の自由がききますので、こういうイベントにも充分に手が間に合うことになります。台東区は高齢者が多くなってきたとはいえ、まだまだ働き盛の人はいます。こういう地域で何か共同してやる土壌がまだまだ残っているということですか。

これが、住宅地でのイベントとなると、人の確保がむずかしく、時間の自由につかえる人は老人しかいなくなってしまいます。そういった意味では、商売人の多く住んでいる町は、結構活気があり、地域のコミュニティーも活気があるのです。

これは、戦後の日本の住宅政策が生んだ歪なのでしょう。職場と住居を分離するということが、より文化的と思ったのでしょう。そのために高度成長期には、1時間以上もかけて通勤するといったおよそ、非文化的なことが、当然のごとく行われたのでした。

たしかに、以前の下町は職住近接で、通勤の苦痛がないといったメリットがありましたが、住環境が劣悪だという宣伝に踊らされてどんどん住人が郊外に移っていってしまいました。しかし、そのために、交通の便利さが生かせず、コミュニティーが希薄になり、ますます住環境が劣悪になるといった悪循環におちいりました。

もう、職場と住宅をきりはなすのが、生活のステータスであるという幻想はやめるべきでしょう。そういった意味で、下町はまだまだ活性化するとおもいます。そして、ほんとうの理想的な住環境をもった町になる可能性を秘めているとおもいます。

Photo_2 かっぱ橋通りの角に浅草今半が新しいビルを建てたのを初めて見ました。玄関の横にはステンドグラスが嵌っていました。今半は相当儲けているようです。

かっぱ橋通りをすこしはいると、“どぜう”の飯田屋があります。むかし大学の先生にはじめてつれてきてもらったのが、この飯田屋でした。“どぜう”なんてその時まで、食したことがありませんでした。丸鍋をはじめて食して、あまりうまいとはおもいませんでした。“どぜう”にはあまりいい印象がありません。

 

 

 

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